第28話 パーティーだから
希生の魂を化身体に定着させ続けるため、アイオーンは常に莫大な魔力と集中力を費やしている。
魔石とは魔力の操作補助器官であり、魔力の生成器官だ。剣のアイオーンの茎に埋め込まれた高密度の魔石は、常に大量の魔力を生成し、生成した傍から魂の定着に注ぎ込んでいく。
そこで余った分の僅かな魔力を溜めることで、アイオーンはその他の魔法を使うことができる。
希生が経験を積むことで魂と化身体の同調率は上がっていき、魂の定着に要する魔力量は減る。余剰魔力量は増える。
その他の魔法を使う余裕が増えるということだが、それでも使えば余剰魔力は減り、再び充分に溜まるまでは幾らかの時間がかかる。
生活や旅の中で細々と使うならともかく、戦闘で本格的に使えばガス欠の危険があり、回復するまで魔法が使えなくなるということだ。タイミングを計らなくてはならない。
希生が迷っていた原因はそこにもある。
魔法を使えば修行にならないという都合や、曲がりなりにも修行で培った力だけで戦いたいという嗜好の問題だけではない。
だがヒューゴとベルタが負傷し、ロヴィッサがスライムの群れにかかりきりになっている今、希生とアイオーンがやるしかない。今が使い時だろう。
(イオ!)
(はいですよう)
念話は心の一部の共有だ。声に出して会話するよりも早い。
言葉だけでなく、漠然としたイメージをイメージのまま伝えることも可能で、リアルタイムで詳細な指示を出すには持って来いの能力だ。
薄赤い光の壁――アイオーンの結界が、ベルタの前に生じた。
ヒューゴの守りが最早間に合わない彼女を狙った銃使いの凶弾が、結界に防がれる。正面から受け止めると貫かれる危険があるため、斜めにして逸らす配置。
射程の問題で、そのために希生はふたりへ寄り添い、ロヴィッサはひとりでスライムの処理を担うハメになった。
東西に伸びる地下道からゆっくりと押し寄せてくる強酸粘液の群れを、風の魔法剣で斬り裂き核の魔石を摘出し、盾で押さえるロヴィッサ。
「キキさん――」
何を言おうとしたのだろうか、そのままふたりを守れか、銃使いを頼むなのか。
言葉よりも早く希生は駆け出していた。
虚空を文字通り駆け上がり、5mの高さを踏破して地上に戻りゆく。
「来るッなッ」
銃使いは空中の希生に発砲するが、当たらない。
射線を見切り、射撃の機を掴んで、撃たれる前にかわす希生には。流れ弾すら下の3人に当たることはない立ち位置を見切っている。
空中を鋭く素早く移動する希生は、それは空を飛んでいるのではなく、基本的に地上と同じ動きをしている。
足で踏めるだけの小さな結界を作り、それを足場としているのだ。単純な話。
結界に重さはなく、指定位置に固定できるからこその使い方。防御に使うよりもよほど剣士らしい。
銃使いはあくまでも希生に銃を向けてくる。が、当たらないものは当たらない。
ベルタにトドメを刺す間際で、慢心していたこともあるだろう。その心の隙が、「勝てたはずだ」という未練が、彼に逃走を選ばせなかった。咄嗟に選択を誤らせた。
4人が易々と地上に戻れないことが前提の作戦だったのに。その前提はもう崩れているのに。
希生は、今度は会話をしようとはしなかった。銃を相手取る経験を積ませてくれたこと、自分の迂闊さを省みる機会を与えてくれたことに心中で感謝しながら、一刀のもとに首を刎ねた。
銃使いの死体を蹴り倒し、念のため銃も真っ二つに切断すると、希生は結界の階段を駆け下りて地下道に戻ってきた。
スライムの群れを斬り払い威嚇する。
「ヒューゴ、ベルタ抱えて結界を上れる?」
「すまん! 先に行く!」
ヒューゴは腕を負傷した左手で大剣をぶら下げ、健在の右腕でベルタを抱えた。ベルタも彼に抱き着いてバランスを補う。
その恵まれた体格と強化魔法の賜物か、彼女を落とすことはなく、結界の階段を上っていく。
それは手摺りもなく小さな階があるだけだが、未熟ながらに縮地を使えるだけはある、安定した立ち姿だった。
「次、ロヴィッサ!」
「承知いたしました! 風よ、投剣となれ!」
風の魔法剣で虚空に刺突を放つと、刃の形に渦巻く暴風だけが飛んでいく。それは3mにもなる大型スライムの粘液状の肉を突き破り、魔石をこぼれさせた。
代わりに風の魔法剣は解除されて隙ができるため、最後の最後まで使えなかったようだ。
階段を上る邪魔になるだろう大型スライムを始末すると、ロヴィッサもふたりのあとを追った。
「イオ、回収」
「お任せですようー」
アイオーンの切先、そのすぐ上の虚空に空間の穴が開く。一切の光のない暗黒の穴。
その穴が激しく肥大し形を変え、無数の触手のように穴を伸ばし、そこらじゅうに散らばるスライムの魔石に触れ、これを飲み込んでいった。
せっかくスライムの群れを大量に狩ったのだ、魔石を持っていかない手はないだろう。
強酸の体液が付着して触るのも面倒なスライムの魔石だが、従属異界に『魔石だけを入れ、それ以外を入れない』選別収納により、その問題も解決される。
それでもまだ大勢のスライムが迫ってくるが、もうこれ以上相手にしている余裕はない。余剰魔力の枯渇が近い。
希生もまた結界の階段を駆け上がり地上に戻る中、踏んだ傍から結界が薄れ消えていく。時間切れだ。
ともかくも、4人は地上に戻った。
ベルタは脚を負傷しているので、相変わらずヒューゴが抱えたまま。苦痛に呻きながらも、仕方なくといった風情でヒューゴに抱き着いているベルタは、それはそれで幸せそうだった。
そういう場合ではないのだが。
「わたしのせいでごめん」
「何度も言わせるな! キキが悪いんじゃない! それより結局一矢報いることもできずに、俺は……! クソ!」
ヒューゴも弱くはないのだが……。
「よろしゅうございますよ、キキさん。わたくしは覚悟の上で仲間にならせていただきました。さあ、また地面が崩れるかもしれません。少し離れて、そこで治療いたしましょう」
ロヴィッサに促され、落とし穴の通りを離れていく。
ヒューゴも腕を撃たれているため、ここでベルタはロヴィッサが抱き上げることになった。片や嬉しそう、片やジト目だ。結構余裕あるな……。
見通しのいい場所は魔物の奇襲も考えられるため、もとは民家だったのであろう手頃な廃墟に入る。
家具は朽ち果てて使い物にならないが、壁と天井があるだけでいくらか安心するものだ。
先住民がいないことを確認してから、怪我人を床に座らせ、治療に入っていく。
「イオ、魔力残量は」
「回復にはちょっと心許ないですねー。しばらく待ってほしいんですよう」
「構いませんよ、わたくしにお任せください。まずはベルタさんから参りましょう」
ロヴィッサはベルタのローブの裾をめくり、撃ち抜かれた左脚を露出させた。
弾は貫通したらしい、傷口が2か所開いて繋がっている。血が流れ続けていた。
患部に指を触れると、ベルタは痛みに痙攣するように震え、ぎゅっと目を閉じ歯を食い縛った。が、間もなく体から力が抜け、楽になった様子を見せる。
(まず鎮痛魔法ですねー)
ロヴィッサはベルタの傍らに跪き、目を閉じて患部に触れていた。
呪文はない。よく見ると、指先から何か光の糸のようなものが幾本も伸び、傷へと侵入していた。まるで神経を繋いでいるようだ、と思った。
希生は興味深げに覗き込む。光の糸は貫通した傷の内部に、縦横無尽に張り巡らされていた。破れた血管を光の糸が繋ぎ、塞いで、出血を抑えていく。筋肉や皮膚も光の糸で代替部品を編み上げるようにして、傷が埋められていく。
やがて光の糸で傷がまるで見えなくなると、ロヴィッサは目を開け、手を離した。
「はい、終了でございます。具合はいかがですか」
ベルタは傷を恐る恐る触れ、次いで立ち上がってみる。
ふらついてはいなかった。
「凄いわね。もう全然痛くないわ。立てるし……」
「完全に治るまで、無茶は禁物でございますよ。魔力で肉体を補填し、徐々に本人の肉体で置き換えていく医術でございますので。数時間は安静にするのが理想的でございます」
銃創が数時間で治るのか……。
切り傷や刺し傷をあっと言う間に治すアイオーンの回復魔法も、思えば驚異的だったが、これも充分凄まじい。
「数時間って……ここで?」
「いえ、今日はもう帰った方がよろしゅうございましょう。幸いキキさんがスライムの魔石を回収してくださっておりますから、収入的には充分に黒字でございます」
「このくらいの怪我で! と思うが、ベルタは女だからな! 帰るか!」
ヒューゴが豪快に笑い、ベルタは女扱いされて恥じらいながらも幸せそうにしていた。
ベルタの傷はもうひとつ、最初に弾が掠めた頬も治して、それからヒューゴもまたロヴィッサの治療を受ける。
こちらは弾丸が体内に残っていたので、光の糸を触手のように使い、弾を摘出するシーンが見られることとなった。事前に鎮痛魔法で麻酔されていたので、痛みはなかったようだが、見ているだけで痛々しい。
治療を終え、廃墟の外に出る。
落とし穴の通りをふと見ると、壁を這いずり上ってきたのか、スライムが地上に来ていた。銃使いの死体に群がり、飲み込み溶かしていく。
「スライムは魔境の掃除屋。人も魔物も、ここで死ねばああなるのでございますよ」
「ひええ……」
所持品を漁ろうかとも思っていたのだが、そんな気がなくなってしまう光景だった。
結局名前も知らないままの銃使いの最期を後目に、希生たちは帰路についた。仲間の鎧剣士も、どこから湧いたかスライムに同様に飲み込まれていた。
道中、再びゴブリンに遭遇したが、どうということもなかった。この状況で出てきたのが初見の魔物でなくて良かった。もう少し奥に行くか、地下に行くと、そういったものも出るそうなのだが。
帰り道となれば行きより慣れているため、必要以上に警戒することもなく足取りは軽かった。
ゴブリンやスライム、銃使い、今日の戦闘について感想を言い合う中、ふとヒューゴが話しかけてきた。
「どうしたキキ! さっきから静かじゃないか!」
「いやあ……。そりゃあね。やっぱりわたしのせいだしさ」
有体に言って、落ち込んでいる。
言い訳しようのない迂闊さが原因なのだ。
しかもそのせいで、ふたりには怪我までさせた。痕も残らず治るらしいとは言え、だ。
アイオーンの魔法をもっと早く使っていれば防げただろうか。いや、敵の油断を突くにはあそこまで待たねばならなかった。だがしかし。堂々巡りの思考。
やはり自分が仲間を持つことは間違っているのではないか。そんな思いが消えない。
「気にするな! と何度言っても気にしそうだな!」
「うん……」
ベルタもロヴィッサも気遣わしげに見てくる。居た堪れない。
前向きで真っ直ぐなヒューゴや、この容姿を気に入ったらしくやたらとアピールしてくるロヴィッサはまだ分かる。だがベルタは、希生が仲間になったことで得をしていないはずのベルタまでが、心配の様子を見せてくる。
ツラい。あまりにも申し訳ない。
「冒険者になれば危険に襲われる! 当然のことだ! 今回は希生が原因だったが、俺やベルタが原因になることだってあるだろう! そのときにキキはちゃんと俺たちを助けてくれる! 違うか!?」
「違わないけど……」
「そう、違わない! 今回だってそうだ! キキがいたから切り抜けられた! 俺やベルタは何もできなかった! ロヴィッサはともかくな!」
ロヴィッサは剣と魔法でスライムを蹴散らし、医術で回復も行う、八面六臂の活躍だった。恐縮でございます、と彼女は頭を下げた。
ベルタが苦々しげに言う。
「ヒューゴの言う通りよ、キキ。あたしがもっとよく考えて魔法を使っていれば……。相手が風使いだって分かってたのに、風に吹き散らされる冷気を使っちゃって、チャンスをモノにできなかった。経験が足りなかった。あそこであいつじゃなくてスライムを凍らせてれば、ロヴィッサが風で銃から守ってくれたはず。あたしもヒューゴも撃たれずに済んだはずよ。あたしのせいなの」
「そんな……それは……! そりゃ悪手ではあったかもしれないけど、そもそもわたしが気を付けていれば……!」
「違うのよ。みんなが気を付けなきゃいけないの。ほら……パーティーだから」
不器用ながらに、ベルタは笑った。ロヴィッサは穏やかに笑み、ヒューゴは豪快に叫んでいた。
「そういうことだ! 俺たちも頑張るから、お前もどうか俺たちを頼ってくれ! キキ!」
少し涙腺が緩んだ。
頼っていいのか。頼ることができるのか。それを赦してもらえるのか。
「ああ。うん。ありがとう」
小さい声でそう言うのが精一杯だった。胸が熱い。
「ただし今夜は飯を奢ってもらうがな!」
「いいわねそれ! 高いの頼んじゃおーっと」
「わたくしは奢りよりも、一緒にお風呂に入っていただく方が嬉しゅうございますけどね。フフフ……」
ロヴィッサのブレなさすらも、今は何だか愛おしい。
ああ、この3人は仲間なのだ。4人で、パーティーなのだ。
今ようやく、それを強く実感した。




