第25話 夢がない……
結局、宿はロヴィッサが泊まっていた店で別の部屋を使うことになった。金庫に入れてとは言えイザナミを部屋に置いていた通り、この宿のセキュリティーは信用できるレベルにあったからだ。
隣同士の二人部屋がふたつ空いていたので、そこに泊まることとなった。4人が纏めて入れる部屋も、3人とひとりに別れるにちょうどいい部屋も、空いていなかったのだ。
さて、ということは、誰かは必ず男女組で泊まることになってしまう。二人部屋を無理やり3人で使う案も出たが、試しにひとつのベッドにふたりで寝てみたら、狭いしキツいし、ロヴィッサが興奮するしで諦めた。
部屋割りは紛糾した。ヒューゴとロヴィッサを一部屋に纏めて押し込むのが最も安全かとも思われたが、ロヴィッサも曲りなりにも女である。その形で議論が収まりそうになると、ベルタは不安そうにヤキモキする態度を見せた。
鈍感なのか興味がないのか、ヒューゴがそれを斟酌する様子がまるでないので、希生が仕方なくロヴィッサと一緒がいいと言い出し、ヒューゴとベルタを無理やり組にした。
「小さい頃は一緒に寝ることもあったしね……。別にいいわよ! これで!」
恥じらいながらも、何とも満足そうだった。
いい仕事をしたなあ、と希生は思う。アンヌとハリーくんも、傷付いたアンヌを慰めるだとかで今頃仲良くしているといい、そうヤメ村にも思いを馳せた。
「キキさんと同室……フフッフフフフフ……!」
代わりに猛獣と同じ檻に入ることになってしまったが……。
少々ロリコンの気がある希生としては、20代前半と見えるロヴィッサに襲われるのはあまり手放しに歓迎できないところである。いやロリなら襲われてもいいわけではないが。ほら、まずアイオーンがいるし。
しかしそういう個人的嗜好を差し引いても、ロヴィッサが整った容貌をしていることは事実だ。灰色の髪は少し癖があって、撫でれば犬の体毛のようにふわふわしていそう。表面的には清楚そうな顔立ちでいながら、内に野性性を持っている雰囲気も艶やかに感じられる。
もし襲われたとして、なし崩しに受け容れてしまいそうなのが怖い。希生は強い人間ではないのだ。
しかし彼女なりに自制していると言ったのは事実なのか、そういう素振りは見せなかったし、見せたとしてもジョークと分かる雰囲気のもとでだった。そうやって油断させてから、あとでパクッと来るのかもしれないが。
ともあれ部屋割りが決まった時点でもう陽が傾いていたため、その日はお開きとなり、冒険者登録は明日に持ち越されることとなった。
冒険者登録。やはり冒険者ギルドのようなものが存在するのだろうか。そこで舐めてかかった先輩冒険者に絡まれ、華麗に一蹴して一目置かれることになってしまうのだろうか。
ヒューゴとベルタはまだしも、希生は10代前半の容貌をしているため、本当に絡まれそうではある。そもそもこの年齢で登録できるのだろうか、と今になって思い至り、不安にもなった。
◆
開けて翌日。
一行は市役所を訪れた。
「……市役所」
「市役所でございます」
建物自体は古代ローマ風の趣があるちょっとした神殿のような荘厳さだったが、冒険者ギルドではなかった。
そういえば商人が魔石を取り扱うには市の認可が必要だという話だった。冒険者を『魔境から魔石を採掘する仕事』とするなら、当然、こちらにも市は関わってくるのだろう。
「魔境に人が集まり始めた当初は、それぞれの意志ひとつだけを胸に危険に挑む、まさに『冒険者』だったそうですが……そこも結局は、領主さまの土地でございますからね。役所で管理されるようになり、納税の義務ができあがり、今の形となったのでございます」
「夢がない……」
「何を言うキキ! 夢は俺たちの剣にある! 魔物どもと命を懸けて戦う、修行の場とするに持って来いなのは間違いないのだ!」
ヒューゴの前向きさが羨ましい。
ベルタは、仕方ない奴なんだから……とばかりに、嬉しそうにヒューゴを見ていた。
市役所内部は一般人向けと冒険者向けで出入口ごと区分けされているようで、すれ違う人々はみな帯剣するなど冒険者らしい恰好をしており、ギルドらしさはないでもなかった。
ただし酒場が併設されてはいないし、冒険者たちもそれぞれ雑談したりなど静かではないものの、無暗に暴れるような者はいなかったし、特に絡まれることもなかった。チラリと見られはするが、それだけだ。
ウショブ市の冒険者は、市から許可を得て活動している。市役所で騒ぎなど起こすわけもなかった。
面倒がなくて嬉しいような残念のような、複雑な気持ちの希生だった。
ロヴィッサの案内で登録窓口に向かい、大人しく列に並んで待ち、順番が来れば受付の女(別に美女ではない)から必要事項を記入する用紙を貰った。
羊皮紙ではない、植物繊維の紙だ。大量生産されている気配を感じる。品質はそこそこ。
文字が書けなければ代筆も可能なようだが、アイオーンによって言語知識をインストールされた希生には無用だった。ルーン文字に酷似した直線の組み合わせ、アギア文字を、用意された羽根ペンで記していく。
氏名、ここはキキ・ムトーとしておくか。種族、たぶん人間。性別、ひょんなことから女。年齢――
(アイオーンの化身体は13歳としてデザインされてるんですよう)
ヒノコさんは何を思って、魔剣の化身をわざわざ13歳の女の子にしたのだろうか……?
まあ年齢、13歳、と。住所、『踊らない鷲』亭。出身地、不明。職業・経歴、ここは剣士や魔術師といった技能ではなく、そのままの意味で何の仕事に就いているか、経験があるか、ということらしい。兼業冒険者も多いようだ。残念ながら無職の旅人である。そして特技、これは剣術。
こんなところか。
市門でもらった仮の身分証と共に提出すると、無事に受理された。冒険者も立派な職業扱いらしく、これで滞在可能期間が無期限に延びるという。仮の身分証では1週間しか滞在できないところだった。
ただしこの後の試験に合格して、正式に冒険者の免許を得る必要はあるが。
「試験」
「危険なお仕事でございますからね。怪我や死亡は自己責任とは言え、最低限の実力を持っていることは確認しなければならないのだそうで。とは言っても簡単なものでございますから、ご安心くださいませ」
先輩冒険者ロヴィッサが解説してくれるので、受付の女の出番はなかった。
その後は試験会場に行くように指示された。試験は随時行われており、順番が来ればすぐに受けることができ、合否もその場で出るそうだ。
ヒューゴとベルタも問題なく手続きを終え、共に試験会場に向かう。
ロヴィッサに先導され辿り着いてみると、そこは下が床ではなく地面になっている、屋内グラウンドのような広い空間だった。
そこで何組もの人々が模擬戦をこなしている。実力を計るようなことを言っていた通り、ストレートな試験内容と言えるだろう。緊張する必要もない。
待つ間、同じ冒険者志望の者たちの試験を見学することになる。
「試験官の人も冒険者なの?」
ふと思いついてロヴィッサに尋ねた。
「よくお分かりになりましたね。全員が現役の黄金級冒険者でございます。当然勝つことは難しいため、どれだけ戦えたか、どう戦ったか、が評価の対象となるそうでございますよ」
分かったのは、試験官に統一性がないからだ。装備も戦い方も、あくまでも自分のスタイルを貫いていて、規格というものが感じられない。
試験官としての専門的な教育はされていないのだろう。
「黄金級って?」
これはベルタ。
「冒険者の階級でございます。下から青銅級、白銀級、黄金級とあり、上位になれば税金の一部免除など特典を受けられるほか、信用が高まり町の商店などでも優遇される傾向にあります」
「最強の剣士になるには、まず黄金級を目指す必要がありそうだな!」
ヒューゴはいつも前向きだ。拳を握り、夢に燃えている。
と、雑談をしているうちに希生の順番が回ってきた。試験官を選ぶことはできず、空いたところに順番に入っていくことになる。
「お先に」
「頑張れよ!」
「応援してるわよー」
「お待ちしております」
仲間たちに見送られ、試験の場へと足を踏み入れた。
試験官は30代と見えるやや痩せ気味の男で、ハルバードを手にしている。剣対槍で槍が有利なのは常識だが、別の武器を使ってくれる気はなさそうだ。それも試験なのだろう。
希生は登録窓口で受け取った書類を、まず試験官に手渡した。希生の登録情報の写しだ。
「ふむ、随分とちまいガキが来たと思ったが……特技、剣術だァ? 子供の登録がないわけじゃないが、大抵は早熟な魔術師なんだが」
「魔術は使えません」
アイオーンの魔法はあるが、あまり頼る気はない。彼女の能力ではなく、教わった技術でなるべく戦い抜いていきたいのだ。
試験官は書類を畳んで懐にしまうと、槍で希生の手前の虚空をつつく動作をする。
「まあ軽く見てやるか。ほれ、離れて離れて」
5mほど離れた。
「よし、その辺でいい。あー、一応説明するが、一対一の試合だ。攻撃は互いに寸止めだが、うっかり怪我した場合も医術師が待機してるから心配ない。で、俺に勝つ必要はない、最低限の実力はあると思えば合格だ。いいな?」
「はい、構いません」
「よし。それじゃあ始め」
試験官は両手で保持した槍の穂先を希生に向け――希生が半歩下がって一足一刀の間合から外れ、突きを打たせなかった。
試験官は一歩踏み込もうと足を浮かせかけ――希生が縮地で急速に接近したため出端を挫かれ、足を動かせなかった。
希生がふらふらと左右に移動する不規則なリズムは、試験官がその動きを追って槍を薙ごうとした瞬間に、その反対側へと縮地し、攻撃される前に攻撃を止める動き。
見学中に試験官たちの性格は見切ってある。
心身を見切り、機先を制して、敵の攻撃の機を外し続ける。
相手の機と己の機をひとつに合わせ、支配する。『合機』とでも呼ぼうか。
見切りの感覚を磨けば、敵を知るに限らない、敵を操るに至る。
希生の恐怖が生の安心感を呼ぶ、死の明鏡止水。自然な立ち方もまた心身をリラックスさせ、冷静な観察の助けとなる。
合機にはまだ不慣れだ。練習させてもらう。試験官は、縛られているわけでもないのに動けない。
焦れた試験官の目つきが変わった。槍を握る指の力が一瞬不必要に増大する、身体強化を無詠唱で発動したようだ。
その瞬間、希生はプレッシャーに気圧されたように身を強張らせ、僅かに隙を作った。
作った隙目掛けて奔る槍の突き、その道筋に剣を置いておくだけで、勝手に触れる。横幅のあるハルバードだから、素槍よりなお触れやすい。
触れた瞬間、試験官は槍ごと地面に叩きつけられた。
「ごは……ッ!?」
鞭身は重心から末端へと、運動エネルギーの波を増幅させながら伝わらせる技術だ。
その波を剣の振りに費やせば高速強靭な太刀筋となるが、剣を介して更に相手にまで伝わらせればどうなるか。
相手の体を波が駆け抜け、関節を不随意に振り揺るがし、立ち姿勢を破壊して投げるに至る。
掴みもせず足も払わず、傍目にはただ触れるのみで崩し投げ飛ばす、『合気』。これも練習だ。
そして試験官が起き上がろうと地面に手をつく頃には、既に希生は彼の首筋に剣を突きつけていた。槍の長さ分の距離を殺したのは、もちろん、基本の縮地。
「……えぇ……?」
試験官は茫然の声を漏らした。
希生は剣を引き、納刀、一礼した。
その後たっぷり30秒ほどかけて、試験官はよろめきながら起き上がり、希生の書類を取り出すとサインをした。
「ご、合格だ……。もとの窓口に戻れ」
「ありがとうございました」
受け取る。
強化状態の試験官は、実は二段強化マイニオくらいには強かったが、希生にとっては1日24時間、何をしていても修行である。立ち方を洗練すれば歩き方も洗練し、それは自らのあらゆる挙動を洗練し、そうして人の動きを知ることで見切りをも洗練していく。見切りが機を支配する。
マイニオ戦から数日、以前の強敵を苦もなく倒せる水準に希生は達していた。修行をすればするほど『動き』というものを理解できるので、成長速度は鈍るどころかむしろ加速すらしているのだ。
今回は試験の様子を見学して、事前に見切っておけたのも大きいが……。
仲間たちのもとに帰ると、全員が驚いた顔をしていた。
「お見事でございました。――認められた剣士の力がこれほどとは……」
天上七剣に、をぼかして言うロヴィッサ。
「くうっ! どうやら最強の剣士を目指す最大のライバルはやはりキキ! お前のようだなー! 俺も勝つぞー!」
ヒューゴは上背のある体躯と気合の割に、スタスタと軽快な歩みで試験官に向かっていった。
「何してるのか全然分からなかったわ……。でも魔法の気配はないし……。凄すぎて何が凄いのかも分からないってどういうこと?」
ベルタには半ギレされた。知らんわ。
ともあれ、試験官である黄金級の冒険者に圧勝したのだ。
「これでわたしも黄金級冒険者か」
「え? ああ、いえ、違いますよキキさん」
特典を思うさま享受してやろうと思っていたのだが、何が違うのだろうか。
「冒険者の階級を決めるのは純粋に実績のみでございます。具体的には納税額です」
つまり試験の戦果に関係なく、最初は誰でも青銅級からで固定らしい。
希生は肩を落とした。
「夢がない……」




