第27話 聞こえてたんだ
ゴブリンを片付け終えて再びウショブ遺跡の通りを行く中、希生の見切りの感覚に何かが引っかかった。後方、何かがついてきている気がする。
だからふと「なんかいるな」と口に出すと、3人は歩きながら振り向き、続きを促した。
「なんかって?」
「なんか。静寂の魔法で音を消してるのかな、足音はないんだけど、それで風の音まで不自然に途切れてる気配があって。気配の空白って言うか。後方」
「後方でございますか……」
ロヴィッサは『感覚を空気と合一化する』感知魔法を使っている。その範囲を後方に伸ばしたのだろうか、犬耳の角度がぴくぴくと変わる。
「確かに、何者かが静寂の魔法を……。気付いたことに気付かれました! 来ます!」
慌てて振り返るロヴィッサ。3人も倣うと、何者かが廃墟の陰からこちらを覗くところだった。
ゴブリンではない、人間だ。石造りの遺跡に溶け込むような鈍色のマントを羽織り、銃口をこちらに向けていた。
銃。
「ベルタ!」
咄嗟にヒューゴが縮地で割って入り、大剣をベルタの前に翳す。
と、弾は剣身に辺り逸らされた。射線を見切って防いだのだ。それも辛うじてであって、ベルタの頬を掠めて赤が散ったが。
「つっ……」
「大丈夫でございますか!?」
よろめく彼女をロヴィッサが支えるのを後目に、希生は既に駆け出していた。
縮地歩法の素早さで瞬く間に距離を詰めていく。
その間にも銃口は希生を向き、発砲された。
だが手元の動きから発射の瞬間を見切り、射線からズレることで撃たれる前に回避する。敵が移動先に射線を修正できないタイミング、機を掴む。
(銃ってあるんだなー、この世界)
(あるんですよう。強化魔法含めると剣の方が強いことも多々あって、あと高いですし、そう人気のある武器でもないですけど)
希生を外れた弾丸は、無為に廃墟の壁で弾ける。
更にもう一発を同様に回避して、敵に肉薄していく。
静寂の魔法により発砲音はおろか、引き金を引く音も聞こえない。目で見て見切らなくてはならない。アイオーンの回復魔法やロヴィッサの医術があるとは言え、急所を撃ち抜かれれば死ぬだろう。
いい感じに恐ろしい。希生は微笑んだ。
「ちッ!」
銃使いが舌打ちをしながら物陰に引っ込む。
代わりに出てきたのは、鎧を着た剣士だ。板金鎧に両手持ちの長剣、まるで騎士のような様相だが、実際に騎士ではあるまい。魔境で冒険者を襲う無法者。目的は盗みか、或いは快楽殺人という線もあるのか。
鎧の重さは強化魔法もあり、ものともしていない機敏さだが、可動域はどうしても狭まる面がある。限定された攻撃線の空白を踏むのは容易い。
危なげもなく袈裟懸けを回避しざま、その胸にカウンターを叩き込んだ。充分な速度の乗った物打ちは鎧を突き破り、胸骨を割って心臓に届く。
手応えからして鎧自体も硬度を強化されていたようだが、全身の力を集中する鞭身の高威力にアイオーンの切れ味が加われば、これを斬るくらいは事もない。いや、たとえ剣がアイオーンでなくても、鎧を大きくヘコませて中身を圧迫し、肋骨をへし折っただろう。
「クソッ! なんて奴……!」
廃墟の角を曲がる。倒れる鎧剣士を助ける素振りもなく、銃使いは遁走していた。
鎧剣士を相手取った一拍分の時間だけ、距離を離されている。
追うか? 深追いして仲間と分断されるのは良くないか。
希生が逡巡しているうちに3人が追い付き、ロヴィッサが鎧剣士の防具の隙間から首を刺した。やはり確実にトドメを刺すことを好むらしい。油断しない性格だ。
合流、希生は改めて銃使いを追う。
しかし奴が角を曲がろうとしている。静寂の魔法で足音が消えている以上、一度見失うと再発見は困難だ。追い付けるだろうか――思っていると、ロヴィッサが呪文を紡いだ。
「風よ、静寂を吹き飛ばせ!」
ロヴィッサの手から銃使いへと、一陣の疾風が走り抜ける。と、銃使いの足音が聞こえるようになった。
静寂の魔法はロヴィッサも使うことができる。対抗する魔法も知っているということか。
銃使いの足音を追って遺跡の通りを走る。敵は再び静寂の魔法を使う余裕はないらしく、足音は消えることがないまま、見失わずに距離を詰めることができた。
あまつさえ、銃使いの入り込んだ道は行き止まりだった。地震でもあったかのように家屋が通りに向けて倒壊し、大量の瓦礫が道を塞いでいた。
進退窮まった銃使いは手にしたレバーアクション式の小銃を再び発砲してきたが、希生は射線と機を見切って避けるし、ロヴィッサは風の盾で逸らすし、ヒューゴも射線を見切って大剣で受け止め、ベルタを守っていた。
こうまで弾をかわされるのでは、銃が不人気だというのも頷ける。剣と魔法の世界は銃に厳しい。
弾切れになったらしく、かと言って敵の眼前で再装填することもできず、銃使いはオロオロした態度を見せた。
希生は距離を開けて止まった。
「なぜ襲ってきた?」
それを聞くためだ。
ただ目についたから襲ってきたなら、それはそれでいいのだが……。
男はニヤついた。
「聞いたんだよ。聞こえてたんだ。いったいどういう能力なのか、まるで理解できないが……強化魔法の気配もないのに、銃を避け、板金鎧も剣一本で一蹴する奇妙な強さ。普通じゃない。『永劫の魔剣』ッ! その力なんだろうが!」
まあ、間違ってはいない。希生の力は、アイオーンからの修行で得たものだ。
促成栽培された達人の力。無暗に偉ぶりたくはないが、誇りはする。
「つまり……あの食堂で」
「ああ、迂闊だったな。結構世間知らずなのか? 俺ら以外に誰が聞いてたのかまでは知らんが、とにかく、俺らは聞いた。ここで仕留め……剣を奪うことにした……! 仲間はやられたが、成功すればお釣りが来る!」
ここからどうやって成功するつもりなのだろうか。既に追い詰められているのに。
だが獲物を前に舌舐めずりしていては、何か隠し玉があった場合に困る。妙に自信があるのが気になる。まだ仲間がいるのだろうか?
4人で入った食堂で、自分が迂闊にもアイオーンを紹介したことで生じた事件だった。あのおかげでロヴィッサが仲間になったが、こうして敵も作っていた。それを確認して反省の気持ちを持てれば、これ以上、銃使いに用はない。
「3人ともごめん、わたしのせいだった」
「気にするな! 仲間だ!」
ヒューゴはいつも真っ直ぐだ。眩しい。
ベルタとロヴィッサもが頷く気配を感じながら、銃使いを始末するべく4人は彼に寄り――地面が崩れ、大穴が開いた。
「なッ、に……!?」
浮遊感。地面を覆う遺跡の石畳が粉々に砕けるように、バラバラになって落ちていく。
崩壊の範囲は広く、4人は為す術もなく中空に放り出された。落下する。何m落ちる?
銃使いが高笑いをしていた。要するに落とし穴だ。彼が仕掛けたのか、いや、それにしては大規模に過ぎる。遺跡に元からある罠だ。分かった上でここまで誘導したのだ。
瓦礫と共に底へと落ちる。7mはあるか。
ロヴィッサは激しい上昇気流を展開しクッションとしたが、仲間たちにまでは手が回らなかった。
それでもヒューゴはベルタを抱き締め、両足からどすんと落ちて着地した。土属性の身体強化を使っているせいか、頑丈らしい。
希生もまた、全身を縮こまらせるようにして衝撃を吸収し、着地に成功した。足腰だけでは衝撃を受け切れないため、鞭身の要領で体幹にも衝撃を回し、全身を使って分散したのだ。回転して受け流す方法もあったが、瓦礫が散乱するこの場所では、それは危険と思われた。
全員怪我はなく、己の足で立てる。
高さと同じくらい幅のある地下道だった。
陽光が全てを照らすことはできないから、奥がどうなっているのかは見て取れない。
「ハッハッハー! 落とし穴に気付かなかったか? ある程度以上の人数が乗ると崩れる強度になっていたこの場所……。風の感知魔法や足音の変化で見抜かれないよう、俺の風魔法で空気の感触を誤魔化していたぜ! そして!」
銃使いが穴の上で高らかに解説する。
そして、地下道の先は東西どちらも見通せないが、その奥から何かが近付いてきているのは感じ取れた。
ずるずると這いずるような、濡れた布を引き摺るような音が多数。
やがて光の下に姿を見せたそれは、青く透き通った水の塊のような、自律する生きた粘液の群れだった。
小さいものは体長数cm、大きいものでは3mほどの個体もいる。
饅頭のような少し潰れた球形が、仮足を伸ばし進行してくる。体内に透けて見える宝石のようなものの存在は、あれは魔石が核となっているのだろうか。
「スライム……!」
「そう! そしてそこはスライムどもの棲家……。逃げ場なし! いくら魔剣が強くても、剣ではスライムに勝てるまい! 今のうちに魔剣をこっちに投げれば、ロープを垂らしてやるぞ」
天上七剣の実在は信じているが、その天を裂き地を割る威力は眉唾だと思っているようだ。
希生の持つアイオーンに関して言えば、それは正しい。本来の力は封じられている。
「キキ! 剣を渡す必要はないぞー!」
「そうよ、そりゃ剣だけじゃ大変だろうけど、こっちには魔術師がいるんだから。スライムの群れくらい……!」
ヒューゴとベルタが気を吐いたところで、銃声が鳴り響いた。
銃使いが既に再装填を終え、発砲してきたのだ。
狙いはやはりベルタ。ヒューゴは射線上に大剣を配し、射撃を弾いて守った。
「ベルタさん! 物陰へ!」
ロヴィッサが小型のスライムを剣で払い、魔石を体内からくり抜きながら言った。
くり抜かれたスライムは力を失い、纏まりを失って水溜りのように広がった。
希生も同様に小型のスライムを処理する。
落とし穴は地上の道がそのまま崩れるという形だが、地下道から見ればそれは天井の一部に穴が開いているに過ぎない。銃使いから身を隠せるよう、健在の天井の下に入っていく。
だが銃使いは穴のフチを走って立ち位置を変え、執拗にベルタを狙った射撃を繰り返す。ヒューゴが守っているが、それはヒューゴがスライムの処理に参加できないということだ。
「希生さんは小型を! 中型以上はわたくしが!」
ロヴィッサが剣に魔力を込めた。
「我が剣に風の加護ぞ在れ!」
剣に渦巻く暴風が纏う。風が全体として形を保つ。剣を芯にして、一回り大きな風の剣が形成される。
その効果は、単純にリーチが伸びるということだ。体長が1mを超える中型スライムには、素の長剣では魔石まで攻撃が届きにくい。そこを補う技。
逆にそのままで剣が届く小型スライムは希生が剣を振るい、魔石を抉り出して無力化していく。
一方ベルタもただ守られているばかりでなく、同時に魔力を集中していた。
「我が手の内に冷気在れ。矢の如く飛び自由を奪え!」
ベルタの手から放たれた冷気の矢は、銃使いの体組織を凍結せしめるべく飛翔し――
「風よ吹け」
突風に逸らされ、散らされた。
「そんな!」
「貫通力の低い冷気魔法で風を破れるか! そら!」
銃使いがベルタを狙い――射撃の瞬間、対象をヒューゴに変更した。
見切りが間に合わなかったヒューゴが左腕に弾を受け、くぐもった声を上げた。
「ヒューゴ!」
「大丈夫だ! だが、この状況……!」
上からは銃使いに狙われ、下はスライムの大群だ。
スライムの死骸は水溜りのように広がり、体内に蓄積していた酸が漏れているのか、しゅうしゅうと音を立て地下道の石床を溶かしていた。足の踏み場がなくなってくる。
そして更なる発砲。
負傷したヒューゴの防御が間に合わず、ベルタの脛が貫通された。
「う、あ……!」
ベルタが立っていられずに転ぶ。
スライムの死骸に手をつかないようヒューゴが支えたが、それはもう次の一発は防げない体勢だった。
「俺は別に、お前らが全滅してから下りて魔剣だけ拾うんでも構わないんだ。スライムは金属も溶かすが、流石に天上七剣は溶けないだろうからな……。だがどうせ俺に剣を奪われるなら、生きてるうちに渡した方が賢いと思わないか? 投げて寄越せ。そうしたら助けてやる」
銃使いは傲然と告げた。
スライムも小型中型は片付けられるが、3mある大型はロヴィッサの風の魔法剣でも魔石に届かない。分厚い粘液の体で衝撃を吸収し、斬撃自体も止められてしまう。
希生は迷っていた。アイオーンの魔法には、戦闘ではなるべく頼りたくなかった。
だがこれは、希生の迂闊さが招いた事態だ。迷うことさえ罪悪だろう。
決めた。




