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第一章4 第一印象と言うのは、存外と外れないものである。

 唐突ではあるが、ハネムーン・シンドロームという症状をご存じだろうか。

 名前の通り語源は新婚旅行の際、新郎が新婦に腕枕をしてやった結果、腕の神経が潰れて数日から数か月間の間使い物にならなくなってしまうというリア充ザマァ案件な(聞くからに恐ろしい)症状である。

 

 

「――――すまん」

 そのリア充ザマァ案件(恐ろしい症状)がなぜ私の左手に起こっているのか、と言えば、すぐ脇で心底申し訳なさそうに半裸で土下座している死体男、改め赤毛の美青年(握力ゴリラ男)が、一晩中人の左手をにぎにぎしていたことが原因である。

「――――――――まこと、相済まぬ」

「いや、多分そのうち戻ると思うんで良いんですけど……」

 無駄だとは思いつつ左手を揉み解しながら男を見上げると、やっと頭を上げた男が赤銅色の前髪を頓着無さげに掻き上げながら、真剣な表情で見下ろしていた。そう、あちらは正座、こちらはお嬢さん座りとはいえ、明らかに見下ろされていた。――こいつ、座っていても割とでかい。座高が高いのだろうか。

「しかし無意識の事とは言え婦女子の腕を故障させた上、風邪を引かせるとは……」

「いやもう本当大丈夫ですので……」

 ここは、あの河原から数キロ――ここでは数バーズと表現するらしいが――程離れた場所にある森の一角にある小屋の中だ。

 あの顔合わせの後、唐突にグラっときたかと思ったら小学生の頃インフルにかかった時以来ではないかというような高熱が出てバッタリと気を失ってしまった私を、この男が運んでくれたらしい。

 ――それにしても。夢の中で風邪を引くとは、また、何ともあべこべな夢である。

 しかもそのくせ、夢のくせに生意気なことにちゃんと風邪を引いた時特有の気怠さまで忠実に再現されているのだから、たとえ見ず知らずのイケメンに俵のように運ばれようと、甲斐甲斐しくお世話されようと、「ワア、イイ夢ミタナァ」のノリで為されるがままになるしかないのである。――うん、夢だしもう何でもいいや。熱のせいでよく考えられないや。因みに立ち上がった男を見るに、どうやら座高だけでなく普通に脚も長いらしい。腹立つ。

「何か食料を捕って来る」と言って出て行った男に「いってらー」と右手を振って、やけにごわごわするベットに戻ると、男が貸してくれたマントをまじまじと見つめた。

「……うわ、血やば」

 ……まじまじと見るまでもなく、マントの背中が男の血でがちがちに固まっており、ざっくりと刃物のようなもので貫かれた跡がある。……多分背中というか、腰の辺りだろうか。

(でも、土下座の時は傷もう塞がってたよなぁ――――)

 先ほど見た男の体には、お腹側と腰側の真ん中から脇腹にかけて薄桃色に盛り上がったような痕が見えたものの、緑青色のマントが赤黒く染まるほどの出血をするような怪我が、一日で塞がるとも考え難い。化け物だろうか。いや、多分、夢だから脳みそがリアルな生傷?的なものを作画拒否したのだろう。見ず知らずのイケメン(腕力ゴリラ)に腕の中で死なれてもとても困るので、脳みそはかなりいい仕事をしたと思う。ってゆうか、あのお兄さん(ゴリラ)本当に誰だろう。夢は深層心理の現れ、とかいう学説をどこかで聞いたことがある気がするので、もしかしたら深層心理のどこかで、イケメンのお兄さん(ゴリラ)を拾ったり拾われたりしたいという願望があったのかもしれない。――熱のせいだろうか。まだ少し頭が混乱しているらしい。

 とはいえ、なんか生理の時みたいな臭いのする布を掛けて安眠できるほど私も能天気ではないので、仕方なくこの布を洗ってやることにした。

 

 ――わたし、意外と器用かもしれない。

 この数時間で学んだことは、片手で井戸水を汲み上げるのが割と困難であるという事、そして、案外片手でも裁縫はいけるぽっい、という事だ。

 あと、左手を使わずに布を絞るのも割と大変だった。マントそのものは男が点火しておいてくれた暖炉で粗方乾いたが、井戸からここまでの床が点々とびしょ濡れである。――びしょ濡れな時点で点々ではないか。

 学校指定のソックスまでぐしょぐしょに濡れてしまったので、うまい事石を重石にして暖炉の淵に吊るしておく。なんだ、片手でも結構色々できるじゃないか。ぶり返してきた熱のせいでちょっとクラクラしながらも穴の開いた男のマントとシャツを足に挟んで上手い事ちくちく縫い繕っていると、がたがたと人の気配がして男が森から戻ってきた。

「おい、何だこの水浸しは――」

「あ、お帰りなさい」

「お前……!?」

 暖炉の前でだらしなく胡坐をかいたまま、針を持った方の手をパタパタ振って挨拶してみる。と、男は急に怒ったように顔を朱に染めて大股でこちらに近づいてきた。うん、長い脚だ。私がさっき五歩チョイ位で移動した所を、二‐三歩足らずで跨いでくる。何処から拾ってきたのか、行きは半裸だった男はちゃんとチュニックのようなシャツを着ていた。

「寝ていなかったのか?」

「いや、なんか明るいうちに寝るのって落ち着かなくて」

「落ち着く落ち着かないの話ではない。熱があがっているではないか」

「あー……」と目を泳がせていると、男は私の寝ていたベッドからシーツを引っぺがしてきて、私の腰に巻き付けてきた。――なんか、シーツの裏にめっちゃ藁が絡みついている。

「あー、そこ気を付けてください針が」

「っと、すまん」

 片手でよいしょと左手を持ち上げると、男がうまい事シーツを足の方にも巻き付けてくれた。割と厚手で暖かい。丁度縫物も終わったので、数回に分けて糸をくぐし、玉結びをする。因みに、玉結びをした後で縫い合わせた布の間に針を通して結び目を埋めると、玉留めが隠れて見栄えが良くなるのでお勧めだ。

「あ、すいません、ちょっと糸、此処、このギリギリの所で切って貰えます?」

「ん?ああ……」

 すぐそこに両手が空いている人がいるので、丁度よく利用させて頂く。糸の出が少し長いが、まあ片手にしては上々の出来である。苦労して針入れに針を仕舞い男を見上げると、多分外で捌いて来たのだろうか、大ぶりの葉っぱに乗せた生肉を串に通して、暖炉の灰にくべている所であった。……干したままの靴下に肉の臭いがついてしまいそうだ。

「お前、落ち着いたらこれに着替えろ」

「――え、どうしたんですかそれ」

 見れば、男は肉のほかになにやらカントリーチックな、群青色の羊毛?の服を抱えていた。

「下の農村で、馬のついでに交換(かえ)てもらった。そういつまでもその裸みたいな格好で入られては困る故な。――それで?熱が下がったら明日にでも発とうと思うのだが……」

無理そうか?と視線で男が聞いてくる。

「――それは問題ないですけど……ほぼ半裸のお兄さんにスカート丈の話されたくないです」

 言外に「体調はどうだ、」と聞いてきた男に行間で「大丈夫です」と答えると、男は頬を引きつらせて「お前な、」と呟いた。お前とはなんだ、お前とは。因みに、スカートは校則絶対順守の、膝下ジャスト十センチメートルである。いつも海親が追い駆けっこをしていた生活指導の先生にすら「ちょっと長すぎて気持ち悪いので調整しなさい」と言われたことはあっても、短いと注意された事は一度もないのだ。

「お兄さんは、何処に向かっているんですか?」

「なに?」

「この後です。とりあえずお家に帰るとかですか?」

 じゅー、といい音を立てている鳥肉?っぽい肉を眺めながら質問すると、男は「ああ」と合点がいったように頷いて、

「いや、一先ずブラントの領地に向かう。実は先の戦闘でお供していたお方と逸れてしまってな。できればそこで合流したいのだ」

「へえ」

 そろそろいい感じに焼けてきたのではないだろうか。いやまだ少し生か。夢の中とは言えカンピロなんちゃらとか、食中毒は避けたいところだ。

「ぶらんと?」

「ああ、ここから少し北へ進んだ所にある、作物の良く取れる豊かな高原だ。そこに昔からの友人の屋敷があってな、一先ずそこで態勢を整える手筈だったのだ」

 あ、もう火が通っただろうか。何しろ昨日の夜から何も口にしていない。そうっと串を摘まんでみる、と、予想外に熱く熱せられていて思わず手を引っ込める。ああ、もったいない、せっかくの肉に暖炉の灰がついてしまった。

「――人の話を聞け」

「すみません、ちゃんと聞いてます」

 呆れ顔の男が新しい串を摘まんで、持ち手をそっとハンカチで包んで持たせてくれる。自分はと言えば灰に埋もれたやつを叩いて払って齧り始めた。

「……おいひい」

 私も男を真似して鳥っぽい肉に齧りつく。塩も胡椒も振っていないそれは味気なく、それでいて不思議なことに、ため息が落ちるほどに美味しかった。

「そのブラントって所に行けば、その逸れちゃった人に会えるんですか?」

「そういう約束になっているな」

「へえ」

 しゃくり、と肉を齧る。

「じゃあ、早く迎えに行かなきゃですね」

「――――――そうだな」

 方針が決まったところで会話を切り上げて、私たちは肉を咀嚼することに集中した。


 

 

 

 


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