第13話 なんか恋する乙女みたいな顔してる……
間引き作戦からまた数日。
アンヌ宅に厄介になる期間として、とりあえず考えていた1週間、それはもう過ぎていたが、相変わらず希生はそこにいた。
自分の戦いの結果をその目で確認するべきだ、と戦士長が偉そうに言ったからだ。
実力で勝る相手に、しかし立場としては上に立てるのが楽しいのだろう。
そういうわけで希生は毎日のように村周辺の警邏に同行し、ゴブリンがまるで出没しないことを確かめていた。一度山にも入ってみたが、やはりこちらもゴブリンはいない。
死体処理は野生動物と自然任せであるため、未だに処理されきらない死体による腐敗臭こそあったものの、何とも平和なものだった。
たった1日で大量に殺戮されたことで、ゴブリンも警戒し、フィーユ山脈の中でもヤメ村に近い山域には近付くことをやめたらしい。
本気を出すことのできない、つまらない戦いだったが、それでこの村はしばらくゴブリンの脅威から解放されるのだ。まあ良しとしよう、と希生は思った。
もちろん報酬も受け取っている。斃したホブゴブリンの魔石はそのまま希生のものだし、希生自身も望んだだけ村の作物やその他食料を分けてもらえることになっている。
従属極小異界があるため、持ち運びには困らない。
極小とは言うが、希生たちが生きている『この世界』に比べて極小なのであって、家くらいの容量はあるし、余剰魔力に余裕ができれば更に広がるらしい。
そんなに作物をもらっても消費しきれないため、そこそこで済ませるつもりだが。
一応、アンヌ宅への宿泊費として、もらった作物の一部を流してはいる。娘の恩人だからと最初は受け取ろうとしなかったが、そこは納得してもらった。
手持ちの作物が多ければ、たまに村を行商人が訪れた際、作物を売って外貨を得ることができる。都会の贅沢品や嗜好品なども買えるのだ。
次に行商人が来るまでには、まだしばらくかかりそうだが。
いっそその時までヤメ村にいて、行商人の馬車に相乗りさせてもらう形で村を出ようか。
都会に行きたいとは思えど、よく考えてみれば、周辺にどんな町があるのか、いや、どの方角に行けば町に辿り着くのかさえ希生は知らなかった。あとで聞いてみなくては。
「キキさんはさー、いつまでいてくれるの?」
昼、アンヌ宅。
そんなことを考えていると、アンヌがタイムリーな問いを発してきた。
「そんな、ずっといてほしいみたいな言い方して……」
「ずっといてほしいもん! でもほら、記憶だって探さなきゃいけないだろうし……」
そういえば記憶喪失という設定だった。
記憶を失ったとは言ったし、旅の剣士とも名乗るが、失った記憶を探して旅する剣士とまでは言っていないのだが。
アンヌの頭の中ではそういうストーリーが出来上がっているらしい。別におかしな話でもない、大抵はそう思うものだろう。
「まあ、遅くても次に行商人が来るまでかな。馬車持ってるだろうし、乗せてもらおうかなと」
「そっかー……」
寂しそうに言うアンヌ。
結局、彼女の前では一度も戦いは見せていない。訓練についてくることもあったが、そこで誰も希生の相手をしてはくれなかった。仕方あるまい。
戦士衆のひとりである父ディックから希生の戦いぶりを聞いて、物語の英雄に憧れるかのように想像を膨らませてるらしい。
隣の家のハリーにも、その凄さを分かってほしいという思いからか希生の話をするそうで、最近は煙たがられているようだ。
可哀想なハリーくん。希生は他人事のように思った。
「アンヌはさ」
「うん?」
「ハリーと結婚するの?」
思ったついでにつついてみた。
「ちょっ! えー!? 何いきなり、キキさん、もう……!」
アンヌは頬を染めてあたふたした挙句、目を逸らして小さな声で言う。
「する……かもしれないけど……分かんないよ。ハリーってほら、まだ子供なところあるし」
ひとのことを言えるのだろうか?
ちなみに希生はあまり言えない。
実年齢だけで言えば大人だが、何かに情熱を燃やしたことのない、必死になって取り組んだことのない人間だ。人生経験に欠ける。胸を張って大人だとは言いがたい。
「ふうん……でも、キキさんもそういうのに興味持つんだ。剣振ることしか頭にないのかと思ってた」
「ん?」
そういうつもりはなかったのだが。
単にハリーくんがどれくらい可哀想なのか計りたかっただけで。
アンヌから意識はされているようで、言うほど可哀想でもないのだな、と思っていたところだ。
それが恋バナをしたいのだと勘違いされたような気がする。アンヌは一転、にんまりと笑っていた。
「ね、キキさんはその辺どうなの? 戦士衆と毎日一緒にいるんだもん、この人いい感じかも~っていうのいたりするの?」
「いや全然。わたしの方が強いし」
「あはは! そうだよね、男は頼り甲斐がなくっちゃ!」
いや、男に興味ないし。
アイオーンの化身体を得て、体に引っ張られて嗜好が女になる、といったこともなく、変わらず女が好きなままである。
いや、アイオーンは夢でとは言え、自分と同じ姿の希生に迫ってきた。もともと女が好きな女なのだろうか。それともこれはナルシシストと言うべきか。
あれは単に、希生の中で自分の価値を高める策だったとも思えるが。見事に価値は高まった。
道具だから売り物になるのは当然だと言っていた。初めてだとも言っていたが、本当にそうなのだろうか。
これまでにも彼女の持ち主はいたはずで、そこで本当に、ああして体を捧げることはなかったのだろうか。
本人に聞けば一発なのだろうが、聞くのもそれはそれで怖い。
「なんか恋する乙女みたいな顔してる……」
「えっ、!?」
アンヌにそう言われると、そういう思考をしていた気もする。
途端に頬が熱くなってくる。
想い人のことを知りたがったり、本当に自分でいいのかと悩んだり、自分が唯一でいたいと焦がれて、相手の過去や想いを気にしたり、かと言って直接聞くのは怖かったり。
恥ずかしい。
「誰なの!? 誰が好きなの、キキさんは!? カッレさん!? リストさん!? 戦士長のエミールさん!? まさかうちのパパじゃないよね!」
アンヌが嬉しそうに迫ってくる。
「いや、違うから! そういうんじゃないから! 戦士衆じゃないんだよ……」
挙げられた名はどれも戦士衆の一員だ。確かに鍛えられていて、顔の作りも悪くない。客観的な意見として。
が、微塵も興味のない相手に興味を持っていると勘違いされるのは、避けたい。
仕方がない。本当のことを言おう。
「でもキキさんが関わりあるのって殆ど戦士衆だし……」
「違う、違うんだよ。わたしは……女の子が好きだから……」
「え……」
引かれるだろうか?
すると相当気まずくなるから、予定を変えて村をとっとと出ることになるが……。
「もしかして、あたし?」
「違います」
それは違う。
まるで違う。
確かに助けた女の子に慕われているというのは気分はいいが、不思議とそういう対象に見る気は湧いてこない。割とロリコンなのに……。アイオーンがいるからだろうか。
ハリーくんとお幸せに。
あまりにもキッパリと否定したため、アンヌも疑ることなく信じたようだ。
「なーんだ。ちょっと焦っちゃった。それもそれで悪くないかなーって……えへへ」
「可哀想なハリーくん……」
遂に口に出して言ってしまった。
ゴブリンに攫われたところを颯爽と助け出した剣士なのだ、憧れを持つ気持ちは分からないでもないが。
気持ちと言えば、自分のメンタルはアイオーンに常に把握されているのだ。初対面から平気で記憶だの心だのを読んでいた。先ほどアイオーンについて悩んだことさえ筒抜けなのだ、と気付き、渋い顔をした。
(その辺どうなの、イオさんや)
(キキは心配性なんですよう。キキこそがアイオーンの出会った中でダントツで最強の才能ですもん、絶対逃がしたくないから、思い切って踏み込んだんですよう。これまでの持ち主は、そういうのに興味なかったり、あっても剣なんか相手にするなんてあり得ないって人ばっかりでしたし)
(じゃあ正真正銘、わたしだけのものなわけね?)
(ですよう。でも不安にさせちゃったのはごめんなさいですう。もうちょっと初々しい方がいいです?)
(はい)
(じゃ、努力するんですよう。もう捨てられるのは嫌ですし……)
これほど便利な魔剣を捨てる者がいたとは、俄かには信じがたい言が飛び出してきたものだ。
何があったのか聞こうと思ったところで、
「にしてもママ遅いね。ちょっと見てくる」
アンヌが席を立った。
アンヌの母は台所で昼食を作っていて、もうそろそろ出来上がってもいい頃なのだが、確かに遅い。
それに台所から物音がしない。動いていない?
気になって、希生もアンヌの後を追い、台所へ向かった。
扉を開ける――床にアンヌの母が倒れていた。
「ママ!」
アンヌが駆け寄り抱き起す。
希生はさっと室内を見回した。侵入者はない。
誰かに襲われたなどの外的な要因ではなく、内的な要因で倒れたのだろうか。たとえば、病気とか。
会話に夢中になって、視界外の見切りが疎かになっていた。
「ママしっかりして! 起きて!」
見たところ呼吸はしているが、苦しそうだ。熱もあるらしく、額に汗が浮いている。
アンヌが揺さぶると、力の抜けた頭ががくがくと揺れた。
「揺らしちゃダメ。体に悪い」
希生はアンヌの母の頬を軽く叩いてみせた。こうするのだ、と教える。
アンヌは焦りながらもその通りにしながら呼びかけた。
「アンヌはここにいて。呪医を呼んでくる」
呪医は魔法や薬草の知識などによって医療行為を行う、原始的な医者だ。
診療所の場所は戦士衆から聞いて知っている。
それからアンヌの父も呼んで来なければ。今は訓練所にいるだろうか。
希生は転身し、縮地の速さで外へ駈け出した。
◆
結論から言えば、アンヌの母の症状は呪いによるものだった。
呪いの感染ルートを逆に辿ってみたところ、ゴブリンシャーマンが先日の間引きの復讐として村に呪いをかけ、それがたまたま彼女に振りかかったものらしい。
たまたまと言うのは、要は狙いが大雑把であったためだ。直接は関係のないアンヌの母が呪いにかかったが、それは場合によってはアンヌだったかもしれないし、戦士衆の誰かだったかもしれない。
戦士衆の誰かならば良かった。鍛え上げられた彼らの体力は、呪いの病魔に対する抵抗力ともなり、放っておけば回復しただろう。
しかしアンヌの母は戦士ではない。このままでは衰弱して死の危険がある。
ではどうするのか。術者を殺すのは無理だ。恐らくそれはフィーユ山脈の奥地、ゴブリンの本拠地にいる。先日間引いたのとは比較にならぬゴブリンの軍勢に襲われるだろう。
かと言って手がないわけではない。要は体力があればいいのだ。
そういうわけで、体力を増進させ、呪いへの抵抗力を増す薬草を採取する必要が出てきた。
「わたしが取ってきます」
アンヌ宅の居間で希生が言った。
部屋にはほかにアンヌの父ディック、呪医、ついでに戦士長がいる。アンヌの母は寝室に寝かされ、アンヌに看病されていた。
「そこまでしてもらうわけには……」
とディックは言うが、希生としては多少責任を感じてもいた。
「わたしがいたから間引き作戦は行われました。その報復の呪いだろうって話でしたよね。じゃあわたしが行くのが筋でしょう」
「自分の戦いに責任を持つ! フフフ……そういう奴は嫌いじゃない」
偉そうに言う戦士長。
しかし間引き作戦を考えて決行したのは戦士長である。
あれは彼の戦いでもあって、ならば彼にも責任はあるはずだが、そこまで思い至っていないらしい。
希生に上から目線でセリフを吐く喜びに酔っている。役立たずだ。
「わたしひとりなら身軽ですし、危険があっても問題ありません」
「戦士を連れて行かないのか?」
「戦いに行くんじゃないんですから。ですよね?」
と呪医を窺う。
必要な薬草が生えている場所によっては、戦闘の必要もあるのかもしれないが。
地を蹴らない足運びである縮地は、それ故に足を滑らせるということがない。足場の悪い場所、平地ではない場所であっても迅速に移動できる。
戦闘力でも移動速度でも、希生単独が最適解のはずだ。
「うむ。薬草は南の森に自生しておる。かなり奥まで行く必要があるが、魔物は生息していないはずじゃ」
年老いた呪医はゆっくりと述べた。
「じゃあ、薬草を見分けられるように絵でももらって、採り方もレクチャーしてもらって。あと地図も必要ですかね。今日はもう遅いですから――」
呪医を呼び、診察し、ひとまず症状を抑える処置をする間に、既に夕方になっていた。
「――明日の朝、出発します」




