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第29話 お風呂に入りましょう

 ウショブ遺跡を出て、徒歩で竜車駅まで行き、竜車に乗って、東市門でまた通行税を払い、ウショブ市へと戻ってくる。

 方角的に魔境と面する東市門を入ってすぐは、冒険者向けの施設が多い。武器防具屋や冒険に使うさまざまな道具屋、治療院、表通りから外れれば娼館もあるし、しかし何と言っても魔石屋だ。

 魔法を扱う媒体などの魔石製品を売っているだけでなく、冒険者が魔境で得た魔石を買い取ってくれる、重要な店である。冒険者は、基本的にここで収入を得る。


 希生たちもゴブリンとスライムの魔石を売り払い、通行税や馬車代などの経費を差し引いて、本日の収入はおよそ1500ルタとなった。このうち半分をパーティーの共有資産として貯蓄し、残りを4人で等分する形となる。

 月の宿代が3000だから、数日同じことを繰り返せば生活していける計算だ。今日スライムと戦ったのはトラブルであって、実際にそう上手くはいくまいが。ここから税金も引かれる。それでも、割の悪い商売ではないだろう。


 ともかく宿に帰りついた一行は、休息を取ることにした。傷の回復には休むのが一番だ。

 医術で傷の経過を診て、特に問題ないことを確認すると、ヒューゴとベルタはふたりの部屋に戻っていった。

 希生とロヴィッサも部屋に戻り、そこでロヴィッサが言った。


「では、お風呂に入りましょう」

「ふたりは――ああ、怪我してるからか……」

「はい。この時間帯なら浴場も空いているでしょう。ベルタさんもなしで、ふたりっきりですよ……キキさん。フフ……」


 怖い。

 だが今日のことを詫びようと思うなら、覚悟を決めねばならないだろう。


 希生の場合、別に風呂に入る必要性はない。体の汚れは従属異界の選別収納で分離できるからだ。

 しかしそれは、風呂に入りたくないことを意味しない。ヤメ村には風呂がなかったから仕方ないが、風呂に入れるなら入りたい。

 だが入るならひとりで入りたい。アイオーンの化身体を使っているので体は女だが、精神性まで変化したつもりはない。女湯に入るのは気恥ずかし過ぎる。そこで合法的に女湯に入れてラッキー、と思える性格なら良かったのかもしれないが。


 女湯には入りたくないが、この体で男湯になどもっと入りたくない。女湯に入るしかない。

 それでも自分から入るのは抵抗があるが、ロヴィッサに連れられて入るなら、仕方ないと思うことができる。そう思おう。


「風呂……風呂ね……」

「はい」

「いや、まあ、うん。うん。入ろうか」

「はい!」


 ええい、嬉しそうにするんじゃない。尻尾を振るな。

 さて用意をするか、と思ったところで、荷物は全て従属異界に入っているから、アイオーンだけ持っていけばいいことに気付く。いやしかし、脱衣所に剣を持っていくのはどうだろうか?


(アイオーンを従属異界に入れればいいんですよう)

(そんなことできんの?)


 そんな、袋の中に袋それ自体を入れるようなことが。


(希生とアイオーンは契約状態にあるですからねー。どっちかが異界の外に出てればおっけーなんですよう。希生も入ってみるです?)

(遠慮しておく……)


 怖い。出られなくなりそうで。

 ともあれアイオーンを空間の穴に突っ込むうちに、ロヴィッサもテキパキと準備を終えていた。装備を外し、洗面器にタオルと着替えを持つ。

 連れ立って宿屋の大浴場に向かう。緊張から足が遅くなると、ロヴィッサに手を引かれた。それもそれで恥ずかしい。


 ロヴィッサの言う通り、浴場に人の気配はなかった。ここは冒険者向けの宿で、冒険者たちの多くは魔境を探索している最中なのだろう。夕方と言うにもまだ早く、普通あまり人が入浴する時間帯ではない。

 さて、まずは服を脱がなくてはならない。


(脱ぐのか……)

(脱ぐんですよう。わくわく)


 他人事だと思って!

 人前で脱いだことなど、夢の中でアイオーン相手にだけである。やることをやるために、こう。脱がせもした。

 だがこれは現実だ。しかもよりによってロヴィッサに見られると思うと、無性に抵抗がある。降って湧いた化身体とは言え、なぜだかやたらと恥ずかしい。

 どうせ中身は男なのだから堂々としていればいい、と思う。下はともかく、上半身くらいは別に問題ないはずだろう、と思う。しかし、なぜ。なぜ。


「どうされましたか、キキさん。脱がないとお風呂には入れませんよ」


 ロヴィッサは平気そうな顔で脱いでいた。尻尾穴の開いた獣人用キャソックを脱ぎ、下着姿を晒す。

 黒いレース編みの上下に、薄いタイツとガーターベルト。白い肌によく映える。大人の曲線。

 それでいて灰色毛の尻尾が可愛らしく感じて、希生はごくりと喉を鳴らした。

 ちなみに耳は頭頂部に犬耳があるのみで、人の耳がある部分はのっぺりした皮膚だった。普段は髪で隠れているのが、振り向きざまに垣間見えたのだ。


「そんなに見詰められると、流石に恥ずかしゅうございますね」


 苦笑しながら胸元を隠すと、押し付けられた膨らみがふにゅっと変形した。

 少々ロリコンの気がある希生としても、これは厄介である。少々しか気がないので。

 慌てて目を逸らした。


「フフ……」


 現実逃避するように、希生も脱ぎ始めた。

 帯を解き、前の重ねを開いて、スカートを外す。

 下着は白だ。毎日(選別収納で)洗っているので清潔である。前側にワンポイントのリボンがついたシンプルさとは言え、女の子女の子したデザインには辟易するが――この体には合っているのだから仕方ない。

 この体の外見を粗末に扱うことは、アイオーンを粗末に扱うことだ。希生にはできない。


 ふとロヴィッサを見ると、既に全てを脱いでいた。堂々としている。

 全裸より半裸の方がエロいって本当だなあ、と希生は思った。風呂に入るのに全裸になるのは当たり前だ。何かいけないことをするのではなく、ただ単に風呂に入るだけなのだという意識に切り替わる。

 気が楽になった。

 背を向けて全ての布地を取り払い、タオルで下を隠す。


 ロヴィッサの視線が、希生の胸元を捉えた。

 控えめな膨らみ、柔らかでなだらかな丘ふたつ。


 その視線を意識した途端、強烈に羞恥心が湧き上がってきた。

 慌ててタオルを胸元に移動すると、今度は下が隠せなくなり、タオルを広げて垂らすようにすることで何とか補う。

 顔が熱い。頭が茹る。


 この体は確かにアイオーンの化身体だが、精神性は男のままだ。そのはずだ。

 しかし、だから女湯に入るのが恥ずかしいのではない。

 ただ裸を見られることを忌避しているのではない。


 女に見られることが。

 自分が女なのだと、強烈に意識させられるから。

 もうとっくに、まるで異なる存在になってしまっているのだと。

 戻れはしないし、その必要もないのだと。


「ロヴィッサ……」


 恐る恐る彼女を見上げると、彼女の瞳に映る希生は、もじもじして体を隠しながら上目遣いで見上げていて、あ、これはヤバいな、と思った。

 案の定、ガバッと覆い被さるように抱き締められ、頬ずりされてしまった。

 どこか甘い匂い。ほんのり汗の匂い。


「大変可愛らしゅうございますよ、キキさん! さあ参りましょう。お楽しみはこれからでございます」

「ぎゃあああ」


 声は裏返っていた。

 浴室へと引き摺り込まれる。ああ、これから何をされてしまうのだろうか。ごめんイオ。

 思いながらもされるがままになっていると、あれよあれよと言う間に風呂椅子に座らされ、お湯をかけられ、シャンプーで髪を洗われていた。


 シャンプーあるのか、この世界。

 日本で見られるようなああいった容器ではなく瓶だが、泡立てて髪を洗うそれは間違いなくシャンプーだろう。


(魔石がかなり万能な資源ですからねー。水や土属性の魔石粉末からエキスを抽出して、香油と混ぜたり何だり。火薬だって火属性の魔石から作ってるですし)


 それで銃があるのか。いや、そこは今はどうでもいいが。


「痒いところはございませんか?」


 頭をわしゃわしゃされながら。

 あーうん、と気の抜けた返事をした気がする。

 気が抜ける程度には心地よい。子供に戻った気分だ。いや、体は子供だが。


 頭を流して、背中を流して、更に前も洗おうとしてきたのは流石に阻止したが、思いのほか平和な時間だった。

 ロヴィッサ自身も体を洗い、やがて浴槽へ。


 この宿の風呂は温泉を引いているらしく、こうしていつでも熱い湯に浸かることができる。

 別にこの宿だけの特権ではなく、近辺の宿は大抵そうらしいが。


「ふー……」


 肩まで浸かる。息が抜ける。気が抜ける。

 しばらくぶりに風呂に入った。日本にいた頃以来だ。もう遠い昔のよう。

 湯にタオルを浸けるのは良くないから、それは頭に乗せて、体は腕で隠して。隠し切れるものでもないが、それが気にならない程度には心地よい。


 隣にはロヴィッサ。これがなければもっと落ち着けるのだが。

 ちらちらと横目で見る。胸部がたぷんと湯に浮いている……。


「ご覧になりたいのでしたら、ぜひ正面から……」

「いやいいから! そういうのは!」


 正面に回り込もうとしてくるロヴィッサを、体を隠す腕はそこから動かせないので、足で押しやって防御する。

 早くものぼせそうだ。


「フフ。不思議な方でございますね、キキさんは。視線の動きは男の子のようでいて、そうやって女の子として体を隠す恥じらいもあって。女同士なのですから、もっと気楽でよろしゅうございましょうに」

「女だから……」


 ぽつりと零すように。


「女だから、恥ずかしい。ロヴィッサも女だから好きなんでしょ」

「はい。わたくしは年下の女の子が大好きでございます。特にキキさんは、これはもう近年稀に見る一目惚れでございます」


 全く物怖じしない。

 少しは躊躇え。隣に戻った彼女に、軽く肘打ちを入れる。


「それを意識させられるから」


 自分が女になったのだと、理解してしまうから。

 違う存在に、身も心も、身は少女に、心は剣士に、変わってしまったのだと。

 それを全く悪く思っていない自分に、気付かされるから。

 これは、生まれ変わりだ。復活と言うより転生だ。


 口元まで沈んで、ぶくぶくと泡を出して遊ぶ。

 と、体の下に腕を入れられて抱き上げられた。


「わっ、」


 あまりにも油断し過ぎだ。見切りの感覚がろくに働いていない。

 ロヴィッサは浴槽の壁を背にして、両脚を投げ出して座った体勢で、その上に希生を座らせた。ロヴィッサ椅子。

 そっと抱き締められ、背中に大きな膨らみが当たる。柔らかなその変形も、先端のほんの僅かな硬さも感じられる。

 心臓がどくどく言っているのが伝わらないといいのだが。緊張に身を固める。正しい立ち方に通じる姿勢ではない。


「キキさんは女の子でございますよ。夢に夢見る女の子。最強の剣士――女の子らしくない夢ではございますが。夢を自覚して歩き始めたばかりの、初々しさを感じます。いじらしい」


 もっと器用な人間であれば、迂闊さから仲間に負い目を持つこともなかったのだろう。仲間を利用して、効率的に高みに上っていくことができるのだろう。

 逆に夢に徹していれば、わざわざ仲間を作らずひとりで行動していたかもしれない。

 現実はこうだ。そのふわふわした生き方を初々しさと呼ぶのなら、そうなのかもしれない。


 肌を撫でるロヴィッサの手。腕に腹にと、比較的抵抗感の薄いところに触れてくる。

 力が抜ける、警戒が緩む。


「妹を思い出します」


 妹。


「正確には、妹のように可愛がっていた子、でございますが。生意気で、でも恥ずかしがり屋で。少し、キキさんに似ておりました」

「その子は……今は……?」

「わたくしを追って、自分も冒険者になると言って旅立ったはずなのですが……その後、姿を見せることはなく、消息不明に」


 故郷から冒険者の町に向かう道中で、何か事故にでも巻き込まれたのか。

 希生には想像することしかできない。


「二度も失いたくはありません。キキさん、どうか、あなたの味方でいさせてくださいませ。そして時々、こうしてご褒美をいただければ、それはもう望外の喜びにございます」

「あっ、はい。うん。まあ、そこそこに。て言うか、あれなのかな、その妹のことがあったから……? それがきっかけで……?」


 それがきっかけで女好きに?


「え? いえ、元からでございます。妹も……正直狙っておりました。フフ……」


 特に理由はなかった。生まれつきだった。

 やっぱこいつヤベー奴だわ。希生は確信した。


「あの……お手柔らかにお願いします」

「はい、柔らかく。柔らかい……素敵なお体でございますね、キキさん……」


 そういう柔らかさじゃない。

 力んで身を固めるのではなく、感覚的には脱力して全身の力を集める達人の体は、柔らかい。筋肉に欠けるのではなく、筋肉自体の質がしなやかで柔軟なのだ。さぞ抱き心地は良かろう。

 ロヴィッサの触り心地もなかなかのものだが……。


(アイオーンも柔らかい方がいいです?)

(硬くも粘り強い剣であって)


 ちょっと落ち着いた。


 さあ、この試練を終えたら、夜はヒューゴとベルタに奢りだ。ロヴィッサは自腹。

 長かった1日は、そうして終わる。

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