88:パーティー
「……大したものですね、ここ。」
白いドレスに身を包んだサンナは、軍主催のパーティー会場を見て溜め息を吐いた。
そこはとてつもなく広く、レグヌム城と同等の煌びやかさがあった。
入場にも色々とチェックがあり、入るだけで相当の時間がかかった。
「そうね~。これほどの規模のパーティーは記憶にないわ。」
水色のドレスを着、セミロングの髪を後ろで結ったアベリアは、パーティー会場を見渡して素直な感想を漏らした。
フロス庭園でパーティーが開かれたことは何度もあったが、それのどれよりも豪華であった。
「――そうですか。」
どこか不満げにサンナは返事をし、左足を僅かに動かした。
万が一に備え、左足の太ももにナイフを縛り付けてある。鞘に収めているため怪我する恐れはないが、普段と違う感覚がどうしても気になる。
「今のところ、おかしなことはありませんね。」
会場入りしてしばらく経つが、特に目立つことは起きていない。
周りの客たちもワイングラスを片手に談笑をしているだけだ。ただの上流階級の人々と思われる。
会場の隅には武装した人が散らばっているが、それはもしもの時に備えてのことだろう。
「どうする?ちょっと危ないかもだけど……ステージの方に行ってみる?」
会場には当然、お偉方が使用するであろうステージが設置されていた。
流石にその近辺には客も少なく、スタッフらしき者しかいない。
「……行ってみましょう。」
ただし慎重に、とサンナは付け加えた。
周りの客が軍主催のパーティーの常連なのかは分からないが、もしそうなら初参加の自分たちはかなり目立つ。
だとしたら、むやみに動くと注目の的となる。下手したら警戒され、何も得られぬまま会場を追い出される可能性すらある。
出来る限り目立たぬよう、静かにゆっくりとステージに近づいていく。
そして、もうすぐステージに到着する――という頃、会場全体の照明が絞られた。
全体が薄暗くなり、ステージ上に強烈な光が当てられる。
「――本日は我が帝国軍主催のパーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます。」
黒い軍服を着た背の高い男性がステージに立ち、よく通る低い声で話し始めた。
その格好とは対照的なプラチナブロンドの髪が印象的だ。
「まずは自己紹介を――私はフォルフェクス・ラーミナ・アーウェルサ。帝国軍の軍師を務める者です。」
「……フォルフェクス!?あの男が――!」
歩みを止め、サンナはステージ上の男性を睨みつける。
フォルフェクスは堂々とした態度で喋り続ける。
「――一昨日まで私は所用でレグヌムにいました。」
その言葉に会場が騒めいた。
「そう――皆様の嫌う――我が帝国にとって、敵と言って過言ではないあのレグヌムに、です。」
――敵、か。そのように思考している可能性は薄々感じていたが、それは予想通りだ。
予想外なのは、あの男だけでなくこの国に住まう者……少なくともここにいる者たちが皆、同じような思考をしているということだ。
「そこで実際に働き、私は確信した。あの国に価値などない。今までレグヌムに対する敵意は、メディアによるくだらない扇情だと思っていました。けれど、そのメディアの思考こそが、皆様の考えこそが正しかったのです。」
会場の騒めきは、次第に広がり歓声に近づいていく。
「そんな皆様のお声に応えるべく、軍師として私はここに宣言いたします。新月の晩に戦争をしかけます。そして、レグヌムを陥落させてみせましょう。」
いよいよ大きな歓声となり、それは会場全体を包み込んだ。
サンナはそんな様子を横目に頭を働かせる。
次の新月……いつだ?明日か?明後日か?
いずれにせよ、時間がない。
どうする?ここであの男を殺すか?だとして、どうやって逃げる?
「――それでは皆様、パーティーをお楽しみください。」
フォルフェクスはほくそ笑んだ。
民衆の意識を奪うことは容易ではない。けれど、このようにそちらの思考が正しかった。という態度をとればあっさりと信頼を勝ち得ることが出来る。
人は肯定されることに弱い。単純なものだ。
さて……これで私に反対する者は少数派となり、非難される側になったことだろう。
多少国民は迷惑を被ったとしても、洗脳状態に近い今なら反乱が起きることもない。
これで憂いは失せた。あとは軍の準備を進めるのみ……。
と言いたいところだが、まだ僅かな反乱分子が残っていたようだな。
「……その前に一つ、簡単な余興といきましょうか。」
フォルフェクスはステージに近いところにいる、ピンク色の髪をした女性を見つめる。
「今の世の中、ただ指令が出せるだけの軍師など不要です。軍師には戦術を練る頭とともに、兵からの信頼が求められなければならない。すなわち、兵にも劣らぬ力量です。どうです?そこのお嬢さん、私と手合わせしていただけませんか?」