85:寝覚め
ふと、寝苦しさを感じフィカスは目を覚ました。
ここは……。
見覚えのない天井を見て、ぼんやりとした頭で思考する。
えっと……たしか……。
思い出した。
インペリウム帝国にあるホテルだ。
それで昨日、アベリアと一緒に……。
そこまで思考して、身体をベッドから起こそうとした。
が、それは出来なかった。
腕に何か違和感がある。
自分の腕を見ると、そこには腕にしがみつき幸せそうな表情で眠るアベリアの姿があった。
「……アベリア?起きて?」
彼女の名前を呼んだ時、暗闇の中囁かれた記憶が蘇る。
……あれは夢?それとも現実?
……分からない。
どうも記憶が曖昧だ。
「……ん……フィー……くん?」
「あ、起きた?おはよう。」
「うん。おはよ……わあぁっ!?」
「うわっ!?どうしたの!?」
奇声を上げたアベリアにつられ、フィカスも奇声を上げてしまった。
眠たげな顔から一転、アベリアは顔を赤くして両手で自身の顔を覆った。
「朝からいちゃついてんじゃないわよ。」
「あ、セプテム。おはよう……いちゃついてって……。」
セプテムはアベリアに近づくと、枕で彼女の顔を叩いた。
「今更その反応はないでしょ。で、おはよフィカス。眠れたかしら?」
「まぁ……うん。」
半笑いをしながらそう返事をした。
正直、一睡も出来ないと思っていたが、疲労が蓄積していたためか気が付いたら眠りについていた。
「ふーん……あっそ。」
興味なさげにセプテムは部屋を見回した。
「サンナは……もう起きるわね。あとはジギタリスだけど……。」
セプテムの右手が青白く光った。
雷魔法だ。
「まさか……?」
「ええ。これが一番効くわ。」
手加減されていると思われる雷がジギタリスに直撃した。
「――ぎょおおおおぉぉぉっ!?」
雷を受け叩き起こされたジギタリス。不憫だ。
「朝からうるさいですよ。まったく……。」
「んな起こされ方されれば、誰だってこうなるわ!」
溜め息を吐くサンナに噛みつくジギタリス。
睨み合う二人を止めるようにセプテムが拍手をした。
「はいはい。喧嘩は後でしなさい。」
「いや、元々お前が原因だからな!?」
「そんなことはどうでもいいわ。それより、今日のパーティーの話よ。」
どうでもよくはないよね。
「金はあの姫から貰ったのがあるとして……服はどうするの?」
「あ、そっか……。」
パーティーに着ていく服――正装が必要だ。
しかし、当然ながら冒険者であるフィカスたちはそれを所持していない。
「それは買って……いや、今からじゃサイズの合う物を見つけるのは難しいか。どうするよ?」
「この格好で行くわけにもいきませんし、どうにか調達を……。」
フィカスに視線が集まっていく。
「え?」
「……やはり、これが一番早いですね。」
「おう。そうだな。」
皆の意図を察してフィカスは慌てる。
「ま、待ってよ。極力僕の魔法は使わないんじゃ……?」
「まぁそうなんですけど。今回ばかりは非常時ということで。」
「そういうこったな!頼むぜフィカス!」
仕方ない。
現状がそうである以上、早々に折れることにした。
「……分かったよ。創造するのはいいとして、何を?」
「そっか。あんた、そういう服見たことないのね。」
フィカスに限らず、上流階級の存在でなければ正装を細かく観察する機会はない。
そのため、知らなくても当然のことなのである。
「……俺も間近で見たことない。サンナは?」
「いえ私も。……っとセプテムの――怪盗シャドウの服、あれが良いんじゃないですか?」
「持ってきてないわよ。」
怪盗であることを辞めた今、シャドウに関する物は全てない。
あのタキシードがないというのなら、フィカスに見せられる代物はここにはない。
「アベリアは?見たことない?」
その質問に彼女は困ったような表情を見せた。
「う~ん……見たことはあるけど……昔の話だし、口で言っても伝わらないから……。」
「絵で伝えればいいじゃない。」
セプテムのツッコミに首を横に振った。
「そんなに細かく覚えてないの。フィーくんの魔法は、正確にイメージしないと駄目なんでしょう?」
「うん。あやふやな物をイメージすると、その通りに創造されてしまうから……。」
「じゃあそれも駄目ね。他の案を……って別に、本物を見に行けばいいだけの話じゃない。」
「本物?」
セプテムは自信たっぷりに頷いた。
「ええ。こんなに広い町なのよ?高級な服屋の一つや二つ、すぐに見つかるわ。」
「それを買いに行くと?言っておきますけど、フィカスの魔法で金銭を創造するのは……。」
「そうじゃないわよ。」
とセプテムはサンナを睨みつけた。
「本物を見て、それを創造すればいいのよ。あんたたちのローカルルールは知らないけど、これなら文句はないでしょ?」
まぁ……たしかに。
これまでにだって、武器を創造してきたわけだし。直接お金を創るわけじゃないなら……。
って、これもかなりグレーゾーンな気がするけど。
「ふふん。ルールってのは、常に穴を突かれるものなのよ。というわけで、朝食後に全員で服屋に行くわよ!」