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第15話 希生

 もともとヤメ村を遠目から見れば、煙くらいはそれは立ち上っている。

 炊事や鍛冶など、火を使う仕事はいくらでもあるからだ。

 だが違う。煙突から煙が出ているのではなく、赤々と揺らめく炎まで見えるのだ。

 村が燃えている。


 希生は走るスピードを上げなかった――そもそも普通に出せる限りの全速は最初から出している。病人のために薬草を持ち帰るところなのだから当然だ。それ以上を出せば、辿り着いても疲れて役に立たない。

 火災を前に剣士の希生にできることなどあるまいが、アイオーンの魔法に役立つものはあるかもしれないし、どうしても気は逸る。


 村に近付くにつれ、様子ももう少し詳しく分かってくる。

 炎は村全体に燃え広がってはおらず、いくつかの家屋が焼けているようだ。しかしそれらの間には、燃え移ったとは思えないほど距離の開いた家屋もあった。

 同時多発的に複数箇所で失火した? もしくは――放火。ゴブリンめ、あれだけ間引いてやったのに、もう体勢を整えて、呪いを差し向けるばかりか直接乗り込んで逆襲に来たのか。


 門衛のいない南門を抜けて村に戻る。

 村内。いくつかの家屋に、焼け落ちたのではない強引な破壊の痕跡が多くあり、怪我人が何人も倒れ呻いて、介抱する人員が足りていない様子だった。怪我は火傷のほかに刃傷が多く見られる。明らかにもう息をしていない者もあった。生首を踏まないように気を付けた。

 火災の熱気が風に乗って吹き付けてくる。火を消し止めるのは既に諦められていて、風下側の家屋を破壊して片付けて延焼を防ぎ、あとは燃え尽きて自然に鎮火するのを待っている雰囲気がある。

 血生臭いし、焦げ臭い。


 敵の姿はない。

 怪我人が燃えていない家屋へと収容されていくのを後目に村を駆け抜け、まずはアンヌ宅へと向かう。アンヌ母のために薬草を採ってきたのだ。その辺の村人を捕まえて事情を聞くより、まず彼女の安否を確かめねばならない。


 アンヌ宅は幸い火災に見舞われていなかったが、玄関扉が強引に破られていた。

 入る。乱闘があったかのように部屋は荒れていた。テーブルの脚がへし折れて倒れている。

 アンヌ父、ディックが壁を背にして、赤い血溜りの上に座り込んでいた。腿に深い刺し傷が窺える。今も血が溢れてきている。立てるまい。

 彼はダメージからか焦点の微妙に合っていない目で希生を見上げ、掠れた声を上げた。


「おお……キキさん……」

「ただいま戻りました。薬草は無事採取できましたが、何があったんですか」


(イオ。回復魔法)

(おっけーですよう。ちょいちょいっと)


 ディックの腿の傷に触れ、その手を介してアイオーンが回復魔法を行使する。

 一時的に痛みが増したか、ディックは呻いたが、暴れたりはしなかった。泡立つような音がして、流血が収まっていき、傷口がゆっくりと閉じ癒着していった。

 呼吸も少し楽になったように見える。


「盗賊団が……突然山から……。奴ら、人も物も手当たり次第に……アンヌが……」


 また攫われたのかよ。

 ゴブリンに続いて、この短期間に二度目だぞ。

 しかし盗賊団――ということは、敵は人間なのか。

 人間。


「お母さんは?」

「奥だ。呪医も……。薬草を頼む」

「はい」


 アンヌ母は無事だったようだ。こんな状況だが、薬草が無駄にならなくて良かった。

 寝室に入ると、会話が聞こえていたのか、呪医は「おかえり」と言って手を差し出してきた。従属異界から薬草を取り出し、乗せる。


「確かに。では処置を開始するが……。怪我人も治療しなきゃいかん。傷薬はあるが、手が足りるかどうか……」


 呪医は台所に立ち、湯を沸かし始めた。薬草を煎じたりするのだろう。

 そちらはもう任せて、希生はディックに再び話を聞く。


「盗賊団はどんな奴らで、どこに行きましたか」

「数は……10人以上はいたな。我々戦士衆と互角くらいの強さだと思ったが……ひとり、魔術師がいた。火事はそいつだ」

「魔術師」


 火炎を扱うのか。

 直接攻撃的な魔術師は、この世界に来てから初めてだ。

 剣士として戦えるだろうか? アイオーンの魔法の助けが必要だろうか。


「奴らは……山から来て、また山へ……」


 山には山小屋がある。そこを拠点としているのだろうか。

 追ってくる余裕をなくすためか、村に火までつけて。

 山から来たということは、山を越えて北から来たのだろう。そのまま村を通って南下してくれれば、すぐに遭遇できていたものを。

 ここから先に拠点とできる場所がないことを危惧して、いったん山小屋に戻ったのか。

 それとも山小屋に住み着いて、これからもヤメ村を襲うつもりなのか。


「キキさん、まさか……」


 盗賊団がどんな人員で、どこへ行ったのか、それを聞くということは、つまり。

 ディックは察したのだろう。


「斃しに行きます。奪われた人やものを取り返さないと」


 希生がそのつもりだということを。

 もちろん危険な行為だ。だが希生ならば、という期待がディックにはあるのだろう。止めるようなことは言わなかった。


「アンヌ……どうかアンヌを……」

「はい。外でもう少し話を聞いてきます」


 言って、アンヌ宅を辞する。

 とりあえず集会所に行ってみたところ、戦士長がそこにいた。

 戦士衆ともども重傷を負い、野戦病院のような状況だった。

 それでも戦士長は敷き布に寝かされることもなく、椅子に座って指示を出していた。


「嬢ちゃんか」

「薬草採りからさっき戻りました。盗賊団が来たそうで」


 話を聞いたところ、ディックから聞いたこととそう変わりはなかった。

 奴らは突然攻めてきて、人を斬り、火をつけ、人もものも奪っていったという。

 特に村長の家は重点的に襲撃され、村長は死亡。万一のためにと村で蓄えていた金銭も根こそぎ強奪された。

 人もアンヌのほかふたりの女が攫われたそうだ。


「奪還作戦は」

「……ない。戦える奴がろくに残っちゃいねえ……」

「わたしが」

「いくら何でも無理だ。魔術師がいるんだぞ! 嬢ちゃんみたいな、魔剣にものを仕舞えるだけじゃねえ、本物だ!」


 従属極小異界だけではないのだが、実際、アイオーンにはどれほどのことができるのだろうか。


(今の余剰魔力で、それ以外だと……結界、身体強化、回復や解毒、点火くらいですねー。結界はホブゴブリンの一撃を防げない程度。強化も『女の子』が『成人男性』になるくらいで、どっちも数分が限度ですう)


 使えねえな!


 もし敵が山小屋にいるのなら、こちらから火をつけてやるのも手かもしれない。

 が、敵に火炎系の魔術師がいるなら、炎を逆に利用されることも考えられる。そうでなくとも、単純に効かないという可能性もある。この世界の魔法はまだ分からない。

 その辺りを戦士長に聞いてみると、魔術師は頭目ひとりでそれ以外は常人らしかったが、頭目自らつけた炎を誰も恐れる様子はなく、偶然風で火に巻かれても何ともなかったという。

 ダメだ。


「つまり、普通に剣で斃すしかないと」

「それこそ無理だ! 悪いことは言わねえ、嬢ちゃん、旅に出ちまえ。お前は村民じゃないんだ。また襲ってくる前に……俺らに縋られる前に……!」


 血走った目、必死の形相。

 戦士長は希生を心配してくれていた。気遣ってくれていた。

 戦士衆が半壊状態となった今、戦えるのは希生だけだと言うのに。

 集会所にいるほかの戦士たち、村民たちは、黙ってそれを聞いていた。戦士長の言うことに不満を持っているような顔もあったし、無言で頷いている者もあった。


「それでも戦うって言うなら、いいだろう、俺らも行く。鍬だって鋤だって武器になる。生き残った全員で乗り込んでやれば、奴らだって一溜まりもねえだろう」


 村は奇襲を受けた。逆に今度は村が盗賊団を奇襲すると言うのか。

 こちらから敵地に乗り込むなら、家屋を焼かれることもない。

 効果はあるのかもしれない。

 だが死者は大勢出るだろう。下手をすれば全滅するし、勝ったとして、その後村を立て直せるのだろうか。緩やかに滅びるだけではないのか。


 希生は目を閉じ、黙考した。

 やがて目を開けた。


「分かりました。もともとこの村には、少しの間だけ滞在するつもりでした。ちょうどいい機会だと思うことにします」

「ああ、そうしとけ。達者でな」

「はい。お世話になりました。お達者で」


 自分から言い出したことながら、落胆や失望はあるのだろう。戦士長は肩を落としていた。

 希生は席を立ち、そんな彼らに一礼して、集会所を出た。


 ハリーがいた。アンヌと仲のいい、隣の家の少年。

 睨みつけられる。


「出ていくって本当なのかよ」

「そういうことになった」


 手伝いにでも来たのか、ちょうど中の声が聞こえたのだろう。

 希生は何の気負いもなく答えた。


「アンヌが……アンヌは攫われたんだぞ。ゴブリンにじゃねえ、人間にだ! 今頃……今頃……!」

「かもしれないね。カワイソーだと思う。でもわたしは、結局はたまたま村にいただけの旅人だからさ。村のことは村で解決してもらったらいいと思うよ」

「人の心はないのかよッ! あいつはテメーに憧れて……!」


 激昂するハリー。

 苦しいのだろう。ツラいのだろう。

 彼に力があれば、今すぐにでも、たとえひとりでも戦いに行っていたはずだ。

 現実にはそれができないことを、彼はよく分かっている。

 その現実に打ちのめされて、涙を流している。


「頼む……。ホブゴブリンにだって楽勝なんだろ……? 頼むよ。俺にできることなら何だってするから……!」


 縋りついてきた。

 服に皺ができる。

 あまりいい気分ではないな、と希生は思った。

 鬱陶しい。


「本当に何でもする?」

「ああ」

「じゃあ、秘密にして」


 耳元に顔を寄せた。


 ――ひとりで戦いに行く。


 ハリーは耳を疑うように固まった。


「一緒に戦うっつって、ついて来られちゃ邪魔なんだよ。お前ら全員邪魔」

「何だ……何言って……?」


 そうだ。邪魔だ。

 他人を気遣いながら戦いたくない。

 本気を出したい。本気をぶつけ合いたい。

 負けて死ぬかもしれない。恐怖が欲しい。


「だから黙ってて。ついて来たりしないで、誰もついて来させないで。それが条件」


 ハリーは半ば放心しながら、こくこくと頷いた。

 内緒話のために顔を寄せていたから、彼の額がこちらに当たる。

 鬱陶しい。


「じゃ、そういうことで……」


 その場から立ち去る。

 アンヌの両親にも挨拶をしておいた方がいいだろうか。ディックには盗賊団を斃しに行くと言ってしまってある。その後戦士長に言われて心変わりした、出ていく、と。

 面倒くさい。が、やらないのも不義理か。


(わたしの思考弄ってないよね?)

(肉体を操作して『補助輪』はつけてるですけど、夢を共有して思った通りの夢を見せたりはしてるですけど、それだけはやってないんですよう)

(分かってる、ごめん。確かめたかっただけ)


 ゴブリンに担がれていたアンヌを助けたのは、これから彼女が殺されると思うと、一度死んだ身として放っておけなかったからだ。自分の中の死の恐怖と彼女の死とを同一視してしまった、錯覚だ。

 戦士衆を手伝ってゴブリンの間引きを行ったのは、仕事を間近で見学させてもらう対価だ。明らかに吊り合っていない戦果の重さは、結局は自分がそれをやりたかったからだ。やってみたらつまらなかっただけで、ゴブリンと戦いたいのは本音だった。

 アンヌ母のために薬草を採りに行ったのは、滞在させてもらい世話になった恩返しだ。村のために決死の戦いに挑まねばならないほどの恩ではないし、そんなものがあったとしても、既にゴブリンを相手にすることで返している。


 ほかのどんな理由でもない。村は関係ない。

 武藤希生が、盗賊団と戦いたいのだ。

 死の恐怖で生を安心したい。生きていると実感したい。

 本気を出したい。ただ生きているだけでは、生きているとは言えない。

 希生の希う生とは、心臓が動いて呼吸をしていることではない。本気で剣を振るうこと、本気で剣を交わすことなのだ。

 それを、自覚した。


(希生)


 アイオーンが呼びかけてきた。

 念話回線とは心の一部の共有だ。キキというただの音でなく、名に込められた意味を意識してくれているのだと感じる。感じられる。


(イオ)

(行くんです?)


 にんまりと笑う気配が伝わってくる。

 誰にも見られないように手で顔を隠しながら、だから、アイオーンにだけ伝わる笑みを返した。


 ディックにも挨拶に行ったが、引き止められはしなかった。

 希生は、村を出た。

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