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第23話 わたくしを仲間にしてくださいませ

 ふたりで食事をする際には、対面に座るよりも横や斜めがいい。その方が物理的な距離が近く、ひいては心理的な距離も近くなるからだ。これは3人以上でも応用できる。

 そういうわけで、食堂の丸テーブルを囲む4人の席順は、ロヴィッサを起点にして反時計回りに、希生、ヒューゴ、ベルタとなった。


 ベルタとヒューゴを盾にして対面に座るつもりだったが、と言うか最初は実際にそうしたのだが、穏やかに笑みながらも熱い視線を真正面から向けられ、これもこれで嫌なので降参して席を移動した経緯がある。

 ベルタもその様子を見て、対面に逃げることは諦めたようだ。結果的にロヴィッサの思惑通り、女子ふたりが彼女の隣である。

 ちなみに椅子に背凭れはなかった。ヒューゴのように武器を背負っている者もいるためだろう。


 食堂のテーブルにはメニュー表があり、待っていれば勝手に水も運ばれてきた。


「このお水は無料でございますよ」


 現代的なサービスだ。この水は、ということは、お代わりまで無料ではなさそうだが。

 ガラスのコップに氷は浮いていないが、触るとひやりと冷たい。


「なるほど! これが都会!」

「料理もいろいろあるのね……。迷っちゃうわ」


 彼らがもともといたという林業の町イシェイヤーは田舎町だったらしい。

 この世界に来てから小さな村にしか寄っていなかった希生にとっては、尚更都会だ。とは言え日本での経験があるから、ヒューゴとベルタほどに全てが物珍しいわけではないが。


 メニュー表は薄くはない。

 ステーキやハンバーグなど肉料理があるかと思えば、フライやムニエルなど魚料理があり、いろいろとソースを選べるスパゲティなどもある。それなりに多彩だ。雑多と言ってもいい。

 希生は久々に米を食べようと、ドリアを注文した。いわゆる白飯はなかった。


 料理を待つ間、ロヴィッサがやたらと話しかけてくる。


「キキさんはドリアがお好きですか? そう思うと、わたくしもドリアを食べたくなってしまいますね。しかし違うものを選んだからこそ一口交換なども可能でございまして、いえ、はしたないでしょうか? フフフ」


 グイグイ来る。

 ちなみに各人の名前は店に入る前に伝えてある。


「交換と言えば情報交換は冒険者の基本と言われておりますね。皆さま出会ったばかりということでしたら、ここで改めて冒険者への夢や希望を語ってみるのもよろしゅうございましょう。親睦! 親睦!」


 ちょっと和らいだ。

 そして真っ先にヒューゴが答える。女子狙いのロヴィッサからは恐らく求められていないのだが、彼が最も猪突猛進なのでこうなるのだ。


「うむ! 何度でも言うが、俺は最強の剣士になる! そのために冒険者になりに来た! 兵士になる手もあったが、あれはなんか違う気がしてなー! 大規模な部隊の駒になるんじゃなく、個人の武勇で俺は最強になりたいんだ!」


 ぐっと拳を握り吼える。暑苦しい。

 ベルタはそれに呆れたように肩を竦めていた。


「ってこんなこと言ってるけど、流石にひとりじゃ心配でしょ? だからあたしがついてきたってわけ。幸い魔術の才はあったしね。こいつが納得するまで付き合って、無事故郷に帰すのがあたしの目標ってところ」

「夢を追う少年に、少年を憎からず思い傍で支える少女。青春でございますねえ」

「憎からずって……別にそんなんじゃないし……」


 そっと頬を染め目を逸らすその様子は、どう見ても『そんなん』だが。

 ヒューゴはと見れば、そんな彼女の淡い想いを特に気にした様子がない。ただの鈍感なのか? それとも本気で興味がないのかもしれない。

 もちろん幼馴染として、仲間としての友情は感じているのだろうが。


「こいつは昔からこうでなー! いつも俺を助けてくれる! いい奴だ!」


 と嬉しそうにはしているし。


「キキさんはいかがですか? おふたりと市門の外で出会ったということは、それまではお一人旅だったご様子ですが」


 水を向けられた。

 これまで通り、異世界云々は面倒くさいので、記憶喪失ということにして返答する。


「生まれも育ちも分からない記憶喪失なもので。頼りになるのは剣一本のみだし、戦うのは楽しいからね、じゃあ強くなろうと」

「最強の剣士を目指す同志だー!」

「というわけ」


 ロヴィッサは驚いた顔をしていた。


「まあ、記憶喪失ですか。それはさぞやご苦労されたでしょうし、寂しかったことでございましょう。決めました! これからはわたくしをママと思って甘えても構いません!」

「こんな若いママを持った覚えはねえよ!? 年齢的には姉がせいぜいだろ!」

「ではお姉ちゃんと」

「呼ばねえよ!」

「お姉ちゃん……。よい響きでございますね」

「あれ!? 呼んでないよね!?」


 疲れる。

 アイオーンとの気ままなひとりと一振り旅だったはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。

 希生は頭を抱えた。


 そうだ、アイオーンも紹介しておくか。

 別にヒューゴとベルタにだけ紹介すれば充分で、パーティーではないロヴィッサは余分なのだが、思い立ったが吉日だ。

 疲れたからアイオーンの話をして落ち着きたい気持ちもある。


「そうそう、別に隠してたわけじゃないんだけどさ。実は旅の道連れがいて」

「えっ? キキ、一人旅じゃなかったの?」


 アイオーンを帯から外し、テーブルに乗せてみせた。

 声に合わせて揺れる刃文が見えるように、ほんの少しだけ刀身を鞘から引き抜く。


「人はひとりだけどね。まあ拾ったと言うか……。イオ」

「稀代の鍛冶師にして錬金術師ヒノコ・アダマンティオスが作り上げた『天上七剣』の一振り、『永劫の魔剣』アイオーンですようー。よろしくね」


「なっ!」

「ええー……?」

「これはなんと」


 思いのほか静かに驚かれた。

 大声を上げて食堂じゅうに注目されることはなかったか、と遅れて思う。客たちのざわめきが多い店内では、このテーブル以外に声が届いた者もいない雰囲気だ。

 ふと全員が身を乗り出し、早く隠せとジェスチャーしてきた。


「仕舞え!」

「誰も聞いては……いないわね!?」

「まさか、でございますね……」


 あのヒューゴさえも声を潜めていた。小声で叫ぶ、という口調ではあったが。

 希生は気圧されたわけでもないが、どうやらヤバいらしいと察し、アイオーンを腰に戻した。


「本物なのか? だとしたらなぜこんな無防備に!」

「なに? なにがヤバいの? あ、盗まれる?」


 価値ある伝説の魔剣だった場合、聞けば盗もうと思う者はいるだろう。

 実際にはアイオーンを持てるのは契約した希生だけなのだが。

 しかし殺して奪う、という選択肢を採られることもあり得るか。そう簡単に殺されるつもりもないが、迂闊ではあったかもしれない。

 と言うか間違いなく迂闊にもほどがある。


 アイオーンの存在が自分にとっては最早当たり前に過ぎて、感覚が麻痺していたか。

 そもそも、そこまで重い魔剣だとも知らなかった。アンヌも引っかからなかったし。

 ヤメ村でもアイオーンの過去が一度気になったことはあるのだが、直後にアンヌ母が呪いに倒れ、その辺りを聞きそびれていたことを思い出す。


 アイオーンも空気を読んで喋らずにいてくれれば良かったものを、と思うが、彼女は希生の空気を読んで喋ったのだ。道具は持ち主の意向に沿う。

 責任は希生のものだ。


 場に気まずい沈黙が訪れた。

 しばし、そして破ったのはロヴィッサだ。


「キキさん、ベルタさん、ヒューゴさん」

「はい」

「ええ」

「うむ!」


「わたくしを仲間にしてくださいませ」


 いきなり何を言い出すのか。

 3人は無言で続きを促した。


「わたくしはキキさんの秘密を知ってしまいました。秘密を知る者は、なるべく傍に置くべきでございます。秘密を漏らさぬよう監視し、もし裏切れば即処断するために」

「まあ……一理あるけど」


「そして口止め料を払うのも有効でございます。冒険者の固定パーティーなら寝食を共にして当然! キキさんベルタさんとのわくわく同居生活をわたくしに!」

「一理――いやあるにはあるけど!」


 改めて、とんでもない奴に捕まってしまった。

 希生は迷った。

 パーティーのリーダーはヒューゴであると認識している。彼の夢にベルタがついてきて、そこに希生が加わった形だからだ。ヒューゴを見ると、腕を組み、沈思黙考していた。

 猪突猛進の彼が悩んでいる。


 当然だろう。

 ロヴィッサの言うことには一理あるが、それは彼女自身が希生の懐に潜り込み魔剣を盗むためではない、とは言い切れないからだ。

 希生はそう思っていないが。


「もちろん、警戒をするなと言う方が無理でございましょう。そこでわたくしも、皆さんにひとつの秘密をお教えします。これをわたくしを縛める首輪としてくださいませ」


 人質交換のようなものか。

 だが、そこにベルタが待ったをかけた。


「そもそも本当に本物なの? キキを疑うわけじゃないけど……声そっくりだったし……。実は腹話術とかだったりしない?」


 そういえば、剣のアイオーンと化身体のアイオーンは声が同じなのだ。自分が化身体を得た今は違って聞こえるから、すっかり忘れていた。

 これは同時に喋ってみせれば証拠になるだろうが、まず証拠を示す必要があるだろうか? 今からでも、実は腹話術でした、と誤魔化した方がいいのではないか。

 運良く周囲の誰にも聞かれていない様子ではあるが、視界外は見切りの精度が落ちるため、絶対とは言えないからだ。


 迷った希生が曖昧に笑っていると、ヒューゴが口を開いた。


「仲間は信じるものだ! だからキキは本当のことを言っていると思うし、俺たちが盗むこともない! 証拠は出せないが!」


 そりゃ犯意のない証拠は出せない。悪魔の証明だ。

 と言うか、そうか、ヒューゴは、自分たちも警戒されていると考えたのか。思えばロヴィッサだけではない、ヒューゴもベルタも、今日出会ったばかりである。

 だが希生には見切りの感覚があった。表情、声音、目線の動き、細かい所作、仕草。ほんの少しでも犯意があれば、それがアイオーンへの攻撃線となって希生には見える。

 ヒューゴにもベルタにも、そういったものは見えなかった。ロヴィッサにもだ。


 ベルタはきらきらした目でヒューゴを見ていたが、希生の視線に気付くと、かぶりを振って誤魔化した。


「分かるよ。この3人、誰も盗もうとはしていない」

「キキさんには確信があるご様子。しかしだとしても、あとから心変わりすることもございましょう。やはりわたくしも秘密をお教えいたします。静寂の魔法を使っても?」


 それで気が済むなら、そうすればいい。

 頷いておく。


「囲う大気よ、怯えて縮こまれ」


 ロヴィッサが呪文を紡ぐと、まるで世界から切り離されたかのように、途端に周囲の音が聞こえなくなった。同様に、周囲にもこちらの音は聞こえないのだろう。

 耳鳴りがするような静寂だ。


「本当にいいの? ロヴィッサさん。あたしたちは差し出せるような秘密ないわよ」

「ベルタがついこの間までおねしょしていたこととか!」

「ついこの間じゃないわよ! もう何年も経ってるじゃない!」


 ふたりは10代後半と見える。

 それで何年かしか経っていないのは、充分ヤバいのでは……?

 ベルタは真っ赤な顔を両手で隠しながら、「ヒューゴが小さい胸が好きなの言い触らしてやる……」と呪詛を吐いていた。聞こえているだろうに、本人は平気そうだが。

 ちなみにベルタは控えめで、ロヴィッサはそこそこある。


「それでは……」


 ロヴィッサが咳払いをする。

 変わらず穏やかに笑んで、そして言った。


「わたくしも『天上七剣』の一振りを所有しております」


 あんたも持ってるのかよ。

 実は結構身近な品なの?

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