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第35話 脱がせて!

 結論から言うと、希生たちのルートでは出口は見付からなかった。

 相変わらずこれまで通り、マンホールがあっても蓋が持ち上がらないところばかりである。地上側では多くの建物が崩れ、重さで塞いでしまっているようだ。

 ただし一か所だけ、最も筋力のあるヒューゴの全力で、少しだけ蓋が持ち上がるところがあった。それだけで出られるほどではなかったが、ヤニカの土魔法による固体操作を上乗せすれば行けるかもしれない。


 希生たちは合流地点に向かった。それぞれのルートに向かう、およそ中間の位置だ。

 しかしその場にパッシたちの姿はないし、少し待ってみても来ない。まだ探索中なのだろう。

 そこで、彼らのルートに進んでみようということになった。暇だったのだ。

 行き違いになってはいけないから、もちろん、分かれ道があればその手前までだけ進む、ということだが。


 下水道で脅威になるのはワニとスライムだ。前者は水路に近付き過ぎなければいいし、後者も『襲ってくるから対処の必要がある』だけで、そう強いわけでもない。

 何より先行したパッシたちがこの通路のスライムは斃しているようで、時折水溜りのような死骸を飛び越えながら、希生たちは進んだ。


 ――奥から剣戟の音が聞こえた。


「戦ってる……っぽいけど……」


 スライムを相手にするなら、こんな金属同士を打ち鳴らすような音はしない。

 ワニだろうか。あの鎧のような鱗なら、いや、もっと鈍い音だったはずだ。


 瞬間、下水道内を眩い光が満たした。ほんの一瞬だけ。そして僅かに遅れて、大気を引き裂く爆発めいた轟音。落雷に酷似したそれ。

 希生たちは顔を見合わせた。


「急ごう」

「うむ!」

「ええ」

「はい」


 走り出す。身体強化と瞬動術を使えるヒューゴ、獣人でありもともと運動能力の高いロヴィッサが先行していく。

 希生も縮地はあるが、白兵戦の間合いでの瞬間的な早さはともかく、正しい立ち方と身体強化を併せ持つヒューゴの走りにはもう追いつけないし、ベルタを独りにするわけにもいかない。


 下水道、こちらのルートも一本道ではなかったが、音と光で方向は分かる。充分すぎるほどに。

 ヒューゴとロヴィッサが角を曲がり、見えなくなる。剣戟の音が近い。


 いや、その剣戟音が僅かな間だけ止み――ヒューゴの雄叫びと共に、ツヴァイヘンダーを叩き付ける重い衝撃音が打ち鳴らされ始めた。もうひとつ、比較的軽い音はロヴィッサか。

 再びの閃光と轟音。


「スケルトンかもしれない」


 希生はベルタに告げた。


「そういえば、雷の……!」

「準備して」


 敵がスケルトンであれば、冷気魔術は効果がない。凍らせるべき血も肉も内臓もないのだ。骨が冷えるのみで、行動阻害にすらならないだろう。

 ベルタは右手人差指に嵌めた青い魔石の指輪に、意識を集中した。


「我が手の内に水よ在れ」


 魔石から水が湧出し、球となって手の上に浮かぶ。

 簡単な水魔法を使えるアイテムだ。こうして水を呼び出し、あとはせいぜい飛ばすことができる程度の。だがこれがベルタの手札を広げてくれる。


 前方、先行したヒューゴとロヴィッサが見えた。

 案の定、双剣士のスケルトンと交戦している。双剣士はロヴィッサを執拗に狙い、そこにヒューゴが割って入っていく形。

 奥には手ぶらのスケルトン。その手に雷光を宿している。

 手前には、パッシの首から上と下、胸に大穴の開いたクルトが転がり、ヤニカが座り込んでいた。


 間に合わなかった。いや、ヤニカだけは間に合った。見たところ大きな傷はなく、パッシとクルトの名を呼ぶ声が聞こえる。

 それに応える声は、永遠に聞こえることはないとしても。


 ヒューゴのように前向きになりたい。

 せめてヤニカだけでも助けねば。


 彼らは分不相応な宝に手を出してしまったのだろう。スケルトンという守護者の存在を、跳ね除けるだけの力がなかった。欠損すら治す回復薬も、もう使い切っていた。

 撒いたと思っていたスケルトンは彼らを探し続けていて、そして下水道にまで侵入してきたのだ。

 その侵入路を出口として使えそうなことだけが、唯一の朗報である。


「かの者へ飛び、氷の縛めを!」

「敵ヲ射抜ク矢トナレ」

「風よ!」


 ベルタ、魔術師スケルトン、ロヴィッサの呪文が重なった。


 魔術師スケルトンの手から迸った雷光は、ロヴィッサの風によって脇に逸らされた。だがそちらに意識の半分を割いたロヴィッサの体勢に隙が生まれ、そこを双剣士スケルトンが突いてくる。

 片手でヒューゴをあしらい、もう片手でロヴィッサを狙う異常なまでの素早さと力。怪物だ。


 だがそんな双剣士スケルトンを、ベルタの飛ばした水球が濡らした。瞬間、その水が温度を奪われ凍りつく。

 水魔法と冷気魔法を組み合わせて、ようやく氷の魔法を使うことができる。ゲームのように一発で氷を出せればいいのに、と希生は思うが、この世界ではこういうものらしい、仕方ない。

 凝固する氷に骨格を固定され、双剣士の動きが止まった。


 魔術師スケルトンを相手取るのは、風で雷撃を逸らせるロヴィッサが最適だ。

 ロヴィッサは双剣士の脇を抜けて奥に陣取る魔術師に向かい、だがそこに、固まったはずの双剣士の突きが伸びた。

 辛うじて長剣で逸らし防ぐロヴィッサだが、双剣士はヒューゴの振り下ろしを避けながらロヴィッサの前に回り込み、やはり魔術師へ通さない。


「あたしの氷が……!」


 双剣士の骨格から、砕けた氷の破片がぱらぱらと落ちた。氷漬けにされた内側から、筋力(筋肉はないが、とにかく筋力のようなもの)だけで強引に振り解いたようだ。

 ベルタの氷はただの氷ではない。熱エネルギーを奪う冷気魔法は、それはつまり分子の運動を抑制するものだ。それが分子をその位置関係で固定する働きにも繋がるのか、結果として破壊にも強くなる。早い話が、ベルタの氷は石のように硬いのだ。

 それを、しかも内側から打ち砕く力。並大抵ではない。


「それでも一瞬は止められるわ……! 我が手の内に水よ在れ!」


 ベルタは折れなかった。再び水を呼び出し準備する。

 下水道より更に地下、清浄な地下水の召喚だ。水路の水を使うのは、ワニを刺激してしまう可能性があるし、ワニを警戒して水路から距離を取る以上、早さでも劣ってしまう。


 双剣士はやはり片手でロヴィッサを押さえ、それを止めようとするヒューゴをももう片手であしらう。

 逆に言えば、ヒューゴとロヴィッサで双剣士スケルトンを押さえられる。そこにベルタの補助が加われば、双剣士を斃せるはずだ。


「我ガ手ノ内ニ雷在レ……」


 ただし、今まさに奥で再び雷光を手に宿している魔術師スケルトンがいなければ、だ。

 ロヴィッサは眼前の双剣士の剣戟だけではない、奥から飛んでくる雷撃の魔法をも防がねばならない。集中力を分散させられている。

 それさえなければ、双剣士を斃せる。ロヴィッサが双剣士に集中し、位置取りと運足を改善すれば、ヒューゴも味方の巻き込みを気にせず全力で剣を振れるようになる。もう容易くはあしらわれないはず。


 逆にロヴィッサには魔術師に集中してもらう手もあるが、その場合、双剣士スケルトンはロヴィッサを狙うだろう。彼女が挟み撃ちにされてしまう。

 ロヴィッサは双剣士を引き付けていてほしい。


(わたしが魔術師をやる)


 これが今思いつく最善の布陣だ。

 呪文を唱えるベルタを戦場の後方に残し、剣戟を交わすヒューゴとロヴィッサと双剣士の脇を通って、希生は駆け抜けた。

 流石の双剣士も、希生まで抱え込む余裕はないようだ。素通りできた。

 その間際に仲間たちとアイコンタクト。


 残る問題はつまり、希生が雷撃を凌げるかどうかである。

 魔術師スケルトンが、雷光を宿した右手を希生に向けてきた。

 しわがれた老人のような声で呪文を紡ぐ。肺も喉もないのに、どうやって声を出しているのか。


 風を感じる。


「敵ヲ射抜ク矢トナレ」


 雷の矢を、見てから回避することはできない。

 アイオーンを投げつける。再びの避雷針。

 その瞬間、全身に衝撃が走った。


「……ッ!」


 息が詰まる。力が抜ける。膝から崩れ落ちてうつ伏せに倒れた。視界が明滅して、ぐちゃぐちゃの色だけが渦巻いている。股間から足元へ、広がる熱と濡れを感じた。失禁している。痙攣した。


 投剣の瞬間、ほぼ同時に見えた雷光の通り道は、魔術師から希生を結ぶ直線ではなかった。脇へ迂回して向かってくる曲線だ。

 読まれていた。生前の経験なのか、スケルトンとなってからなのか、剣を投げつけて避雷針とする、同じ方法で切り抜ける敵がいたのだろう。

 なまじ角ワニ相手に成功していたせいで油断した。浅はかだった。


(帰還アンド緊急回復ですようー!)


 アイオーンは従属異界を通じてワープし、契約主の手元に戻ることができる。倒れた希生の眼前に突き立つ。

 同時に回復魔法を行使し、乱れた神経電位を整え、心臓を再起動した。

 どくん、と、胸の奥で強く鼓動を感じ、それで初めて心臓が止まっていたことを知る。


「かはッ、」


 咳き込みながら立ち上がり、アイオーンを地面から抜く。

 尻から足元へ、漏らした小水が雫となって垂れた。恥ずかしく思う余裕もない。

 少し眩暈がする。ふらつく。


「ホウ……。我ガ手ノ内ニ雷在レ」


 魔術師スケルトンは立ち上がった希生に意外そうな声を出しながらも、冷静に次の呪文を唱え始めた。


「キキさん! 今そちらに……!」

「キキ!」


 ダメだ、ロヴィッサには双剣士スケルトンに集中してもらわなければ。

 見切りの感覚、足音や剣戟音から分かる、向こうは押している。辛うじてだ。3人からふたりに減れば、戦線を維持できない。

 軽く左手を後ろ向きに振り、「来るな」のサインとした。


 自分を見下ろすと、服の胸の部分が焼け焦げてボロボロに崩れ、穴が開いていた。垣間見える左の乳房が火傷している。ここから雷撃が入ったのか。

 ああ、せっかくの化身体が。イオの、綺麗な体が。あとで治さなくては。今はそんな時間はない。


 魔術師へ向けて歩き出した。7m。


「敵ヲ――」


 思考が加速していく。精神が加速していく。

 死の恐怖。曲りなりにも積み上げた修行の全てが無駄になって、不様に死ぬ恐怖。

 生きている。今は生きている。


 避雷針は通じない。


(結界は?)

(盾みたいに使うなら、同じように迂回されるだけですよう。じゃあって全身を包むと、強度が足りずに撃ち抜かれるですう)


 ならば避けるしかない。

 銃と同じだ。引き金を引く瞬間、発射の寸前の機を見切って、射線からズレるように。呪文が完成する瞬間、発射の寸前の機を見切って、射線からズレる。


「射抜ク――」


 見切れない。無理だ。

 射線を見切る元となる銃口がない。弾道も自在に曲線を描ける。

 スケルトンだから、目線も呼吸もない。材料が不足し過ぎている。


 ならば。ならば。

 声は出さない。声よりも速い念話で。


(イオ! 脱がせて!)

(おっけーですようー!)


「矢ト――」


 空間の穴が広がって希生を包み込む一瞬、従属異界へと衣服の全てを消し去った。

 天狗下駄を覗いて全裸となる。一糸纏わぬ姿。

 後方から息を呑む声、困惑の声が聞こえる。

 魔術師も、心なしか呆けた表情をしている気がした。


 だが魔術師は、呪文を止めなかった。


「――ナレ」


 我が手の内に雷在れ。敵を射抜く矢となれ。

 雷の矢の呪文。

 放たれた雷光は、希生の左を通過していった。


「……、」


 今度こそ本当に、魔術師は茫然としていた。

 魔術師が外したのではない。希生が避けたのだ。発射の瞬間と、その弾道を見切り、縮地で以て攻撃線から身をどかした。


「よく分かる。風を感じる」


 空気は本来絶縁体だ。そこに無理やり電流を通すため、雷撃の魔法においては無詠唱の風魔法で気圧を変え、通りやすい道を作ることが基本である。

 魔術師の手元から、希生の狙った部位までを繋ぐ風の道。その終端の風を、露出した肌の触覚で感じ取った。その狙う位置を、その角度から弾道を、射線を。

 服越しでは分からない風を、素肌で。全身で。

 胴体を狙われても、これで分かる。左側の曲線で心臓を狙っていた。


「キキさーん! ああ、ああ、美しゅうございますうううううう! わふー!」

「はしたないぞキキー!」

「うわあ……引くわ……」

「いいからそっちに集中してろや! あとベルタは雷撃を避けたことに引いてるんだよね!? 脱いだことにじゃないよね!? 仕方なかったんだよ! 好きで脱いだんじゃないよ! ちくしょうすごい解放感だなー!」


 振り向くことなく言葉を返し、踏み込んでいく。

 するすると滑るような、縮地の歩み。走り。

 それでもダメージの残る希生だ、接敵するまでに、魔術師はもう一発は撃てるだろう。だがもう当たらないことを、彼は理解しているはずだ。


 いや、理解したくないのか。

 焦った声音で呪文を紡ぎ、雷の矢を飛ばしてくる。

 だが希生の立ち位置が寸前でブレるように射線から外れ、当たらない。そもそも後方のヒューゴたちに流れ弾が行かない位置でもあった。

 脚狙いだった。ひやりとした風を感じた。

 そして、


「詰みだ」


 肉薄した。

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