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第24話 天上七剣

 ――『天上七剣』。

 およそ230年前から200年前、稀代の鍛冶師にして錬金術師ヒノコ・アダマンティオスによって作られた、特に強力な七振りの魔剣を指す。最終的に七振りまでしか作られなかっただけで、ヒノコがもっと長生きしていれば更に増えていたかもしれないが。

 ヒノコが天啓を受けて作ったとも、異世界の知識によるものとも言われ、その絶大な力はあらゆる武器兵器を凌駕するとされる。


 しかし実在を疑われることもあり、実在したとしてもそこまで強力ではないとする説もある。

 リュオルフ王国(今いるここ)の歴史において、戦争において王が天上七剣の一振りを使う逸話があり、そこでは数万の敵軍をただの一撃にて殲滅している。が、これは周辺国の歴史では、その王の抜群の用兵による戦果であり、天上七剣を使ったというのは箔付けの嘘であるとされている。

 実際にリュオルフ王国はその一振りである『自由の魔剣』リーベルタースを国宝に指定しているが、件の王以来それを使ったとされる人物はなく、実物を公開したこともないため、国民も全てが無邪気に実在を信じているわけではない。


 ほかの六振りにしても、能力や外見、名前さえも不明なものが多くあり、当然のように正確な所在も不明であって、剣と魔法が現役のこの世界においても半ばオカルト扱いされている節がある。

 が、それだけにロマンには溢れていると言え、執心する者は執心するし、偽物も出回り、それが盗難に遭うこともある。


 能力などは多くが不明ではあるものの、判明している共通点として、その全てが『心』を持ち、人語による会話が可能である、というのは定説となっている。

 そのため実際に喋る魔剣を作り上げての天上七剣詐欺もあるという。

 偽物だとしても、それが人を騙せるほどの偽物ならば、レプリカ気分で所有したい者もいる。本当に本物だと思って求める者もいる。本物だと思って挑んでくる者もいる。持っていると言うと、逆に詐欺師扱いされてしまうこともある。

 所有を迂闊に喧伝すれば危険なのだ。


 ――という、この近辺の剣士であれば常識に当たる知識を、希生はロヴィッサ、ヒューゴ、ベルタから教わっていた。

 場所はとある宿屋の一室、ロヴィッサの宿泊している部屋だ。あの後、微妙な雰囲気のまま食事を終え、より詳しい話をするために訪れた。

 部屋自体は一人部屋だが、4人で入っても辛うじて狭いということはなかった。希生とロヴィッサがベッドに並んで腰掛け(ロヴィッサの要望で)、ベルタが部屋にひとつだけある椅子に座り、ヒューゴは立っている。

 部屋は既に、ロヴィッサによる静寂の魔法の影響下にある。


「ですからキキさん、余計なトラブルに巻き込まれないため、天上七剣の所有は秘密にしておいた方がよろしいのでございます。それが本物であれ、偽物であれ、です」


 そっと腰を抱き、耳元でささやくように告げるロヴィッサ。

 希生は彼女の腕を外し、横に半歩分ズレた。


「それは分かった。分かりました、はい。で、それじゃあ、ロヴィッサが天上七剣を持ってるっていうのは……?」


 希生の所有を知ってしまった彼女が、人質代わりに開示した情報だ。


「こちらでございます」


 ロヴィッサはベッドから降りると、その前に屈みこみ(さり気なく希生のスカートの中を覗こうとしたので頬を引っ叩いておいた)、ベッドの下から細長い金庫を引きずり出した。

 それこそ刀剣が入るような形の金庫だ。太い鎖でベッドに繋がっている。

 彼女は鍵を差して捻り、ダイヤルを合わせ、埋め込まれた魔石から放たれる淡い光を目に浴び(網膜照合?)、金庫を開けた。


 案の定、中には剣が一振り。

 取り出して鞘から抜き放つと、それは揺らめく炎のように波打つ剣身を持ったフランベルジュであった。表面にはまるで病人の肌のように大小無数の黒い斑点が滲んでいて、だがそれは付着した汚れではなく、そういう文様なのだと直感的に理解した。

 アイオーンとは全く異なる剣なのに、どこか似た雰囲気を感じるのは気のせいなのであろうか。


「お気付きになりましたか? 希生さん。特有の『雰囲気』がございましょう。わたくしも希生さんがアイオーンさんをご紹介なさったときに、それを初めて実感いたしました。天上七剣の実物を知る者は、実物を嗅ぎ分けることができるようです」

「確かに……」

「俺にも分かる! キキのと全然違う剣なのに、何か同じものを感じる!」

「ということは、これも本物なのね……」


 ヒューゴとベルタにも分かるようだ。

 しかし天上七剣ということは、これにも心があるはずである。だが一向に喋り出す様子はない。そもそもなぜ金庫に封じていたのだろうか?

 視線で促すと、ロヴィッサは目を伏せた。


「この剣は父から託されました。父は祖父から、祖父はたまたま意気投合した旅人から……。しかしその当初から、この剣はずっと『眠った』ままなのでございます。天上七剣の一振りであるというだけで、その名前も知れず、想いも知れず……ただ、剣に相応しい剣士が手にすれば目覚めるはずだと」


 祖父に託した旅人がそう告げたのだろうか。自分では無理だったから、剣を目覚めさせることを期待して託したのだろうか。


「そのためにわたくしは、剣術を鍛え、精神を高みに至らせるために信仰の道にも進み、司祭の位までを得ました。更なる強さを求め、この町で冒険者としても活動しております。しかし剣が応えてくれることはなく……。盗難防止と称して金庫に隠すのも、この剣の存在が重過ぎて直視できない、したくない、わたくしの弱さが真実なのかもしれません」


 ロヴィッサは穏やかに笑んではいなかった。悲しみに沈んでいた。

 女好きの変人という彼女のキャラクターは、この悲しみを自分から覆い隠すための擬態なのだろうか。


「仲間にしてくださるように申し上げたのも、同じことでございます。アイオーンさんに認められた希生さんと共にいれば、わたくしも何かきっかけを掴めるのではないかと……アイオーンさんから、せめてこの剣の名を教えていただけるのではないかと。自分が得することばかりを考えての、浅ましいお願いでした。申し訳ないことでございます」


 弱々しく俯くロヴィッサ。

 父祖から受け継いだ剣を自分が目覚めさせねばならないと、強く気負ってきたのだろう。


「それはそれとして、希生さんベルタさんと寝食はもちろんお風呂やおトイレまでご一緒したい気持ちに、嘘偽りはございませんが!」


 そこは嘘であってほしかった。

 希生は溜息をつき、アイオーンに話しかけた。


「イオ。分かる?」

「アイオーンが作られた時点で既存の剣はもう全部出払ってたんですけど、その後持ち主を転々とする中で会ったり別れたりもあったですし、この子なら分かるですねー」

「本当でございますか!」


 ロヴィッサが身を乗り出してくる。

 ヒューゴとベルタもだ。伝説の剣の名が明らかになるシーンだ、身も入ろう。


「して、この剣の名は?」

「うん。『殺戮の魔剣』イザナミですようー」


 殺戮の魔剣。

 殺戮の魔剣かあー……。て言うかやっぱりこの世界、日本人来てるのでは……?

 部屋に重苦しい雰囲気が満ちた。伝説の魔剣の華々しく輝かしい名が開示されるのかと思いきや、殺戮と来たのでは仕方ない。


「強そうだな!」


 しかし、ヒューゴはやはり前向きだった。

 彼の明るい言葉に、雰囲気もやや持ち直す。


「ええ! 絶対強いわよ!」

「そ、そうでございますね。その強さを引き出せるように……引き出してよいものやら分かりませんが、わたくし、頑張りたいと存じます! よろしくお願い申し上げますね、イザナミさん」


 ロヴィッサは指を切らないよう注意しながら、イザナミをそっと撫でた。


「ではアイオーンさん。欲張りなようですが……イザナミさんが眠っていらっしゃる原因に、お心当たりはございましょうか?」

「うーん、イザナミはあんまり動きたがらない子ですからねー。好みの持ち主が現れるまで寝てるってゆーのは、確かにってところなんですよう」

「どういうのが好みなの?」


 アイオーンの好みは『最強の剣士になれる器』だ。特異な死の明鏡止水の境地に至っていること、アイオーンが教える以外の技術を習得していないことで、希生は選ばれている。

 戦闘に好感を抱いていることと、恋人のように接すれば操縦しやすいことも含まれていそうだが。別に構わない、ウィンウィンだ。

 ともあれ、ほかの天上七剣の好みや性格も気になると言えば気になる。純粋に好奇心で。


「一途な人、ですかねー。狂おしいほどひとつの対象しか見ないような人が、好みだったと思うんですよう」

「そんな……! わたくしはこんなにもイザナミさんを一途に思って、覚醒を待ち続けておりますのに……!」


 よよよ、と泣き崩れるごっこをするロヴィッサを、3人は冷めた目で見た。


「女好きで誰彼構わず粉をかけようとするのは、全く一途ではないと思うぞ!」

「あたしにも声かけるけど、確実にキキの方が好きだって分かるの、地味に傷付くんだけど」

「信仰も剣術も、精神の気高さに全然影響してないよね……」


 ロヴィッサは開き直ってむしろどや顔をすると、イザナミを鞘へ戻した。更に金庫に戻そうとして――考え直して、空間の穴を開けて従属異界に仕舞いこんだ。彼女も従属異界を使えたのか。

 しかし腰に下げたりはしない辺り、普段から使う気にはならないのだろう。

 殺戮の魔剣だからね。仕方ない。


「アイオーンさん、キキさん、お聞かせいただき、ありがとうございました。――と、これがわたくしの秘密でございます。こうして秘密を共有することになったのも何かの縁。よろしければ、わたくしも仲間に入れてくださいませ」


 希生に、アイオーンに、ベルタに、ヒューゴに、剣を含めてひとりひとりに丁寧に頭を下げたロヴィッサは、あとは判断を待つように穏やかに笑んだ。

 そしてベッドに腰掛ける希生の隣、すぐ密着する位置に座った。

 半歩分離れた。


 さて、希生としては迷うところだ。同じ天上七剣の所有者として仲良くなれるかもしれないが、まず仲良くなることに意味があるのだろうか、と考える辺りが希生の人付き合いが苦手だという所以である。

 ヒューゴに関しては未熟なりに縮地を使えることから、対等な仲間になれることを期待している。ベルタは、言っては悪いがそのオマケだ。ではロヴィッサの場合はどうか。

 イザナミが覚醒すれば、それは希生の魂の定着に力を喰われているアイオーンと違い、最初から100%の性能を発揮するはずだ。となると、逆に希生の方が足手纏いになってしまうだろう。それは悲しい。


 逆を言えば、覚醒するまでは――どうなのだろうか。

 ロヴィッサの立ち方は、思えばなかなか綺麗であった。尾というバランサーがあるせいだろうか、縮地とまでは行かなくても、動きの滑らかさには期待できそうだ。

 イヌ科とは言え、獣人であれば身体能力も高いだろう。それに静寂の魔法を使っている通り、魔術の心得もあるようだ。

 戦力的には仲間になれるのではないか?


「わたしは……まあ、いいんじゃないかと思うよ」


 だから希生はそう言った。

 ロヴィッサの尻尾が左右に大きく振られた。


「キキがそう言うなら俺も構わない! が、何ができるかは教えてくれ!」

「それもそうでございますね。わたくしとしたことが……」


 ロヴィッサ本人もその点に気付いていなかったらしい。

 気が逸っていたのだろう。


「剣と盾による白兵戦、風の魔術、それから医術を扱うことができます」


 大地母神の司祭なのに、土ではなく風なのか……。

 それはそれとして、もうひとつ気になるのが医術だ。


「医術」

「はい。医療魔術とも呼ばれますね。単純に傷の自然回復を促進するような魔法であれば使える方は少なくありませんが、専門的に纏まった技術を習得した人材はお買い得であると存じますよ」


 解説し、にこりと笑う。

 冒険者として戦闘を繰り返す日々を送ることになるのだから、なるほど、回復は重要だ。アイオーンも回復魔法は使えるが、使用可能な人数が増えて悪いことはないだろう。


「医術ねー。流石はアギア司祭ってところかしら」

「うむ! ロヴィッサが仲間になってくれれば心強いな! 仲間になったなら敬語は要らんぞ!」


 ヒューゴとベルタは嬉しそうだ。実際にその辺りをどうするかは不安に思っていたのだろう。アイオーンが回復できることはまだ伝えていなかったし。


「敬語は――これが地と思って、ご容赦くださいませ。こうして一歩引いた態度を取っていませんと、今すぐにでもキキさんベルタさんに襲い掛かる獣になってしまいそうで……! フフ、フフフフ……!」


 やっぱこいつヤベー奴だわ。

 3人はドン引きした。


「しかし、まあ、いい感じに仲間が揃ったな! さて、この宿も悪くないが、4人になったら相応しい拠点も必要だし、俺たちの冒険者登録もしなくては! まだまだ今日は終わらんぞ!」


 ヒューゴが無難に締めてくれた。

 前向きで助かる。

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