89:余興
フォルフェクスに話しかけられた女性――サンナは驚いた表情を見せたが、すぐに頷いた。
「決まり――ですね。それではスタッフの方、彼女に戦闘服と武器を。私も準備をしてきます。」
そう言ってフォルフェクスはステージから下りた。
「サーちゃん、受ける必要なかったんじゃ……?」
「……そうですね。けれど、実力を見てみたいと思ったので。」
この場であの男を殺すことは出来ない。もしそうしたら、自分もこの場で殺されてしまう。
つまり、今回の勝負は力量を見るための勝負。
「まぁ……大丈夫ですよ。」
アベリアにそう言い、サンナはスタッフに連れられ移動した。
事務室らしき場所に移動すると、軍服を手渡された。
「武器は何かご希望は?」
「剣で、お願いします。」
自分の得意なナイフを注文するか迷ったが、オーソドックスな剣を使用することにした。何もここで全力を出す必要はないのだ。
スタッフが部屋から出た後、サンナはドレスを脱ぎ用意された軍服へと着替えた。
ん……思っていたよりも……。
重い。普段着用しているアサシンの服が軽いせいなのかもしれないが。
肩を動かしてみると、多少の違和感はあったが支障はなさそうだ。
「お着替えは終わりましたか?」
「はい。」
返事を聞くとスタッフは部屋に入ってきた。
「これが軍用の剣です。それでは、ステージに向かってください。」
「どうも。」
ふん……剣に特異な点はない……か。
流石にフィカスの小剣よりは長く重いが、これくらいなら気にならない。
さて……やるか。
パーティー会場――。
ステージ上に行くと、既にフォルフェクスが立っていた。
「待っていましたよ。お嬢さん。それでは、これより余興の戦闘訓練を開始いたします。どうぞ、好きにかかってきてください。」
会場の先ほどまでの騒めきは消え、静かな空間の意識が全てステージ上の二人へと集中する。
「……。」
相手の武器を見つめ、サンナは困惑する。
何だ?あの武器は?
見た目は剣に似ている。けれど刀身は真っ直ぐではなく、僅かに三日月のように反っている。そして長剣のような長さを持っていた。
得体の知れない武器だ。あまり接近すべきでは……。
「こないのでしたら、私から行かせてもらいます。」
フォルフェクスが動いた。
大きく一歩目を踏み込み、一気に距離を詰めその刃を振るった。
「チィ!」
負けじとサンナも己の剣を振るったが、互いの刃がぶつかることはなかった。
フォルフェクスの刃はすれすれで剣の横をすり抜け、サンナの袖を掠った。
こいつ……!
わざと当てなかった。
訓練の文字通り、本気で当てる気はないということか。
今の攻防がサンナに火を点け、バックステップで距離をとったフォルフェクスに対し、今度はサンナが前進し距離を詰めていく。
「……ふむ。」
観察するかのように彼はサンナを見つめ、武器を持つ腕を横に伸ばした。
「……は?」
意味不明な行動に思わずサンナは声を出した。
それに構わず、彼は刃を床と水平に構える。
すると――。
「……ッ!?」
刃が消えたっ……いやっ……見えなくっ……!?
手首が曲がるのが見えた。
その次の瞬間には、首元に刃が迫ってきていた。
「――私の勝ちのようだな。お嬢さん?」
何が起きた?何かの魔法か?
「……はい……参りました……。」
驚愕を隠せないまま、サンナは降参の意を示した。
喉元に達した刃は、その言葉を聞いて引いていった。
「――他にも、どなたか私と対戦したいという方はいらっしゃいますか?」
フォルフェクスが会場を見回すが、名乗り上げる者は一人として出ない。
「では、余興はここまでとさせていただきます。皆様、引き続きパーティーをお楽しみください。」
誰も何も言うことが出来ず、ただ去って行く背中を見つめるだけだった。
「……サーちゃん、大丈夫!?」
「え、ええ……大丈夫です。」
何とも言えない感覚になり、ただサンナは混乱していた。
アサシンとして個人で活動を始めたばかりの頃には、失敗も敗北の経験も多々味わった。
けれど、今回のはそんな苦い思い出とは一線を画していた。
自分が負けた理由がはっきりと分からない。
通常であれば、負けた経験と理由を分析し次へと生かすことが出来るのだが、今回はそうはいかない。
何故負けたのか、どのようにして負けたのか?
それが分からない。
「……アベリアは、あの攻撃、見えましたか?」
「えっ?うん……見えたけど……?」
ステージ外にいたアベリアには見えていた。
「どういう技だったんですか?私には見えなくて……。」
意外な言葉にアベリアもまた驚いた。
自信と実力を兼ね備えたサンナの口から、そのような言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「どういうって……ただ、あの武器を床と水平に構えて……素早く手首と腕を曲げたとしか……。」
「……よく分かりませんね……とりあえず、収穫はあったので帰りましょう。急がないと。」
いつまでも負けたことを考えているわけにはいかない。
それよりも今は、他にすべきことがある。