86:服屋
軽く朝食を済ませ、町に繰り出してから十数分――。
「今日は人が多いな。何でだ?」
「休日だから、じゃないかしら~?」
前日とは打って変わって、町には人々がごった返していた。
インペリウム帝国は平日は全員が仕事、休日・祝日は全員が休み、という社会システムのもと成り立っている。そのため、人口密度は高いのだが平日に出歩く人はほとんどいない。
「で、問題の服屋だけどよ……どこだ?」
見知らぬ土地で目当ての場所を見つけるのは容易ではない。
「さぁ?誰かに訊いてみる?私はやらないけど。」
「何でだよ……って言いたいところだけど、セプテムの言い分も分かるぜ。なんか話しかけ辛い雰囲気があるよな。」
往来の人々は皆、何か目的があるのかきびきびと歩いている。
そこに話しかけるのは、邪魔をするようで憚られた。
「じゃあ……知ってるところで訊いてみようよ。」
「知ってるところ?」
フィカスは頷いた。
この町のことは、まだほとんど知らないけれど知っている場所もある。
昨日訪れた二店舗だ。
レストランに食事をするわけでもないのに行くのは、店側としては迷惑だろう。
となると……。
「おや……昨日の……。」
人形屋。
フィカスを筆頭にパーティはそこを訪れた。
「今日はどうしたんだい……?」
昨日とは異なる、黒色のローブを羽織った老婆。中々お洒落だ。
「服屋を探しているんですけど、どこにあるか知りませんか?」
「服屋……ほぅ。一体どんな服を探しているんだい……?」
「パーティー用の服です。」
老婆はしわがれた手で顎を擦った。
「……ならば、ここの通りを進んだ先にある路地裏。そこに向かうといい。」
白髪に隠れた瞳がフィカスたちを見回す。
「そこならば、お前さんたちの望むものが手に入ることだろうよ……ヒッヒッヒ……。」
「婆さん……あんた、昨日はそんなキャラ作りしてなかっただろ。」
「はてさて……何のことやら……イッーヒッヒッヒ!」
ジギタリスのツッコミを軽く流し、老婆は甲高く笑った。
「……お邪魔しました。」
人形屋を出て、言われた通り道を進んで行き、路地裏の狭い道を見つけるとそこに入った。
薄暗い路地裏を進むと、赤茶色のドアに辿り着いた。
「……ここかな?」
恐る恐る扉を開けると、紫色の怪しいランプが灯された部屋になっていた。
「……胡散臭いところですね。ここ。」
「――よく来たな!」
突然、部屋の奥から元気な声がした。
「この儂の隠れ家的呉服屋を見つけるとは、大した若造どもだ!」
シャキッとした元気な爺さんだ。
「さぁ何を望む?ここには何でもあるぞ!」
「私たちはパーティー用の衣装を探しに来たんですが、ありますか?」
サンナの質問に老人は大きく頷いた。
「勿論だとも!そこで待っておれ!」
そそくさと部屋の奥に消えていった。
その間にフィカスは部屋の中を見渡してみる。
紫色のランプのせいで分かり辛いが、空間を圧迫するかのように布が置かれている。
手が届かないような高い位置にまで置かれているけど、どうやって取るんだろう?
「待たせたな!これでどうだ!?」
老人が持ってきたのは、豪華そうな薄めの布。
「……何これ?」
「これは生地じゃ。採寸をして、この生地を使った衣装を作る。オーダーメイドというやつじゃな。」
「いや、そんな金ないから。」
セプテムの一蹴。慌ててフィカスがフォローに入る。
「えっと、低予算なので、普通のパーティー用の服があれば、それをください。」
「……そうか。待っておれ……つまらん。」
「あ?今なんつった?」
あからさまにテンションが下がった老人の呟きに、セプテムが噛みついた。
「……やかましい!待っておれ畜生め!」
ドタドタと騒がしい足音とともに老人は、再び部屋の奥に消えていった。
「これならどうじゃ!?」
すぐに戻ってきた。
その手にはパーティーでよく見る衣装が人数分あった。
「あのババアが置いていった古臭い代物じゃ。全く……これからは最先端の呉服屋が流行るというのに、時代遅れの衣装なんぞ……ほれ、うちには要らんから安くしてやるぞ?」
あのババア?それってもしかして……。
それはともかく、老人が提示してきた金額はかなり良心的だった。
これならば、わざわざ記憶して創造する必要はない。
持ち金で充分だ。
「ありがとうございます。じゃあこれを……。」
「待って。」
衣装を受け取ろうとしたフィカスをセプテムが呼び止めた。
「僕の衣装がない。女物ではなく、男物のやつを持ってこい。」
「……なんじゃ、男だったのか。ほれ、待っておれ。」
ドタンバタンと大きな足音を立てて、老人は三度部屋の奥に消えていった。
「これならどうだっ!?」
すぐに戻ってきた。
「……うん。このサイズなら、僕でも着られるだろう――どうも。」
「ふん!ったく迷惑な客だ。二度と来るな……それは困るから、次から普通にしてくれ。」
「……何かすみません。」
何はともあれ、これでパーティー用の服は手に入った。