82:チラシ
時間は過ぎ、現在は夕刻――。
外食を済ませたフィカスたち三人は、当てもなく町を彷徨っていた。
「――で、どうすんよ?」
「疲れてきたし……そろそろ帰る?」
帝国の調査とフォルフェクスという男の行方を追ってこの町に来たはずなのだが、普通に観光を満喫してしまっていた。
「そうね~疲れたからホテルでゆっくりしましょう。」
「おう!決まりだな!……フィカス!道案内頼むぜ!」
「あー……うん。多分……こっちかな?」
土地勘がない上に辿った道を覚えていない。
ホテルに戻るためには、フィカスの記憶力だけが頼りだ。
……たしか、こっちの道だったと思うんだよね。見覚えがないし。
夕日が町全体をオレンジ色に染める。
こういう風に時間の経過を町中で感じるのは、初めてかもしれない。
冒険者になってからは、ゆったりと時間を感じている暇がなかったから。
「そこの方?」
「はい?」
歩いていると、チラシ配りの男性に呼び止められた。
「これ、どうぞ?」
「はぁ……はい。」
とりあえず受け取ると、男性はすぐに別の通行人のところへと行ってしまった。
「ジギタリス、これ何て書いてあるの?」
「んっと……どれどれ?」
チラシを渡し、代わりに読んでもらう。
「――パーティー……宴の方な。それのお知らせだとよ。明日、夜の八時から……ここに書いてある住所でやるそうだ。参加費を払えば、当日参加も大丈夫だそうだ。」
「あら?それは素敵ね~。」
アベリアは楽しそうな表情を見せたが、ジギタリスの顔はそうではなかった。
「……単なるパーティーじゃなさそうだぜ。」
「……?それってどういう……。」
「まぁ帰ってから話すぜ。サンナとセプテムにも聞いてほしいからな。」
何となく、ジギタリスの考えていることが分かった。
きっと、何か掴める内容なのだろう。
「分かったよ。たしかに……変な気はしたけど……。」
思い出してみれば、チラシを配っていた男性は違うチラシを複数枚持っていた気がする。もしかしたら、相手を見て配るチラシを変えていたのかもしれない。
「……!流石フィカスだな!」
「えっ?うん……ありがとう。」
それから、ホテルに戻れたのは数十分後だった。
単刀直入に言って、道に迷ったのだ。
……僕の記憶力を頼りにしてくれるのは嬉しいけど、それ頼みなのは何とも…………。
「ただいま。」
「……遅かったわね。」
ホテルの部屋に戻ると、ムスッとした表情のセプテムが迎え入れてくれた。
見ると、サンナも似たような顔をしている。
出掛ける前に比べると幾分か空気が和らいでいるが、それでも壁のような、隔たりが二人の間にはあった。
きっと反りが合わないのだろう。それは一朝一夕では消えない。時間をかけて、互いを知っていく必要がある。
「おう!何か空気悪いな!それはとにかく、これを見てくれ!」
「……パーティー……ですか?一体……。」
「……ふーん。何か怪しいわね。これ。」
二人は顔を寄せてチラシを覗き込んだ。その拍子に互いの距離も近くなったが、それを気にする様子はない。
あれ?意外と大丈夫なのかな。
「それで、なんて書いてあるの?それ。」
「二つのパーティーの案内よ。どっちも怪しいけど。」
「一つは帝国軍主催のパーティーです。軍に近づける機会は滞在中にはないでしょうし、行くしかありませんね。」
「もう一つは?」
フィカスの質問に答えたのは、サンナではなくセプテムだった。
「女人禁制のパーティーですって。時代錯誤のくだらない催しね。まぁこのご時世にそんなのを開く気概だけは一流ね。」
「女人禁制って?」
「読んで字のごとく、女性が入れないところよ。今の時代、差別的であるとほとんどの地域で禁止されているけれど、田舎の一部の地域やアンダーグラウンドではまだやっていることもあるわ。」
なるほど。
セプテムの説明にフィカスは納得した。
たしかに、町中でそんな内容のチラシが配られていることは怪しい。
「で、この二つのパーティーに参加するわけだけど、組み合わせはどうするの?」
「……僕とジギタリスは女人禁制の方で決まりだね。セプテムたちは参加出来ないわけだから。」
それで――。
とフィカスは言葉を続ける。
「サンナとアベリアには、帝国軍主催のパーティーに出てもらう。セプテムは、僕とジギタリスと一緒に来てほしいんだけど……。」
「私?まぁ……男装は慣れてるし、それについては問題ないけど……何で?」
「サンナは潜入とかに慣れていると思うし、アベリアもパーティーの経験があると思うから、二人だけでも大丈夫だと思う。けど、僕はそういう経験が全くない。だから、セプテムに来てもらえると心強いんだけど……どうかな?」
まぁ他にも、サンナとセプテムが一緒だと喧嘩しそう、という理由もあるのだが。
「なるほどね。いいわ。そっちについて行く。で……その話は一旦終わりにして、朝の続きをしましょうか?」
朝の続き?何かやってたっけ?
「忘れたとは言わせないわよ。添い寝のジャンケンの話よ。ほら、全員手を出しなさい。」
……忘れていてほしかったな。その話は。
「いくわよ……せーのっ!ジャンケン……ポン!」
セプテムの合図で全員の手が一斉に繰り出された。