第26話 ウショブ遺跡
ヒューゴとベルタも、試験官に勝てないまでも善戦して合格し、晴れて全員が青銅級冒険者となった。冒険者の証として青銅の認識票を渡され、それぞれ首から下げる。
その後は最低限の無料講習を受け、固定パーティー申請(税金が一括になるらしい)をして、これで市役所ですることは終了だ。
資料室で魔境の情報を調べたり、有料の講習を受けたりすることもできるようだが、試験官に負けたヒューゴが早く実戦で鍛えたいとうるさいので、腹ごしらえだけして早速現地に向かうことになった。
有料講習は、当然だが金を取られるということも大きい。
宿屋で二人部屋×2を1か月契約で、合計3000ルタを既に支払っている。細かく刻むより、長めの期間で契約した方が安いのだ。
ひとり750ルタを仲間に借金する必要はなかったが、食費が日に20~30程度かかるため、特にもとの所持金が900ルタしかなかった希生はすぐに干上がってしまう。ヒューゴとベルタもそう余裕があるわけではない。
講習より金稼ぎである。
それに初見の敵と戦うのも修行だ。ホブゴブリン、槍鹿、マイニオ、希生にとってはもともと初見の敵ばかりと当たっている。慣れたものだ。
「では皆さん、現地では自分の判断で動きつつも、わたくしから指示があれば従ってくださいませ。今日は実力を確かめるということで、比較的危険の少ない区域で活動いたしましょう」
何より、現役の先輩冒険者ロヴィッサがいる。
彼女のいない3人パーティーのままであれば、冒険開始はもう少し先送りになっていたかもしれない。
◆
乗合馬車に乗って東市門へ、通行税を払い城壁の外に出て、今度は竜車に乗り換えて東の魔境に向かう。
馬は臆病な傾向のある動物だ。危険な魔物の潜む魔境に近付くには、図太い性格の竜に車を牽かせる方がよい。
竜と言っても翼が生えているわけでもない、馬程度のサイズの大トカゲかちょっとした恐竜か、といった程度のものだが。走ることを好むので、そのまま走竜と呼ばれている。
町中を走る馬車より、野外を走る竜車の方が速い。1時間程度で魔境近くへと到着した。
そこは竜車の行き来とする駅となっており、希生たちのように魔境に挑む者が竜車を降り、魔境からウショブ市へ帰る者たちが竜車に乗る光景がある。
魔境の本当にすぐ隣に駅を作ると、魔物に襲われる危険性が高まるため、ここから現地までは徒歩となる。
そうして遂に辿り着いた先は、滅びた城郭都市の遺跡、だった。
城壁は最早崩れ去り用を為さず、どこからでも出入りし放題。数千年が経ったかのような石造りの町々は半ば風化して色褪せ、無数の蔦が生い茂り、かつての栄華も想像しにくい。どこに魔物が潜んでいるか分からない不気味さがある。
しかし何よりも不気味なのは、光の加減で七色に輝いて見える霧の存在だろう。虹色の霧が、薄らと都市全体を包んでいるようだ。
(この霧は、場の魔力が濃くて可視化されてるものですねー。いっぱい吸って脳内に魔石を生成ですよう)
これ吸うのか……。いや入れば吸わざるを得ないけど……。
と、ロヴィッサが解説を始める。
「はい、ここがウショブ魔境、ウショブ遺跡とも呼ばれる場所でございます。地下の霊脈がぶつかり噴き出した莫大な魔力が、かつてこの地にあった都市を遺跡の形で再現していると言われております。ただ再現される場所や時間がところどころ捻じ曲がっているらしく、ある建物と別の遠く離れた建物が繋がっていたり、往時の罠が生きていたりすることもしばしばあるようです。ご用心くださいませ」
「罠があるのか!?」
剣バカのヒューゴとしては、罠という戦う敵ではない障害は苦手なのかもしれない。珍しく不安そうにしている。
「ええ、ここが遺跡ではなく生きた都市であった頃、戦争をしていた名残りだと言われております。それに生息する魔物が罠を仕掛ける場合もあります」
「罠かー、魔物と戦う訓練はしてきたけど……。罠を感知する魔法はないわね……」
ベルタも戦闘系の魔術師のようだ。
試験官との模擬戦では冷気の魔術を使い、動きを鈍らせていた。そして杖で殴っていた。
「ある程度ならわたしが感知できると思うけど……」
「わたくしの風の魔術も、そういったことは得意でございますよ」
希生の見切りの感覚は、それ自体は別に超能力的なものではなく、研ぎ澄ました鋭敏な感覚による冷静な観察だ。見た目、音、匂い、空気の流れ――僅かでも違和感があれば気付くことができるだろう。
完全に違和感なく隠蔽されている場合は、ロヴィッサの魔術が頼りになるかもしれないが。
「一歩踏み入れば、もういつ戦闘になるか分かりません。最低限の補助魔法は事前にかけておきましょう。我が身に空気の広がり在れ」
(空気と感覚を合一して、周囲の空気の動きや空気に触れているものを手に取るように感知する魔法ですよう)
「分かったわ。我が身に開け、蛇の異なる目よ」
(温度感知の魔法ですねー)
「おう! ふんっ!」
(無詠唱の身体強化。この魔力の感じは土属性かなー)
アイオーンがいちいち解説を入れてくれる。助かる。
そして唯一自前で魔法を使えず、アイオーンの魔法にもなるべく頼る気のない希生は、とりあえず自分の頬を叩いて気合を入れることにした。が、我ながら柔らかかったので、結局もちもち伸ばして変顔をして遊んでいた。
「ふはっ! もうキキ、笑わせないでよ!」
「可愛らしゅうございますよ、キキさん」
「ぬう! 負けんぞ!」
なぜか対抗心を燃やしたヒューゴと睨めっこになり、渾身のぴよぴよ口で勝利を得た。
そうこうしている間にも、ほかの冒険者パーティーたちが希生たちを通り過ぎて魔境に踏み入っている。
「それではそろそろ参りましょう。ほかのパーティーとはなるべく違う道を行くのがマナーでございますよ」
危険な魔境で、敢えて魔物ではなく同業者を狙う悪徳冒険者もいるのだという。危険な地だからこそ、捜査や立件が難しいからだ。そもそも冒険者の死亡は自己責任であり、わざわざそこに事件性を見ること自体が珍しい。
獲物の奪い合いなどの余計なトラブルを避けるためにも、冒険者は信頼できる仲間のみを傍に置くのが常識なのだ。
そういうわけで、近くにいるほかのパーティーたちと何となく別れる方向へと歩いていく。先方も慣れたものらしく、自然と希生たちは孤立していった。
虹色の霧に煙る都市の遺跡を、希生たちはゆっくりと進んでいく。廃墟に挟まれた通りを歩いて。
隊列は、基本的に近接攻撃しかできないヒューゴと、盾を持つロヴィッサが前衛。魔術師のベルタを挟み、希生がシンガリとなっている。
ヒューゴは既に剣を抜いていた。彼の身の丈ほどもあるその大剣は、リカッソ(剣身の根元から30cm程度に刃がなく、革が巻かれていた)の存在からツヴァイヘンダーと分類できるだろう。
リカッソを肩に当てる形で担ぎ持つ体勢は、待機中の疲労を減らし、また接敵すればすぐさまに強烈な一撃を見舞えるよう、既に振り被っているという構えである。接敵してから大剣を鞘から抜くのは、面倒が多い。
同じく前衛のロヴィッサは、直径40cmほどの円盾を左手に持ち、右手はまだ長剣に手をかけていない。
盾は木材を革や鋼で補強したものではなく、総鋼鉄製のようだが、軽々と持ち歩いている。素で強化魔法を使ったのと同等の身体能力があるようだ。流石は獣人。
ベルタはもともと地面につくほど長い杖を持っていて、それをそのまま手にしている。
杖は木製で、そう変わった見た目ではないのだが、どこか樹齢の高い古木から折り取ったような荘厳さがある。
最後尾の希生は自然体、いつもの和ゴスに天狗下駄、アイオーンも納刀したままである。
それはいいのだが、ヒューゴが緊張からか常に周囲を窺いゆっくりと歩み、ロヴィッサがそれに合わせているので、全体の進行速度は緩やかだった。
ひとりならもっと身軽なのだが――そう思ってしまうのが、希生の人付き合いの苦手さだ。組むことを自分で選んでおいて、仲間を煩わしいと感じてしまうのは。
仕方がないので、ベルタのローブ越しに僅かに浮かび上がる尻のラインと、尻尾穴を通ってゆらゆら揺れているロヴィッサの尻尾と、どちらを主に眺めるのがより有意義かを考えていると、ふと動くものの気配を感じた。
ロヴィッサも同時に感じたようだ。犬耳をぴくぴくと動かしている。
が、今回は新人冒険者である3人の実力を確かめるのが目的だ。ロヴィッサに頼らず、希生が注意を発するべきだろう。
この多数の軽い足音と、少数の重い足音は――
「ヒューゴ、ベルタ。ゴブリンか何かがいる。前方――」
言いかけて、ふたりが希生を振り向いていることに気付いた。
「前見て前!」
「おっと! そうだな!」
「ごめんごめん」
前方に敵がいると言っているのに、後ろを向くんじゃない。
希生は溜息をひとつ、それから続けた。
「前方、あの屋根が崩れた建物の辺り、もう出てくるかな……。ああ、出てきた」
言っている間に、30mほど先にゴブリンの一団が顔を出した。この遺跡魔境のどこかに住み、そこから狩りに出てきたところなのか。武器を手に殺気立ってテンションが高そうな雰囲気を感じる。
遠目ながら、フィーユ山脈のゴブリンとは形態が違うように見える。血縁関係のない他人ではなく、姉妹かイトコくらいの差。フィーユゴブリンより少し背が高く、目つきもキリッとしている。
基本的に同じ姿のクローン幼女の群れであることは変わらない。3匹もいるホブゴブリンもホブゴブリンで、共通の姿を持っている。雑兵は8匹だ。
しかし30mほどあってこれだけ細かく見えるのだから、今更ながらこの体は目がいいな、と希生は思った。死の明鏡止水と動きの理解による見切りの感覚以前、単純な視力が高い。
現代日本人と違ってパソコンもスマホも使わず、毎日修行して健康的に過ごしているからだろう。
ともあれゴブリンたちがこちらに気付き、一斉に突撃してきた。
3匹のホブゴブリンを先頭に、雑兵ゴブリンがそれを追う形。
「迎え撃つぞ! キキ、ロヴィッサ、ホブ1匹ずつ頼む! ベルタは雑魚散らし!」
パーティー唯一の男であるためか、ヒューゴが張り切って指示を出している。
従うに吝かではないが、その前にやることがある。
希生は既に、従属異界からスリングを取り出し、腕に結びつけていた。
フィーユで盗賊団の見張り相手に使った、タオルを組み合わせた即席のスリングだが、分解せずにそのままになっていたのだ。
場所柄、丸い石はないが、四角くて良ければ手頃なサイズの石はいくらでもある。スリングにセット。
「投石する。どいて」
ふたりが一瞬振り向き、ロヴィッサは振り向かぬまま、希生に道を開けた。
――放つ。
ホブは流石に投石一発では倒れないから、後方の雑兵を狙った。顔面を砕き穿つその威力に、命中した1匹は堪らず転倒。更にもう一発を放ち命中させ、雑兵ゴブリンは6匹に減った。
大した差ではないが、接敵するまでただ待っているのも芸がないだろう。
「そんな技も持ってたのか!」
「ベルタの魔力の節約になるかなーと」
言いながら前に出て、ホブゴブリンの斧――石器ではなく鉄器――を掻い潜り、抜刀、胴体を背骨ごと両断するまでが一挙動。
右側ではヒューゴが大剣を袈裟に振り下ろしてホブの斧を叩き落とし、左側ではロヴィッサがホブの槍を盾で受け流して懐に潜り込もうとしていた。
白兵戦の3対3は希生たちが優勢。
さてどちらに加勢しようか、と思ったところで、足元をひやりとした冷気が通り過ぎていった。
ベルタが魔力を集中し、今遂に呪文を完成したところだ。
「我が手の内に冷気在れ。地を舐め広がり、自由を奪え」――と。
遺跡を斑に薄らと染める虹色の霧とは違う、青白く冷たい霧のような冷気が地を走り、広がって、雑兵ゴブリンたちの足を瞬く間に凍らせて消えた。
雑兵らは走る力を失い、一斉に転ぶ。戦闘不能だ。
「ちょっと節約できたわ。ありがとキキ」
「ん」
雑兵ゴブリンには勿体ない威力だ。
雑兵どころか、ホブゴブリンもこれで纏めて倒せそうである。
(そこも節約の結果なんでしょうねー。戦士3人で充分押さえられるっていう)
(そういうものかー)
ロヴィッサが盾で槍を押し退けながら、長剣を脇腹に突き刺している。
ヒューゴは大剣で薙ぎ払ったが、ホブが腕で無理やりガードしながら踏み込んできている。踏み込んだ分だけ、斬撃の入りが浅い。腕は断裂し使い物になるまいが、致命傷ではない。
希生はヒューゴと対するホブへと縮地し、背中をバッサリいった。
「すまん!」
「いや暇だったんでね」
ヒューゴが弱いわけではないのだ。別段、次の一手で斃せていただろう。
多少踏み込まれたところで、彼には未熟ながらに縮地があるのだから、間合いを取り直して攻撃するのは容易だ。
ただロヴィッサかヒューゴかなら、ヒューゴだと思っただけで。
一方のロヴィッサは、堅実に盾で防御しながら、痛みに怯んだところで更に胸を突き刺して倒していた。倒れたあとで首も突き刺す念の入りようだ。意外と慎重な性格なのか。
ホブを掃除し終えれば、投石やベルタの魔法で倒れた雑兵を片付けて完了。
頭部を割って魔石を回収し、次の獲物を求めてウショブ遺跡を行く。
後ろに迫る悪意に気付かないまま――
「……。なんかいるな」
――いや、希生を除いてだが。




