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第二章4 幕間のような余話

風呂から上がると、アルベルトの部屋は既に人が履けた後だった。

サイズを直した黄色のワンピースは、割と上手くできたらしい。着心地は悪くない。アルベルトもバスローブから装束に着替えたらしく、群青色の上着に金の刺繍が華やかだ。


「終わりました?」

「…………お前、何処に行っていたんだ。俺が一人で怒られたぞ」

声をかけると、アルベルトが疲れたように溜息をついて此方を一瞥した。

「お風呂頂いてました。この後六時位からお夕食を大広間でって伺ってますけど」

「ーーまぁ、いい。そうか。まだ少し時間があるな」

言いながら、ハラリと溢れたワイン色の髪をかきあげる。こうやって蝋燭の灯りの中で見ると、キューティクルの反射がチロチロ揺れてとても美しい。まるでそれそのものが焔になったかのようである。

「王子様、まだ目を覚まさないんですか?」

「お前、聞いていたのか」

「私がいるのに、聞かれちゃまずい話するんです?」

「……いや、」

風呂に入りながら、居間での話には何となく耳を傾けていた。

「何処まで聞いた?」

「昨日の夜到着した王子様がリュイボスさんの事で取り乱して、薬を使って眠らせたけど、まだ目を覚ましてないってところだけです。あとはそう……今は国境で戦争中で、でも王宮にいた王様が急に亡くなったせいでバタバタしてる、とか。王子様はリュイボスさんと戦場にいたんですよね?」

「…………全部ではないか。お前、どういう耳をしているのだ」

「はは。知らない場所で、何も知らないで居られるほど神経太くないですよ」

情報は生命線だ。なるべく正確な方がいい。私がいては喋らないだろうことも、姿を隠せばわりかし簡単に聞かせてくれるはずだ。友人関係もそうだ。本音が知りたいなら少し席を外せばいい。

……海親と酒天はよかった。あいつら、私が席を外した途端「どうしようささたか、私がじゃんけん勝ったらささたかが社会の窓言ってね?」「いーじゃん気付いた人が言えよ気にしないよ彼女」「わーたーしーがーきーにーすーるーの!!!」……見ると私の制服のファスナーが開いていた。教えろよ!気にしないから!キュッとしっかり上まで上げて素知らぬふりで戻って見ると、じゃんけんに負けたらしい海親が可愛らしく叫んだ。

「あーよかった閉まってる!さっき!社会の窓!私じゃんけん負けてね!」

「いや、普通に教えてよ」

「やだー!」

いても居なくても変わらない会話に、思わずわらってしまった。かわいい。好きだ。次いつ会えるかわからない、あの友人達が好きだった。


「これでも、見知らぬ土地に一人きりってのは割と心細いんですよ」

アルベルトが、困ったようにヘニャりと眉を下げた。

「……一人きり、か」

この男、「自分がいるから平気だろう」とでも言うつもりだろうか。こちとら一晩一緒に過ごしただけのほぼ初対面だぞ。わかっているのか。

「それで、こっからどうするんです?」

「我らも国境のアルセロナ公への援軍に向かう途上、刺客の襲撃があって王の死を知ったのだ。王都に残してある部下達が心配だが……まずはブラントと共に国境の敵を追い払い、アルセロナと合流する必要がある」

「何で置いてきたんです、部下」

「俺とて将として向かいたかったが!……今回は本来それ程大した戦では無いはずだったからな。殿下の初陣の意味合いが強かった。故に、俺の隊が居ては命令系統に支障が出る故、殿下の護衛に徹せよとの勅令だったのだ」

「迂闊な」

「ーー言い訳はせん。それに、今となってはあの勅令が本当に陛下自身が下された物かもわからぬ」

アルベルトが、気まずそうに視線を伏せた。それで言われるがまま置いてきたのか。ダメじゃんこの大将。

「それで?」

「とはいえ、陛下が直に選別した騎士らであった上、皆十分な技量を持っていた。今回は後陣からの支援のみの予定であったゆえ、戦力としては十分すぎる位だったのだ」

アルベルトが悔し気に唇を噛む。後陣からの支援というのがどの程度のものかはわからないが、聞いた様子から察するに本来であれば備えは寧ろ過剰過ぎる程だったのだろう。

「…………騎士の中から裏切りがでました?」

「そうだ。ーーなぜわかる?」

「いえ、これで草むらから急に襲われた、とかだったら普通にかっこ悪すぎるので」

「……………………っぐ、否定できん」

アルベルトが完全に突っ伏してしまった。

「全員だ」

「全員?」

「ーー前王弟の手のものであった」

前王弟、というのは、文字通り前の王……ここで言う急逝した王の先代の弟君らしい。つまるところ王の叔父、エルバルト王子から見たら大叔父だ。

「全員が」

目を丸くすると、アルベルトが遠い目をして顔を上げる。

「殿下を守りながらなんとか河原(あの場所)まで逃げ延びたが、まあ、体力が持たなかったな」

隊一つ全員裏切りとなると、この男、一人で一体何十人相手にしたんだろう。どんなに少なくても、2〜30って事は無いだろう。……下手したら数百人の規模かもしれない。あの時の亡骸は、その裏切り者の物であったか。ーーそりゃあ体力も無くなるわ。

「……ところで鎧を風に当てといたんですけど、帷子は直すのは無理そうでしょうか」

「む……」

低い声で言って、今度こそ驚いたように此方に目をやった。

「あれはお前がやったのか」

その口調が好意的な響きだったので、思わずニヤリと笑いながら頷いてみせる。

「中々の仕事でしょう?」

「あぁ、驚いた」

「ふふ……」

思った以上に素直に肯定してくれたので、ついつい此方も気分が良くなった。

「本当はバラして磨かなきゃですけど、取り敢えずは表面だけ。バラすと細かい調整をしなきゃいけなくなりますから、それはまたもう少し御信用頂いてからやらせてください。私大学では考古学を専攻す()る予定なんです。まあ実際にそういう仕事に就くかどうかはまだわからないんですけど懇意にして頂いてる博物館の館長さんは……」

一息に言いながら、我ながら台詞が長えな、と思った。これだからそこまでオタク趣味な訳でもないのに「オタクだオタクだ」と言われるんだ。

「すみません、喋り過ぎました」

「いや、続けてくれ。お前、学校に行っていたのか?博物館というのは、何処の館かわかるか?地名は?」

「あの、全部故郷の話ですので」

心持ち身を乗り出して来た男をやんわり押し返して、話を強制終了する。異世界の学校名や博物館名を聞いてどうするんだ。

「ご飯楽しみですねー」

「ミヤ……。俺は真剣に聞いている」

アルベルトが、ちょっと怖い目をした。

「私も真剣に話してますよ。この前お話した通り私はこの国の人間では無いですし、確実にこの世界の人間でも無いです。信じて貰えないのは仕方がないと思いますし、私自身、自分以外の人が言ってたら確実に 頭が逝っちゃってるんだな って思いますけど」

こんな突拍子も無い話、信じて貰えないのが仕方がないと言うことはわかっているとも。この世界にも、魔法やなんやは無いらしい。薄々「あっ、こいつ一つも信じてねーな」って言うのは、昨日からの空気でなんとなく察していたとも。

「ミヤ、俺は、お前が嘘をついているとは思っていない。相応の教育を受けているのだろう事もわかる。ただ……」

「頭がおかしい人だと思っている?」

「違う。…………ただ、何かしら記憶に障害が出ているのだろうと」

言いづらそうに言って、アルベルトは小さく頭を下げた。

「すまん。立場上、お前の言葉をそのままに受け取るわけには行かぬ」

「まぁ、そう思ってるのに連れてきて貰えただけ有難いです。正直すごく助かってます。あのまま放置されたら私、行く場所なかったですから」

ありがとうございます。礼を言うと、アルベルトはちょっと渋い顔をして瞼を伏せた。影を落とす睫毛がすごく長い。自慢だろうか。

「当然のことだ。お前には命を救われたし、それを差し引いても、お前の様な娘をあの様な場所に放置するわけにはいかなかった。言っただろう、身元は引き受けると」

「まあ、めっちゃ頼りにしてます」

にぱっと笑って一礼すると、アルベルトも諦めた様に微笑した。

「あぁ、存分に頼ってくれ」

「では頼るついでに一つ相談が」

図々しく身を乗り出すと、どんと来い、とばかりに男が腰に手を当てて胸をそらした。

「なんだ、言ってみろ」

「私、とりあえずどう言う立ち位置(スタンス)で行けば良いんでしょう。侍女?下女?彼女?」

ポカン、と目を見張った男が、「忘れてた」とばかりに天を仰いだ。

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