83:気持ち
「おっし!まずは俺の一人勝ちだぁ!」
ベッドを一人で使う権利を得て、ジギタリスは拳を高く宙へと突き上げた。
そして、その拳は弱々しく下がっていった。
「いや、ホント……残念じゃねぇから……女の子と添い寝出来るチャンスを逃したとか、全然思ってないから……。」
「黙ってなさい。ほら、好きなベッド選びなさいよ。」
「お、おう……どこも同じだろ……。」
意気消沈しながら、一番出入り口に近いベッドをジギタリスは選んだ。
「次、二回戦やるわよ。」
そんなジギタリスを無視し、セプテムは再びジャンケンの掛け声を放つ。
「……ポイ!……っと私の勝ちね。」
今度はセプテムの一人勝ち。
「私はここ。ほら、次の勝負早くやんなさいよ。」
「分かってますよ!アベリア、フィカス、いきますよ!」
「いや、僕は床でいいから、二人はベッドで寝なよ。」
「いえ!勝負を途中で投げ出すことはしません!」
その心意気は立派だけど、今は折れてほしかったな。
というか、なんでそんな意地になっているんだろうか?
アベリアは目を閉じ、深呼吸をする。
「……これで負けたら……大丈夫よ私……自分を信じて……。」
凄い集中だ。
それを真似て、フィカスも思考する。
この事態は、自分が変なことを口走ってしまったために起きてしまった。
何とか穏便に済ませなければならない。そのための条件は何か?
僕が一人勝ちすること。
年頃の女の子としては、男の僕と添い寝するなんて事態は避けたいところだろう。いくらパーティーメンバーであるからといっても、遠慮すべきところはある。
それが今だ。
僕が勝てばアベリアとサンナが同じベッドで寝ることになる。多少のストレスはあるかもしれないが、男と寝るよりは遥かにいいだろう。
「フィカス……凄ぇ集中してんな。」
「自分を過小評価してるだけでしょ。」
「本当に、変な男ね。」とセプテムは呟いた。
周りが見えているようで、見えていない。
いや……それは違うか。
いつだって彼は、自分のことを無視している。だから、人のために己の命を賭けられ、自分が無価値であると思いこんでいる。
けど、これはちょうどいい機会ね。
「せーの……ジャンケンポン!」
そして……サンナがジャンケンの掛け声を言うと、何か変だ。
「……あ。」
フィカスとアベリアが同時に声を漏らした。
「私の勝ち、ですね。ではこのベッドは私が貰います。」
「あ……うん。おめでとう……。」
「あら……えへへ……そうね~。」
落胆を隠せないフィカスとは対照的に、アベリアは喜びを隠せていなかった。
「ねぇ……。」
「なんだ?」
セプテムはジギタリスに耳打ちする。
「アベリアって……フィカスのこと好きなの?」
「……分かんねぇ。けど、満更でもなさそうだぜ。」
「……そうね。」
アベリアはハッとした表情を見せた後、再び頬が緩んだ。
「……うふふ。」
「気持ち悪いですよ、アベリア。」
「……えっ?」
サンナに言われて再び表情を引き締めた。
「さて、夕食にしますか。」
「うん……そうだね……。」
そしてあんたはいつまで落ち込んでるのよ。
ホテルの食堂に行くと、既にテーブルに料理が並べられていた。
他にも沢山のお客が来ているのだが、不思議と騒がしさは感じられない。
料理はとても美味なはずなのだが、今のフィカスにはそれが分からなかった。
それが緊張からか、落胆からか、それは誰にも分からなかった。
会話もそこそこに夕食は終了し、五人は部屋に戻ってきた。
「男ども、先に風呂に入ってきなさい。」
「おう。行くぞフィカス。」
「え、うん。」
部屋に付いている風呂場は大きかった。
「まぁそんな緊張すんなって!」
「緊張してるわけじゃ……あれ?」
どうしてこう悶々としているのか。
自分でも分からなくなってきた。
「女の子と添い寝する機会なんて、一生ないかもしれないんだぜ。」
「いや、流石に一生は……そうかも……。」
何となく、大人になったら誰かと結婚するものだと思っていた。
けれど、必ずしもそうとは限らない。
出会いがなければ、恋をしなければ、それは一生訪れない。
「なっ?そう考えると、今夜の機会は貴重だぜ?」
「うん……ありがと……って解決にはなってないよね。」
「ガハハ!バレたか!」
広い浴室にジギタリスの笑い声が響いた。
身体にお湯をかけつつ、フィカスは小さく笑った。
「……結婚か。」
その呟きはお湯を流す音に消えた。
将来のこと、未来のことを考えると、不安な気持ちがどうしても押し寄せてきた。
このパーティーで、皆といつまで一緒にいられるのかな?
やっぱり、大人になるにつれて、誰かいなくなったりするのかな?
そう考えると……寂しいな。
「ん……?どうしたフィカス?」
「あ、いや……何でもないよ。」
「そうか。さて、そろそろ上がるか。」
「……そうだね。」
先のことを考えるのは止めよう。いくら想像したって、時の流れは変わらない。早くその時が来るわけじゃない。
それよりも今は……。
目の前のことだ。