92:支度
「勇者から情報が入ったの。今夜にでもインペリウム帝国が攻撃を仕掛けてくると……これってフィカスたちが入手した情報よね?」
「あ、はい。そうです。」
ノウェムは頷き、話を続ける。
「町全体が現在、疲労しており迎え撃つ力はないと言ってもいい。そこでこのギルドのメンバーにも、戦に加わってほしいわけだけれども……。」
「勿論やります!」
「姫様のお願いですから!」
「参加するのでさっきのをチャラに!」
……どさくさ紛れに変な声が聞こえた気がしたが、気にしないでおく。
「――作戦を説明するわ。まず、町民は全て隣町の方に避難させる。そして、町を戦場に向こうを迎え撃つわ。」
何で町中で?
周りには草原や森があるのだから、そこで戦えばいいのに……。
フィカスの疑問を読み取ったのか、ノウェムはこう続けた。
「向こうがどれだけの戦力で来るか分からない以上、開けた空間での勝負は逆に危険なの。広さが限られている町中だからこそ、使える戦力も限られてくる。」
何より――。
「町はもうダメージを受けているわけだし、今更景観を守れとか言う人はいないわ。皆も気兼ねなく壊していいわよ。」
皆、その言葉に唖然とした。
いや、言っていることは間違ってはいない。
しかし、王女が直々にその言葉を口にするとは思わなかった。
「城の兵士を中心にもう町民の避難誘導は行っているわ。今のうちに戦の準備をしといてちょうだい。」
「分かりましたァー!」
「ウォーーー!!!」
「姫様ァーーー!!!」
「さっきの許してェー!」
……やっぱり、どさくさに紛れて変なのがいた。
「――はい。やりたいことが出来たので……はい。すみません。急に辞めるだなんて言って。」
喫茶店ヴェイトス・オムニスにて――。
フィカスたちと一旦別れたセプテムは、馬車をつかまえてここまで帰ってきていた。
来た理由は一つ。
辞めることを正式に言いに来たのだ。
「いやいや、君が夢を見つけてくれたならいいんだ。うちのアイドルがいなくなるのは、ちょっぴり困るけどね。」
喫茶店の店長は、そう言って笑った。
「それでセプテムさん、やりたいことって?」
「……色々な景色を見てみたいんです。それと――。」
孤独であるが当たり前だと思っていた。
独りの方が気が楽だと思っていた。
実際、本当にそうであることもあるのだろう。けれど――。
「一緒にいたい人を見つけたんです。」
――今は、あの騒がしさが中々心地よい。
そう思っている。
「そうか……一緒にいたい人か……うんうん……彼氏か!?」
「はい?」
店長はセプテムの肩をガシッと掴んだ。
「彼氏はダメだ!君はうちのアイドルなんだ!もし彼氏なんかできたら……客が皆暴徒になる!!」
「知りませんよ!あともう私は店員じゃありません!そして彼氏はいません!」
「そ……そうか。すまない、少々取り乱してしまって。」
「少々……?まぁいいです。それじゃ、行きますね。」
「ああ、またいつか寄ってくれ。」
「はい。」
良い店だった。
身寄りのない私を雇ってくれて、時折休む私を認めてくれて……。
冒険者として活動するのであれば、一度離れた町に戻ってくることはそうそうないだろう。
次にこの店に来るのは一か月後か一年後かそれとも……。
「ま、それを考えても仕方ないか。」
冒険者とは好奇心旺盛で気まぐれだ。
案外すぐに戻ってくるかもしれない。
「さて、と――やるか。」
冒険者セプテムは、自分の居場所を守るために戦う。
そのためには――。
「最後の一仕事、だな。」
――僕の力が必要だ。
それと同時刻――。
死神は町中を歩いていた。
死神といっても、それは異名だ。本物ではない。
町が騒がしい。戦争に備えて人々が動き回っているからだ。
「……どうするか。」
誰に言うのでもなく、死神は呟いた。
この戦争には大勢の人が――種族を問わず――参加することだろう。
それならば、己の目的も達成出来ることだろう。
……愚問だったか。
答えは決まっていた。悩むまでもなかった。
良い機会だ。
あの時、仕留めそこなった奴らもまとめて片づけてやろう。
「さて……支度をするか。」
――決戦の時刻が着々と迫ってきていた。