第34話 貴族街には財宝が眠ってる
暗い下水道、角ワニの死骸を傍らに、焚火を囲む4人と3人。
広い迷宮のような場所だ、酸素の心配はしなくてもいいだろう。
「元はと言えば、地上の貴族街を探索してたんだよ」
「貴族街」
「知ってるか? 貴族街には財宝が眠ってる」
剣士のパッシが得意げに言う。
正確には、貴族街だったのだろうと思われる区域、だ。崩れているものも多いが、大きく豪華な邸宅が並んでいるという。
「この魔境が、滅んだ都市の遺跡が再現されてるものなのは知ってるだろ。場所によって、再現される時間がズレてる場合があることもな。つまり、都市が生きてた頃の時間が再現されてると、そこにあった『もの』も再現されるんだよ。それが民家なら他愛もない日用品が転がってたりするが、貴族の屋敷だと……」
「高価な調度品、芸術作品、或いは金銀財宝が?」
希生が相槌を打つ。
パッシが手を叩いた。
「そう! 俺らはそれを探してたわけ。魔物狩るよりよっぽど儲かるからな」
「見付かれば、だけどねー」
少女ヤニカが茶々を入れた。
少女と言っても10代後半、ベルタくらいはあるだろうか。この世界の文化だと、もう大人なのかもしれない。
「手がかりは見付けたんだよ。そのものズバリなやつをな。鍵と、印のついた見取り図だ。セットになってた。印のところが宝物庫か何かで、鍵はそこの鍵に違いねえ」
彼らは荷袋から、宝石のついた鍵と、古びた羊皮紙の見取り図を出して見せてきた。
なるほど、雰囲気はある。しかしそう都合良く行くものだろうか。
そもそも見せていいのか。
希生の怪訝そうな顔に察したか、苦笑した。
「いんだよ。地上に戻ったら一緒に手に入れようぜ。礼代わりだ」
「そういうことなら……いいか」
「いいのさ」
更に手製の地図を取り出し、広げてくる。
「こっちが北、ここが中央の宮殿で、貴族街はこの南の区域。鍵と見取り図を見付けたのはこの屋敷だ」
と、地図上を指さしながら。
「だがなー。見付けた途端に、部屋の隅に転がってた白骨が人型に組み上がってな。スケルトンってやつだ。襲ってきた。これが強いの何の……。何とか逃げ出して、下水道に入って撒いたはいいんだが、別の場所から地上に戻ろうとしても出口が見付からねえ」
スケルトンの起き上がったタイミングが偶然ではなく、鍵と見取り図に反応して取り戻そうとしたのだとするなら、存外本当に宝物庫がそこにあるのかもしれない。
しかしスケルトンをどうにかしなくては無理そうだが。
彼らは鍵と屋敷の見取り図と地上の地図を仕舞い、別の地図を広げた。
「こっちはこの下水道の地図。あんたらもマッピングはしてるだろ?」
「ああ」
地図を描くのはロヴィッサの仕事だ。
ヒューゴはツヴァイヘンダーを抜き身で持ち歩き、ベルタは杖を手にしている。ロヴィッサも地図が必要ないときには盾を構えているが、これはベルトに下げておけるようになっており、両手を空けることができた。
そして何より、空気に感覚の触手を伸ばして歩く前に道を知ることのできるのが大きい。それをそのまま地図に描き込んでいけば効率的だ。手が塞がっていても、魔法で身を守ることもできる。
なお希生も普段は両手を空けているが、正確なマッピングの技能はないので、役が回ってこなかった。
前衛がヒューゴとロヴィッサのふたりなのに対し、シンガリは希生ひとりであるため、より万全の状態を保つという意味もあるが。
さて、ロヴィッサが地図を取り出し、最後にマッピングした位置から、戦闘音を聞いて駆け付けてきた今この場所までの経路を描き込む。
パッシたちも同様にして、ふたつの地図を組み合わせてみると、この下水道の大半の地形が明らかとなった。
実際にはもっと広い範囲に渡って存在している下水道だろうが、崩落によって進めない道も多々あるせいだ。
希生たちも、パッシたちも、マンホールは地上の建物の崩壊か何かで塞がってばかりで、地上に出る道は発見できていない。
パッシたちが入ってきた場所から出ることも可能ではあるが、スケルトンがもしまだパッシたちを探し回っていれば、いきなり遭遇する危険性がある。梯子を伝ってマンホールをひとりずつ出なければならない状況で、だ。それは避けたい。
そこでふたつの地図を組み合わせ、まだ誰も踏破していない空白の区域を特定した。
パッシが指さす。
「こっから先。それと、こっちの道から先だな。出口があるとすれば、この2ルートだが……その先でどう分岐しててるかまでは分からねえ。そこで、それぞれのパーティーでそれぞれの道を調べて、終わったら合流して見付けた出口へ行く。ってのはどうだ」
特に異論はない。希生たちは頷いた。
無理やり7人で行動するより、その方が効率がいいだろう。連携ができるわけでもない。
「よし! 地上に戻ったら宝物庫だ! あのスケルトンも、この人数で囲みゃ行けるだろ」
「どういう奴だったんだ!?」
強敵に飢えたヒューゴが身を乗り出す。
「ああ、2体いてな。片方は双剣士だ。これがまあ素早いったら……。実は俺、一回腕斬り落とされてさ」
と言ってパッシが右腕を見せてくる。道理でそちらだけ半袖なわけだ。
上腕の半ばに、腕を輪切りにする形で痕が残っている。
「くっつけたのは医術で?」
「いや、うちは医術使いはいねえんだ。虎の子の高級な回復薬でな。この間、商店街のくじ引きで一等当てたときの」
「1個しかなかったけど、もう迷わず使ったよな。ヤニカなんか自分は無傷なのにめちゃくちゃ泣きながら」
「思い出させないでよ……」
槍使いのクルトが茶々を入れ、ヤニカが小さくなる。
仲のいいパーティーらしい。
どういう間柄なのだろう。ヤニカは少女だが、男ふたりはそれより幾らか年上に見える。
「とにかく、ものすげえ双剣士のスケルトンが1体。もう1体は、雷の魔術師だ」
「雷の」
先ほどの角ワニを思い出す。あれも電撃使いだった。
投剣を避雷針にして事なきを得たが、あれは一度限りの技だ。そのまま仕留められるときでないと使えない。
「ああ、雷はやべえよ。何しろ速いし、掠っただけでもダメージになる。飛んでくる炎とか氷の矢くらいなら俺らだってまあ避けられるが、雷は無理だ」
「どうやって生き延びたの?」
魔術師として気になるのか、ベルタが尋ねた。
答えたのはヤニカだ。
「私が土の魔術師なの。こう、土の壁でね。ギリギリだったけど」
「それは運が良かったわね……」
「わたくしの風でも、逸らすことは可能だと存じますよ」
「そうなの?」
風で雷を逸らす。どうやるのか。
「はい。雷撃の魔法は、空気の中に通り道を作るために、風の魔法を利用するのが普通でございます。その道を、こちらの風で乱して差し上げれば」
「よく分からんが逸らせるんだな! 頼もしい!」
ヒューゴは単純だ。仲間を信頼している、とも言えるが。
そもそも空気というものは本来絶縁体で、電気を通しにくいものだ。しかし空気の密度が高いより低い方が電気は通りやすく(ほかにも不純物などさまざまな条件が関わるが)、雷はそういった通りやすいルートを空気の中で探して、行ったり来たり折れ曲がったりしながら進む。
そこで敵に向けて電気の通りやすい道を用意するのが雷撃の魔法の使い方で、それを風によって行う以上、風で妨害もできるのだろう。
「ああ、頼もしい、マジでな。ウチのヤニカと、あんたらの風魔法、魔術師ふたりがかりで雷撃を封じれば、あいつらにも勝てるはずだぜ」
そうしてスケルトンを始末すれば、安心して宝物庫を探せる。
実際に財宝があるのかは分からないが、計画としては現実味を帯びてきた。
専業魔術師のベルタは、頼られなくて少々不満そうにしているが。
こればかりは相性の問題だから仕方ない。
それを差し引いても、ロヴィッサがひとりで何でもできすぎるという面は確かにあるが。元はひとりで冒険していたようだから、さもありなん、というところではある。
「できれば一対一で戦ってみたいところだがな!」
「分かるわー」
ヒューゴは最強の剣士になるのが夢だ。そういう発想も出てくるだろう。
希生としても、一対一こそが至高なのは頷くところである。全霊で武力を交わすことによる深い部分での言葉なき会話は、純度が高いほど美味となる。
パッシたちは信じられないものを見る目を向けてきた。こちらは、あくまでも儲けのために冒険者をやっているらしい。
「戦闘狂ってやつか? 命がいくつあっても足るめえに……。だがそんな猛者だからこそ、そんなパーティーも御していけるのかもしれねえな」
「そんなパーティーって?」
希生が相槌を打った。
いや、恐らく男女比のことだとは思うが。
「男女比だよ!」
ほら。
「男ひとりに女3人! 羨まし過ぎる……! 選り取り見取りじゃねえか。うちにはチンチクリンのヤニカしかいねえってのに」
「こら」
ヤニカがパッシの脇腹をどつく。クルトも呆れた顔をしている。
まあ、客観的にはやはりそう見えるのだろう。
「実際どうなんだ? 毎晩お楽しみなのか? 畜生!」
「いや! そういうのは一切ない!」
「マジかよ。女3人に囲まれてて!?」
ヒューゴは夢が第一の人間だ。
最強の剣士になる。そのために色恋に現を抜かす暇がないという以前に、そういうことに興味自体があまりなさそうな雰囲気がある。
その点が希生とは違うところだ。希生はアイオーンと夢の世界で逢瀬を重ねることは楽しみにしている。そうしてアイオーンのために、最強の剣士を目指させられているとも言える。別に問題はない。
ただ、仮にヒューゴが普通に女に興味を持ったところで、このパーティーではハーレムにはならない。
「わたし男に興味ないんで……」
「わたくしも」
「あたしも別に……ヒューゴがどうしてもって言うなら、アレだけど……」
3人中ふたりが、このありさまだ。
ヒューゴに落ちるのはベルタしかいない。
落ちるのはと言うか、ベルタは既に全力で落ち切っているが。
「何だ、勿体ねえなあ。キキは単に子供なだけとしても、ロヴィッサさんは引く手数多だろうに」
「年下の女の子でしたら大好物なのでございますが……。ヤニカさんとか」
「お、おう。そうか」
「えー……」
獣の眼光鋭いロヴィッサに、ドン引きするパッシたち。
ここは話題を変えてフォローしよう、と希生は思った。
「そっちのパーティーこそどうなの? 男ふたりに女ひとりって、女の取り合いになりそうだけど」
「取り合うような女じゃねえからなあ」
「こら」
ヤニカがパッシの脇腹をどつく。クルトも呆れた顔をしている。
「いてて。実際のところ、俺とヤニカは兄妹なんだよ。そういうことにはならねえってわけ」
「俺も年上が好きだし」
呟くようなクルト。
「そうそう、だからクルトを仲間にしたんだよ。ヤニカを狙わないからな。パーティー内でそういうことになったらメンドクセエだろ?」
さっきは羨ましいとか言ってたくせに。
「そんな目で見るなよ。羨ましいのもマジだが、実際の苦労は憧れを容易く打ち砕くもんだろうが。一攫千金してよ、充分儲けたら引退して、恋愛はそれからゆっくりやるんだ」
「一攫千金か……。今回の宝物庫の中身次第では……」
「ああ! 引退できるかもな。スケルトン戦、頼むぜ~」
その後もしばらく他愛のない話をして、充分に心身を休めた後、7人は4人と3人に別れた。
空白区域は2ルート。それぞれ適当に選んだ方へと出発し、一通り調べたら合流する手筈だ。
そこにも出口がなかったら、どこかの埋まったマンホールを何とかこじ開ける必要が出てくるが、流石にそろそろ見付かるだろう。
水路に潜むワニに注意しながら、探索を進めていった。




