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第37話 属性です?

 爽やかな目覚めだった。

 カーテンの隙間から朝日の光が差し込み、空調魔法の利いた室内は適温で、ロヴィッサもこちらのベッドに潜り込んできていない。

 何より頭痛がない。


 ここしばらく、ずっと頭痛に悩まされていたのだ。頭の奥深くで何かが軋むような、生命に危機感を抱く不気味な頭痛だった。

 ピッカライネンの壺を売る交渉をしていたときも、最終的に代金を受け取ったときも、そんな日々の中で欠かさず魔境探索に出ていた間も、頭痛は続いていた。


 原因は分かっていた。内臓魔石の形成に伴う痛み、いわゆる魔石痛である。

 正直そのうち死ぬのではないかと思うような痛みだったが、アイオーンが大丈夫だと言うので耐えてきた。


 痛みに耐えながらも冒険は続けた。魔石の形成中だからこそ魔境に挑み、形成を滞りなく進めるために。

 内臓魔石は濃い魔力を浴び続けることで形成される。どの程度の魔力や期間が必要かは個人差が大きく、才能があると何もない田舎で日常生活を送っていても形成されるらしいが、希生の場合はウショブ遺跡に1か月弱という結果となった。


 魔石痛を抱えての戦いは、思いのほか危険はなかった。

 別段痛いだけで、眩暈がしたり動きが鈍ったりするわけでもない。コンビニ強盗に刺された腹に比べれば痛みは軽かったし、希生はもともと常に多くを知覚しながら戦っている。

 修行として重心や背骨の配置を細かく把握し、見切りの感覚が周囲を精緻に捉え続ける、そんな希生の集中力は、最早痛みに惑わされない程度に強化されていた。


 ともあれ痛くてまるで平気だというわけではない。痛くない方がいいに決まっている。

 アイオーンからそろそろだと聞いていた通り、昨夜の眠りの中で遂に魔石痛は終わりを迎え、目覚めたときには欠片もなくなっていた。

 内臓魔石の形成が完了したというわけだ。


「清々しい気分だ……!」


 ベッドから跳ねるように降り、カーテンを開けて光を浴びる。

 まだ寝ているロヴィッサが眩しがって寝返りを打ったが、構うものか。

 非常に健康的な気分である。走り回りたい。

 痛みから解放され、そしてこれで魔法が使えるようになったのだ。アイオーンの魔法を利用することはこれまでもできたが、自分自身が魔法を使ったことはない。感無量である。


 希生は最強の剣士となるために修行をしているが、そのために魔法が必須であることはよく分かる。

 単純に、どれだけ技量を高めても、相手のパワーやスピードや反射神経などが圧倒的に上回っていれば意味がないからだ。身体強化魔法が要る。アイオーンが使えるが、それでは最強の剣を持っているだけの剣士だ。自分でできなくてはならない。

 魔法がなくては、ほかにも、剣が届く範囲にしか攻撃できない。今のところ経験はないが、空を飛ぶ敵には手出しができないし、悪霊のような『物理的に斬れない』敵も世の中にはいるだろう。

 いわゆる魔法剣士ではなく、魔法によってより高められた剣士になるのだ。


 それはそれとして、魔法剣士的なこともしてみたいところである。折角剣と魔法の世界に来ているのだから、魔法魔法した魔法に憧れを抱いて悪いこともあるまい。

 どうも魔石には属性があり、それ次第でどんな魔法を使えるかが変わってくるようだ。ロヴィッサは風、ベルタは冷気。以前戦ったマイニオは火炎だったし、魔術師スケルトンは雷、先日帰郷を見送ったヤニカは土。ヒューゴも身体強化しか使えないが、属性は一応土らしい。

 自分は何属性なのだろうか。剣術に役立ち、なおかつ強力な属性だといいのだが。


(属性です? 希生はですねー、)

(待って! 言わないで! 調べるアイテムあるでしょ、あれ使いたい)


 魔術師向けに、内臓魔石の属性や性能を調べるアイテムは市販されている。

 こういう機会に使わないと、使わないままだろう。何事も経験である。


「ロヴィッサ起きて~起きないとおっぱい揉んじゃうよ~」


 早く調査アイテムを買いに行こうと逸る気持ちを抑え、まずは皆で朝食を取ろうと、ロヴィッサを揺すり起こす。

 テンションが上がって子供のようになっているのは自覚しているが、仕方ない。だって魔法だぞ。


「ううん……」

「起きてって! 内臓魔石が遂にできたんだよ!」

「あと5回……」

「揉まないけど!?」


 そんな寝返りを利用して胸を揺らしながら言っても、本当には揉まない。5回どころかまず1回も揉まない。

 平常運転なロヴィッサに、少し気分が落ち着いた。

 そうだ、今は子供の体になっているが、自分は大人なのだから。余裕を持って行動せねば。


 やがてロヴィッサもしっかり目を覚ました。

 上体を起こし、伸びをする。


「わふ……。おはようございます、キキさん。魔石ができたそうで」

「そうなんだよ! これでわたしも魔術師の仲間入り。早く魔石を調べるアイテムを……。何て言ったっけ?」

「感応石でございますね」

「そうそれ」


 それを買いに行かねばならない。

 こんなことなら、先に買っておくべきだった。頭痛でその辺りの判断力はやはり低下していたのか。


 ロヴィッサを急かして着替え、ヒューゴとベルタも起こし、4人で朝食を取って、魔石屋へ縮地で走り、感応石を買い、再び部屋に戻ってくる。

 希生とロヴィッサの部屋に4人で集まり、希生の魔石鑑定を行うことになった。


「改めておめでとうキキ! これでもっと強くなれるな!」

「ね、良かったわね。て言うかこれまで魔石なかったことの方が、今更ながらに驚きだけど……」

「剣に認められるほどの剣士とは言え、わたくしもそれを聞いた時は驚嘆したものでございます。さ、キキさん」


 促され、希生は感応石を使う。

 感応石は親指ほどの大きさの人工魔石で、さまざまな色が混じり合った末のような黒色をしている。

 ガラスのコップに水を1杯。そこに感応石を沈めると、水はほんの少しだけ黒く濁った。


 ここに魔術師の血を垂らすことで、何らかの変化が現れるのだ。血には内臓魔石からの魔力が溶けていて、感応石の成分と反応することによる。

 火属性なら水面に火がつくし、風なら細波が起きる。水なら水嵩が増え、土なら沈殿物が生じる。といった具合に、属性ごとにそれを示す現象が起きるようだ。


 希生は従属異界からナイフを取り出し、指先を小さく切って、水に血を垂らした。

 指を口に含みながら、仲間たちと共に見守る。


「……」

「……」

「……」

「……」


 何も起きない。


「不良品か!?」

「血が足りないんじゃないかしら」

「じゃあもう一滴……」


 血を追加してみる。

 やはり何も起きない。

 ぽたり、ぽたり、水面に波紋が広がる。

 もし風属性の感応で細波が起きているのなら、雫の波紋に紛れてしまうかもしれないと思い、垂らすのを中断してみる。

 波紋はやがて止んだ。

 凪の水面。


「えー……?」


 思いがけず、ちょっと泣きそうな声が出てしまった。

 ロヴィッサがここぞとばかりに抱き締めて頭を撫でてくる。やめてほしい。

 胸の膨らみを頬に感じながら、なおも血を垂らしてみるが、結局何も起きない。

 切った指を差し出すと、ロヴィッサが医術をかけて治してくれた。


「イオさんや」

「はいですよう」


 アイオーンを呼ぶ。声が同じで仲間たちにとっては紛らわしくなるため、基本的には念話で済ませるのだが、これは全員で話を聞きたい場面だ。

 そして震える声で聞いた。


「どういうことなの……?」

「だって希生は無属性ですもん。感応石で何も起きるわけないんですよう」


 無属性。


「って……属性がないのか!?」

「ですよう。属性ってゆーのは、つまりその魔力が何を得意として、何を苦手とするかってこと。引き出した魔力に呪文で形を与えることで、得意なことならその現象を起こせるんですけど、希生の魔力には得意がないですから」

「魔法が……使えない……?」

「呪文を唱えてどうこうってゆーのは、ちょっと難しいですねー」


 力が抜けて、倒れるかと思った。ロヴィッサに抱き締められていて良かった。

 あー、おっぱい、やーらかいなー。


「調整した通りちゃんと無属性になって、アイオーンとしては一安心ってところですけど!」

「お前のせいかよお!」


 アイオーンの柄尻を叩く。ぺんぺんする。


「何で!? 最強の剣士になるんじゃないの!?」

「だからですよう」


 全く揺るがない声だった。あっけらかんと、微笑みの気配。


「火炎で燃やしたり電撃飛ばしたりなんて、剣術としては不純物ですもん。それらの属性の身体強化魔法は、それはまあ有用ですけど。それでも才能のリソースを属性に割くより、最終的には無属性の方が強い剣士になれるですう」

「いったいどうやって……?」

「じゃ、簡単に試してみましょうですよう。ロヴィッサ離れて。希生は立ってあっち向いてー」


 言う通りにする。

 ロヴィッサから解放され、希生は仲間たちを背に壁の方を向いた。


「目を閉じて。意識を魔石に集中して」


 目を閉じる。意識を魔石に集中する。

 いや、魔石に集中するには、まず魔石を感じなくてはならない。脳の中の、具体的にどこだ? どうやって感じる?


(立ち方を意識して)


 立ち方。身体各部の重心を、下から順に真っ直ぐに積み上げていく。

 重要な重心は4か所。

 下半身の重心。太腿の間の空間にある。

 全身の重心。ヘソの下の方の奥にある。

 上半身の重心。両乳首の間の奥、心臓の辺り。

 頭部の重心。目の間の奥――


 ふと、何か『繋がる』感覚があった。


(常に重心を意識し続けてきた希生ですもん。頭の奥、重心の位置にある内臓魔石だって、すぐに感覚を繋げられるんですよう)


 修行は、そのためでもあったのか。

 魔石を意識する。感覚は接続された。

 魔石から溢れ、全身を循環している魔力にも感覚は繋がっていく。熱のような、圧力のような、柔らかさのような、魔力。体じゅう。


 魔力を介して自分を感じる。全身、細胞のひとつひとつにまで神経が通っているかのようだ。

 自分の全てが手に取るように分かる。血液の流れ、筋肉の仕組み、内臓の働き、無意識の揺らぎまで、非言語的に、感覚的に、自分を理解する。


(無属性魔力に得意はない。でも苦手もないんですう。だからどんなものとも親和できる。こうやって自分の全身に全感覚を満たすことは、属性ありじゃできないですよう。火属性だと体温を計るとか、水属性なら血液を感じるとか、得意な項目だけになっちゃう)


 心身掌握。立ち方がより洗練される。より細かく自分を見て、より細かく自分を制御できる。

 アイオーンの『補助輪』なしに、今、希生はひとりで立っていた。ひとりでこの瞬間にも上達していた。


(そのまま外にも意識を向けてみて。空間と親和して)


 魔力とは神経が繋がっている。物理的な神経ではない、仮想神経とでも呼ぶべきものだが、確かに感覚が繋がっている。ならば魔力を、手足のように動かせる。

 外に意識を向けると、伴って魔力が全身から放たれる。それに色はなく、重さはなく、音も匂いも感触もない。ヒューゴたちには、希生がただ立っているだけにしか見えないはずだ。


 だが希生には見えていた。空間に溶かした魔力で、空間に在る全てが見えていた。

 何が起きるのかと緊張するヒューゴの顔も、何をしているのだろうと小首を傾げるベルタの顔も、キキさんは後ろ姿も凛々しくいらっしゃいますねと見詰めるロヴィッサの顔も見えていた。

 顔どころか、彼らのそういった感情、思考の表層までもが見えていた。


「ヒューゴ。片目を閉じてみて」

「どっちだ!?」

「どっちでもいい」


 片目を閉じる程度の動きでは、音もないし空気の流れもほぼない。これまでの希生には、背後で行われるそれを見切ることはできなかった。当然だ。

 ヒューゴが右目を閉じた。


「右閉じたでしょ?」


 3人が顔を見合わせる。合っている。

 ベルタが右手の指を1本、左手の指を3本立てた。


「何本?」

「右が人差指1本、左が人差指と中指と小指で3本」


 ざわめく気配。


「では……わたくしのパンツの色は?」


 魔力を溶かした範囲内の空間に在るなら、視線が通っている必要はない。

 透視すら容易いということだ。

 花と蝶をモチーフにしたレース編み模様の黒。


「花と蝶をモチーフにしたレース編み模様の黒。ってそれは昨日風呂上がりに見たよね!?」


 振り返る。

 数秒、沈黙が場を支配した。


「とまあこんな感じにですねー。『心眼』ですよう。得意があれば苦手もある属性魔力じゃ、こうも高度に空間と親和はできない。これなら水路のワニも事前に分かるし、雷撃だって脱がなくても見切れるですよう?」


 ――心眼、習得。

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