第二章5 ブラントさん家の晩餐会
アルベルトより少し早めに大広間に下りると、ミリー……小さい方の女官がにこやかに迎えてくれた。
「あらあらミヤさん、お食事の時間はまだですわ」
「はい。間に合って良かったです」
きっぱりといって、さり気ない動作でミリーが運んでいた食器を受け取る。これを運んで机に並べれば良いらしい。姿勢を正し、華やかさの無い無機質な微笑の仮面を被り、スッと自分の気配を薄くする。歩き方に気をつけて、出来る限り足音を消して、機械のように、滑るように滑らかに作業に没頭する。
そのまま何往復か運ぶのを手伝うと、マリーが呆れたように口を開いた。
「驚いた。あなた、随分堂に入った女官っぷりですのね!随分立派なお屋敷にいらしたのではなくて?」
「演劇をやっていたので、他人の仕草を真似るのは割と好きなんです。それっぽく見えますか?」
「見えますとも!……やだ、恥ずかしい。今の、もしかして私の真似でしたの?やだ、盛大に褒めてしまったじゃない」
「……それっぽく見えたなら良かったです」
本当はラティエ……大きい方の動き真似したのだが、それはまぁ伝えなくても良いだろう。
ミリーはてれてれと頰を赤らめている。向こうの方で作業しているラティエさんの冷たい視線を感じたので、コホンと咳払いをすると、ミリーも気付いたらしく止まっていた手を動かし始めた。
「それにしてもその服、もう直してしまったの?あなたには随分大きかったでしょう?」
「え?あ、まぁ、いえ、そんなには。服、ありがとうございます。助かります。鋏は使ってませんので、後でちゃんと治せますから」
「まぁ、良いのよ。着替え、無いのでしょう?そんなお古で悪いけど、それは貴女にあげますわ。実はそれ、だいぶ若い頃のですから、私にはもう小さいの。ふふ、落ち着いたらアルベルト様に新しい物をいくつか買って頂きなさいな」
「あははは」
曖昧に笑うと、ミリーもニッコリと微笑んだ。なんだか少しお母さんみたいな感じがする。多分彼女が暖かい女性だからなのだろう。
「でも驚いたわ。随分早いのね?アルベルト様の御衣装もちゃんと直したの?」
「もちろんです、縫い物は慣れているので」
と、思ったら。なんか失敬なことを聞かれた。もちろん、やらなきゃいけない仕事は一番に終わらせたとも。海親のように衣装の型紙を正確に引いたり、酒天のようにそれを華やかに着こなして注目を集めたりは出来ないけれど、真っ直ぐ縫う事、面から見えないように縫う事、素早く縫う事にかけては、私も少しばかり自信がある。とは言えコスプレ衣装の製作は殆どミシンで縫うのだから、私の特技は9割意味を成さないのだが。機械には敵わない。当然である。
「あら、そうよね、ごめんなさい。あんまり綺麗に縫ってあるものだから、時間がかかったんじゃないかしらと思って」
「そうでもないですよ。何処をどう縫うか決めてしまえば、後はすぐです」
食器とグラス類、布巾などを並べ終えると、見計らったように領主のブラントが大広間へと入ってきた。
「ご苦労だった、女官長。下がって良い」
ニコニコと去って行くミリーを見送ると、ブラントが胡乱げな顔で此方を見つめた。
「…………ようこそミヤ殿とやら。歓迎する」
「ありがとうございます。ブラントさま?」
ミリーがやっていたお辞儀を真似すると、いつのまにかブラントの後ろから現れたアルベルトが私を守るように私の腰に手を回した。なんだ、馴れ馴れしいぞ元死体男。挨拶なら一人の方がしやすいのだが。とは言え手の位置が少し浮いていてギリギリ身体には触れられていないので、不快感は全くなかった。
「彼女は俺の命の恩人だ。行く場所が無いらしいので連れて来た。突然連れて来たことはすまないが、相応に扱って欲しい」
「それはさっき聞いた。……ミヤ殿とやら、親友を救ってくれたことは大いに感謝するぞ。それで?お前はこの男に何を望む?金か?地位か?」
「えっ?えー、取り敢えず職でしょうか」
「職、」
なんか嫌味な口調で聞いてきたので、取り敢えず正直に回答すると、ブラントは戸惑ったように口を噤んだ。職。つまりは金と地位の両方だな。
「彼女は取り敢えず俺のこ……身の回りの世話をしてもらう事にした。手先が器用で意外と力もある。よく働く女だ」
付け足すようにアルベルトが続ける。が、こって言いかけたのは何だろう。あれか、多分使用人扱いするつもりは無いと言った手前小間使いと言いにくかったのか。
「そんなことより席に着こう!折角の料理が冷めると、貴公の使用人達が嘆いているよ」
なんだかピリピリした空気に戸惑っていると、良い感じに空気を読まないマティオラが、軽やかな足取りで入室してきた。
「僕の席はアルヴェーラの隣で良いかな?」
「好きにお座りください、銀灰卿」
ブラントが硬い口調で促す。せっかくの大きなテーブルなのに、座る位置が偏って相手にすっぽかされた合コンみたいな事になった。反対側がガラ空きだ。うける。
「マティでいいのに。ランディは僕のお友達だろう?」
「…………現大公の弟君に友と読んでいただけるとは。恐れ多い事で御座います」
「いいよ。ほら、アルヴェーラ。僕の膝に座るかい?」
「……」
アルベルトが、何も聞こえなかった振りをしてスッと目の前の椅子に着席した。意味もなく私の椅子を引いたり世話を焼くなどして必死でマティオラを無視している。
「ねえマティオラさん、シルヴァグレイ卿って何です?」
取り敢えず気になることをアルベルト越しに聞いてみると、マティオラはふわりと微笑んで答えてくれた。
「ロザートの旗色の敬称だよ。各家の紋入りの旗は、当主か嫡子しか持てないだろう?だから、非嫡出子は色無地の旗を持って戦場に赴くんだ。ロザート大公の旗は銀灰に金の梟だから、非嫡出子の僕は紋のない銀灰色の無地の旗を持つことになる。それにちなんで旗色の名に敬称を付けて呼ぶんだ」
「なる……」
シルヴァーグレイは銀灰色で良いらしい。英語に近い言語なのだろうか。でもツヴェルフはなんだか響きがドイツ語っぽい。壁になっているアルベルトをちらりとみる。こいつ、座ってても結構でかいな。
「じゃあリュイボスさんは何色卿でした?」
「……俺は嫡子だったから色無地は持たん。……まぁ、強いて言うならリュイボスの旗はカーマインだ」
「猩々緋か……」
「ショウジョウヒ?」
呟いた声が案外大きかったらしい。聞き返したアルベルトに軽く説明する。
「昔とある日本の商人が、異国から入ってきた洋紅の色をどうしても再現出来なくて、悔し紛れに言ったんです。『これはきっと、猩々の血で染め上げた布に違いない、でなければこの世に、これ程の赤があるものか。なんと恐ろしい』って。猩々ってのはなんか神様だか化け物だか、らしいです。それで、日本では洋紅色の事を猩々緋って呼びます」
「へぇ……」
そう言えばこの男、私の発言を信じていないのだった。いや、異世界トリップなんて、信じる方が可笑しいが。
「神の血で染めた旗か」
いや、この「へぇ」はちょっと嬉しそうな「へぇ」だ。どうやらこの逸話が気に入ったらしい。
そうこうしているうちに、ミリーとラティエが前菜と食前酒を運んできた。
様々な香草とハムをゼラチンで固めた様な前菜は、光を透かしてキラキラと美しい。
無表情のラティエが私の前に食前酒のグラスを置こうとしたので、「未成年ですので、」と小声で言って固辞する。ラティエが呆れた様に低く言った。
「林檎の果汁でございます。お客様は年お若くていらっしゃいますから」
確かに、よく見れば他の人の酒杯と違って少し白く濁っている。
「…………ありがとうございます」
……いや、もともと酒を呑むつもりはなかったが、自分の分だけ最初からジュースだったと思うと釈然としない。17〜8歳なら、外見は大人と大して変わらないと思うのだが。まぁ、いいけど。
ブラントが二言三言挨拶をして、食事が始まった。
林檎ジュースは割と美味しかった。行きにすれ違った農夫のおじさんが沢山背負っていたから、おそらくこの領地で取れた林檎だろう。
中世っぽい国の果実はどんなものかと思ったが、意外と甘い。少し酸味が強いが、美味しい林檎である。
「……それで?君は何故アルヴェーラと?」
何やら男同士で話していたらしいマティオラが、不意に私に話を振ってきた。仕方がないから視線をあげて、マティオラの深い色の瞳を眺める。
「私ですか?あーっと、迷子のところを拾って貰ったんです」
「おい、アル。やはりお前が拾ったではないか」
答えると、お誕生日席からブラントがこちら……ではなくアルベルトの方に身を乗り出してきた。
「その前に彼女に命を拾われた。彼女が先だ」
ムッとした様に男が応える。別に、どっちがどうでも良いではないか。
「君は流人だろう?ここに居て良いのか?」
「と、言いますと?」
私が問い返すと、マティオラがまたコクンと小首を傾げた。ワンレンの焦茶の髪が、ハラリと肩に掛かる。男にしては長髪だが、アルベルトやブラントに比べると、随分髪が短い。
「神殿から令が出ていた。異世界よりの神使が現れるから、パーラーに供せよと」
「供せよ?」
「贄として捧げろという事だよ。君、流人だろう?」
「ルヒト、ってなんです?」
「この世界とは違う神が作った人だ。君はそうなのだろう?」
「ツヴェルフ……銀灰卿、どういう意味です?!」
アルベルトがマティオラの言葉を遮った。
「マティオラさん、なんか知って……」
「君は神を信じるか?」
なんか、マティオラが宗教勧誘みたいな事を言い始めた。
要約すると。
この世界の神話では、まず全ての始まりに三柱の神々がいたそうな。
創造のヤーヴェル
叡智のサフィア
遊戯のルーヴェル
彼らは兄妹であったが、ヤーヴェルとサフィアは、妹のルーヴェルに懸想をして取り合った。
どちらも譲らない兄弟神が力の限り引っ張りあったせいで、ルーヴェルは無残に千切れて、宇宙を超え、時空の全てに飛び散らかってしまった。
そのかけらの一つ一つは星となり、今も空に輝いてい
る。仲違いをしたヤーヴェルとサフィアは、それぞれ一番美しい星を見つけて、そこでルーヴェルに似たものを作ろうとした。
「君はサフィアの創造物では無いだろう?神殿においては、異教徒の人権は認められていない。それでも同じ神の創造物と信じられているから、神殿も異教徒に一応は相応の態度を示す。それでも流人となれば話は別だ。流人はサフィアの創造物ではないのだから。神殿……いや、この国において、君は殺しても犯しても、なんの罪にも問われない唯一の人だ」
「……銀灰卿、その様な世迷言を申されては困ります。ミヤはその……ルヒト?ではありません。恐らくはタイレイの……」
マティオラと私の間に座っていたアルベルトが、私を隠す様に背を向けた。マティオラはコクンと小首を傾げて、後ろの私を覗き込む。
「君はタイレイ人では無いでしょう?タイレイ人にしては骨格が細すぎる。別の人種だ」
「私は、日本人です」
言うと、マティオラがうんうんと頷いて、ニコリと笑った。
「そうか。ーーねえミヤ。因みに僕は、神も神殿も大嫌いだ」
「へぇ……」
「僕にいい考えがあるんだけれど」
「おい、俺を挟んで会話をするな」
分厚い壁が、不服そうに抗議の声を上げた。




