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第36話 宝物庫に行こう

 雷の矢をかわし、希生は魔術師スケルトンに肉薄した。

 既に剣は振り上げている。上段。頭蓋骨の内にあるだろう魔石を目掛けて振り下ろす。

 魔術師は咄嗟に左腕で頭部を庇い、それを犠牲に、太刀筋を逸らし頭部を守った。双剣士スケルトンほどではないが、パワーやスピードもあるようだ。

 だが見切っている。次に右手が来るから、左手側に回り込んでそれを避ける――


「我ガ手ノ内ニ雷在レ!」


 右手が雷光を宿していた。投射せずとも、確かにこの間合いなら直接攻撃として使える。

 触れれば感電するスタンガンハンド。

 漏れ出る雷光の分だけ生身の手よりリーチが伸びるから、気持ち長めに距離を取って回避した。


 するとそれを好機と見たか、魔術師もバックステップを踏んで間合いを取った。

 右手を希生に向けてくる。


「弾ケ――」


 雷の矢ではない、拡散雷撃を放つのだと直感的に分かった。

 雷撃魔法が風魔法による通り道作りを必要とするのは、遠くへ正確に届けるため。近距離なら、適当に撃っても体のどこかには当たるのだ。更に短射程の代わりに面で攻撃する、散弾銃めいた雷の撃ち方。

 とにかく動きを止めようと思ったのだろう。


 呪文を最後まで紡ぐ前に、魔術師はその首を飛ばされていた。

 ほかに手がなかったのだろうが、達人剣士を前に悠長過ぎる。先の先。撃たせず斬る。


 魔石が核となっているのだろう。魔石を擁する頭部が離れたことで、魔術師の首から下は統制を失って崩れ、右手の雷光も無為に弾けて消える。

 首を刎ねざまにすれ違っていた希生には届かない。


 落ちた髑髏は、それでも希生を睨みつけ、カタカタと歯を鳴らしながら呪文を紡ぐ。


「我ガ……眼前ニ、雷……」


 捕食のために人を襲う獣ではない。

 理不尽な悪意を向けてくる邪悪でもない。

 財宝を守るため、それを狙う者を排除せん執念。使命感。

 スケルトンにとっては、こちらこそが赦しがたい盗賊に違いあるまい。だがそれが冒険者であり、人間である。


 感謝して獣から肉を得ることのように、希生は敬虔な気持ちで告げた。


「謝罪はしない。いただきます」


 頭蓋骨を切先で割り、魔石を抉り出すと、最早動く気配はなかった。


 仲間たちの方を見る。

 双剣士スケルトンはこちらに向かおうとしていたようだが、3人に背を向けてしまったことで隙を作り、ベルタの氷で足を止められ、ヒューゴのツヴァイヘンダーに体を粉砕されて、残った頭部にロヴィッサの長剣でトドメを受けるところだった。


(服)

(はいですよう)


 空間の穴が希生を包み込み、晴れると、ほぼ元通りの服を着ている。

 雷撃で焼かれた服の修繕は即座にできるわけではないため、二着目の和ゴスだ。柄が桜から百合になっている。パンツも替えた。濡れてたし。いや選別収納で綺麗にはできるし、してくれたようだが。体も。


 スケルトンどもの魔石を回収し、4人は合流した。


「キキ! 流石に脱ぐのはどうかと思ったぞ!」

「触覚のためだから。触覚のためだから」

「確かに着てるよりは風の動きも分かるんでしょうけど……」

「キキさんの艶姿は、わたくしの心に永久保存いたしました!」


 あーあー聞こえなーい。

 希生は納刀し耳を塞いだ。


 しかしどれだけ耳を塞いでも、聞こえてしまう声もある。

 目を逸らせない慟哭。

 ヤニカ。


「パッシ……クルト……」


 名前を呼んで、返る声はない。ないのだ。

 彼女は立ち上がれずに座り込んだまま、這いずるように移動して、パッシの生首にそっと手を触れた。まだ温かいし、柔らかいだろう。

 視線は合わない。ヤニカは目を閉じさせ、倒れた胴体の首の位置に、頭部を合わせて置いた。手を離すと揺れる。


「お兄ちゃんって呼ぶな、って言われたの。冒険者なんだから、軟弱なところを見せるなって。対等の仲間として、名前で呼べって……」


 震える声だった。濡れた声だった。


「お兄ちゃん……」


 兄の胸に縋りついて、ヤニカは血を吐くように泣いた。

 生き延びた彼女が、しかし冒険者を続けることはないのだろう。


 冒険者とはこういうものだ。

 魔物の蔓延る魔境へと自ら赴き、危険性を代償に財物を得る。死の可能性は常にある。時には本当に死ぬ。


 それでもパッシとクルトは、ヤニカを守って死ねただけ、上等な死にざまだったのだろう。

 ヤニカの座り込んでいた位置と、ふたりの遺体の位置。最期まで守ったのだと分かる。

 ただし冒険者になることを選んだのも、守護者のいる財宝に手を出してしまったのも、彼ら自身だ。その点で自業自得の死であることは、誰にも否定できない。


 希生たちも同じだ。最強の剣士になりたくて、或いはそれを支えたくて、自分の意志で危険に身を投じている。

 いずれ死んだとて、それは自業自得でしかない。

 希生が元の世界で、コンビニ強盗に刺されて死んだのとはわけが違う。

 悼んでくれるのは生き延びた仲間だけで、あとはただ捨て置かれるのみだ。


 ロヴィッサはもちろん、冒険者となって日が浅いヒューゴとベルタにも、それは分かっていた。だからヤニカに何も言わない。

 上辺だけの薄っぺらな慰めなど、何にもならない。

 それでもせめて、何かをしようと思うなら――


 希生は歩み寄り、ヤニカを見下ろした。


「宝物庫に行こう」


 ヤニカはしばらくそのままで、何秒かしてから、ゆっくりと見上げてきた。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔だ。


「宝は、ここにいる5人のものだ」


 せめて残せるものは、金だろう。

 彼女がこれからどうするのか。実家に帰るのか、思い切って商売でも始めるのか、どこかで働くのか。どうあっても金は助けになる。

 充分な金さえあれば、しばらくは何も働かず稼がずに、ただ引きこもるなり遊んで暮らすなりして傷心を癒すこともできる。


 ヤニカはすぐには頷かなかった。

 パッシとクルトの遺体へと、ふらふらと視線を彷徨わせた。


「ふたり……連れて行かなきゃ……」


 従属異界に人間を入れるのは難しい。

 単純に、人間の入る大きさまで空間の穴を広げられる使い手が少ないからだ。収納できる質量や体積の限界値が人体を上回っていても、出入口が狭ければ意味はない。

 ベルタは杖、ロヴィッサはアギア信仰を示す首飾りを媒体にしているが、いずれも空間の穴の大きさは肩が引っかかってしまう程度。

 この場で人体を入れて運べるのは、希生に一瞬で衣服の着脱をすら可能とするアイオーンのみだ。


「従属異界に入れる。いい?」


 ヤニカは頷いた。

 希生は空間の穴を生じ、広げ、パッシとクルトを包み込んで異界に収納した。

 従属異界の中で時間の流れは止まったりはしない。別で冷気魔法でも使えれば、冷蔵保存して腐敗を遅らせることもできるのだが……。


(あ、冷気魔法使えるようになったんですようー)


 なったのか。

 生死を懸けた戦闘など重い経験を積むことで、希生の魂と肉体の同調率は上昇し、魂の定着にかかる負担が減り、アイオーンの使える魔法がより充実する。

 魔術師スケルトンとの戦闘で、ちょうど冷気魔法がアンロックされたようだ。

 ベルタのように攻撃に使えるほどではあるまいが、町に帰るまで遺体を保存するには充分だろう。持続的な魔力の消費も、自然回復する魔力量とトントンになる範囲で使えば問題はないはずだ。

 ないよね?


(ないですう)


 良かった。


 そうして遺体を収納し終えると、希生は仲間たちを振り返った。このまま自分がヤニカを担当する自信がなかったのだ。

 察したか、ロヴィッサが交代してくれた。

 女の子を愛し、ついでにアギア神の司祭でもある彼女だ。適任だろう。


 ロヴィッサはヤニカの傍らに跪いて、怪我がないか診察し、腕の刃傷を医術で治した。

 そして優しく抱き締め、手と腰を取ってゆっくりと立ち上がらせる。


「ヒューゴ」

「うむ!」


 ヒューゴを先頭に、希生をシンガリに、一行は下水道を歩いた。

 出口はすぐに見付かった。天井から光が漏れている場所があったのだ。光は夕日の色をしていた。

 ひとりひとり、順番に梯子を上っていく。


 地上に出ると、貴族街の一角なのだろう、石造りの豪奢な屋敷が建っている。

 見渡せば、崩れている建物は少なかったし、通りにまで瓦礫が及んでいる箇所はなかなか見当たらない。あれだけ地下からはマンホールの蓋が開かなかったのに。これも再現される時間の捻じ曲がりなのか。


「地図を」


 促すと、ヤニカが背嚢から地図を取り出す。あのパーティーで、マッピングは彼女の役目だった。

 地図と周囲を見比べ、ランドマークとなる中央宮殿などの見え方から、現在地を特定。

 鍵と見取り図を見付けた屋敷へと向かう。


 陽が傾いていく。急がねばならない。

 5人は遺跡を走った。

 突っかかってくるゴブリンを蹴散らし、角狼は群れのリーダーを狙い撃ちして退散させ、槍鹿は草食なので刺激せず素通りする。走竜はしばらく楽しそうに並走したあとで立ち去った。


 やがて件の屋敷に辿り着くと、壁の穴から侵入し、見取り図を取り出して印のついた場所を目指す。

 地下の一番奥だった。

 宝石のついた鍵をヤニカが錠に挿し、回すと、動いた。


 扉を開ける。

 カラの棚が幾つも並んでいた。


「……」


 ヤニカが絶望的な、声にならぬ声を漏らした。

 この部屋の鍵のために、パッシとクルトは殺されたのだ。それがこの部屋には何の価値もなかったなど、考えたくもないことだろう。

 力が抜けて倒れそうになるヤニカをロヴィッサが支え、残りの3人が部屋を探る。


 と、希生が部屋の片隅に品物を発見した。


「こっち……。なんか、変な壺が……」


 手招きのジェスチャーで仲間たちを呼ぶ。


 壺。

 よく分からない幾何学模様の描かれた、歪な形の、実用性のなさそうな壺がいくつか並んでいた。

 見ようによっては、芸術的価値があるように見えないこともない。


「ほかには?」

「ううん……」

「何も見付からなかったな!」


 ヤニカは再び声を上げて泣き始めた。

 泣いても笑っても、戦利品はこれだけだ。どうしようもない。

 なぜこの部屋に、これらの壺しかないのかも分からない。この部屋のいったいどういうタイミングが再現されているのか。壺の置いてあった箇所だけが、宝の実際に置いてあった時間を再現されていて、それ以外の箇所は何もかもなくなったあとが再現されているとでも言うのか。

 せめて少しでも高く売れることを祈りながら、希生は壺を従属異界に仕舞った。


 町に帰ろう。ウショブ市に。





 魔石屋は例外なく大きな商会の店舗だ。そこでいつも通りに魔石を売るついでに、壺を売る相談をしたところ、鑑定士を呼んで鑑定してもらうことになった。


「こ、これはまさか……! 幻の陶工ピッカライネンの作品……!」

「えっ」


 鑑定士が物凄く興奮している。鼻息が荒い。


「この作風、この底面の署名。かつて発掘されたピッカライネンの作品集に載っていた、晩年の名作『青空』ではないか……? こっちは『喝采する人々の熱狂』か!?」


 青くもないし、空の感じも全くないんだけど。

 て言うか全部同じ壺に見えるが。


「ぜひ売ってください! あとで好事家にもっと高く売りつけますのでね、ぐふふ……! 80万、いえ、100万は出してもいい!」

「それってどれくらいなの……?」

「普通の人なら10年は遊んで暮らせますよ!」





 2週間後、交渉に次ぐ交渉の末に、合計約120万ルタで売った。


 税金がだいぶ引かれるため、120万がそのまま希生たちのものになったわけではないが、それでも莫大な額が懐に入ってきたことになる。

 ヤニカは、取り分は5等分でいいと言った。希生は最初、2パーティーで2等分にして、あとはパーティー内で頭割りすることを提案したのだが、それでは多過ぎると断られたのだ。


 ヤニカは約17万ルタを持って、ウショブ市を去っていった。故郷の町に帰るのだそうだ。

 金を従属異界に入れ、媒体の指輪を常に身に付け、護衛の傭兵を雇い、万全の体勢だった。

 冷気魔法を付与された遺体保存用の棺桶にパッシとクルトを入れて、パッシを故郷で弔ってやるために。クルトはウショブの出身だったようだが、家族のない男だったため、ならば仲間と一緒がいいだろうと、彼も共に。


 これからヤニカがどう生きていくのかは、最早関係のない物語だ。

 壺に感化されたか、土属性の魔術師だからか、陶芸なんていいかもね、などと言っていたが。

 希生たちは、小さく笑って見送った。

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