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プロローグ

初投稿です。よくある異世界トリップものになります。

 瞬間、男は自らの死を確信していた。

 王子は逃がした。この谷を越えて半日程も駆ければ国境の森に入るから、王子一人でも確実に森を超えてブラントの領内に辿り着く。日暮れまでにはまだ幾ばくか時間がある。このまま休まずに駆け抜けることができれば、森の獣たちにも遭わずに済もう。追手は此処で全て仕留めたから、暫くは王弟も誰も気付くまい。

 とはいえ、自分も斬られてこの様だ。あのお方を、遂に一人にしてしまった。

 ――不甲斐無い。

 覚えず、口元が自嘲に歪む。この程度の技量で、よくも当代一なぞと謳われたものだ。

 不意打ちで背中から貫かれた傷は恐らく、臓器まで達している事だろう。どうやら一人、死骸に紛れて討ち損いがいたらしい。振り返りざまに止めを刺しながら、男はギリ、と奥歯を噛んだ。

 普段であれば相手にすらならないような小物であるのに、よもや、こんな所で手傷を貰ってしまうとは。

 ――槍が重い。こんな感覚は初めてだ。

 立て続けの戦闘による疲労で、最早指の一本たりとも動かせない。手にした槍の重さに引き摺られて、糸の切れた人形のような体制で落馬する。水すら飲まず限界を超えて稼働させ続けていた肉体に、此処まで置き去りにしてきた損傷(ダメージ)が、ようやっと追いついてきたかの様であった。

 体が、鉛の様に重い。このまま泥の様に溶けて、地の底まで染みて行ってしまいそうだ。

 落馬する際に胸を強く打ち付けたせいか、咽元までせり上がってくる酸味に、鉄の臭いが色濃く混じっている。

 背中に血やら何やらでぐっしょりと濡れた肌着と鎖帷子の感触を感じながら、薄れゆく意識の中ぼんやりと空を眺めた。

 一つ、瞬きする。こんなに濡れていては、折角の甲冑が錆付いてしまうだろうか。父が唯一自分に残した、大事な大事な形見であるのに。

 もう一度。先ほどよりもずっと緩慢な動きで瞼を閉じ、そして同じぐらいゆっくりとした動作で瞼を開けた。

 空を見る。赤い。そして、酷く眩しい。

 この一瞬で、随分と時がたった様に感じる。

 今は、夕暮れ時であろうか。

 気付かぬうちに、暫く気を失っていたらしい。

 ――益々もって不甲斐無い。

 せめて死のその瞬間までは眼を開けて、現世を見つめていようと決めていたのに。

 不意に、少しの衝撃と共に、視界に柔らかな影が差した。

「…………?」

 影が何かを問うて来たが、生憎男は先ほどから酷く頭痛がして、周りの音が良く聞こえないのである。

「なんだ?っ、お前、……か?」

 軽く噎せた。

 掠れた声で問い返せば、影は驚いたように身じろいで、それから男の頬をそっとなぞった。柔らかな掌である。戦場には全く似合わない、細くて、繊細で、労働を知らない若い娘の、しっとりとした柔らかな掌だ。

 それはさながら、戦場に現れるという、眠りと死の乙女に似ていて……

「常闇の女神、戦場の生娘(おとめ)……。俺を、迎えに来てくれたのか?」

 思わず口遊んだ言葉に驚いたらしい女神が飛び離れようとする気配を感じて、咄嗟にその細い腕を掴む。その腕の柔らかな感触に懐かしさを覚えて思わず握る掌に力を込めると、夜の水底の様に深い闇色の瞳がハッと見開かれる。

(…………そうか、)

 全く違う色合いの、似た眼差しを知っている。

 女神が、何か言いたげに唇を戦慄かせた。

(違う。――まだ、死んで良い筈がない。)

 ――それはそうだ。そんな事は()()()()()。怒るに決まっているのである。

(……ですが、あねうえ――――)

 女は、苦し気に顔を歪めて、憐れむようにやさしく俺を見下ろした。

(あねうえ……)

 ――御免なさい、姉上。私は、約束を果たす事が出来ませんでした。

 

 幼い日と同じように、やさしい姉上に懺悔する。

 そのひとの掌は酷く熱くて、上等の真綿のように柔らかかった。


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