80:ドール
「ハァ!?何言ってんのあんた!?」
フィカスの発言にセプテムは睨み、怒鳴りつけた。
「流石にそれはどうかと思いますよ。」
サンナは不機嫌そうに彼を見つめた。
「……あら~。それは……ねぇ……。」
そしてアベリアは頬を微かに朱色に染めながら、フィカスに微笑みかけた。
「いいじゃねぇか!そういうのもよ!」
照れてるアベリアをよそに、ジギタリスは豪快に笑った。
「黙ってろ。」
「ウス!」
サンナの一喝。
腕を組み、溜め息を吐く。
「……あのですね。いくらパーティーであるからと言って、距離が近ければ良いというものではなく……。」
「じゃあ、あんたは参加しなくていいわよ?」
「は?そうは言ってないだろうが。」
セプテムに煽られ、諭すはずが乗ってしまったサンナ。
あれ?セプテムも反対みたいな感じだったけど……それはともかくとして。
「あ、いや、さっきのは口が滑ったというか……だから気にしないで……。」
「ちょっと黙ってなさい。この天使に負けたくないの。」
「そうです。フィカスは静かにしていてください。この蛮族を黙らせたいので。」
睨み合うサンナとセプテム。二人の間を火花がバチバチと飛ぶ幻想が見える。
「……なんか、フィカスと添い寝する前提になってねぇか?」
ジギタリスが耳打ちしてきた。
その通りだ。
別に僕限定の話じゃないのに。何でそんなに熱くなっているんだろう?
「……うん。二人はしばらく収まらなさそうだから、観光に行こっか。アベリア。」
「うん。行きましょ、フィーくん。」
「俺もいるぞ!」
言い争いを続ける二人を無視して、部屋を出て階段を下りる。
外に出ると太陽の位置も高くなりつつあり、暖かな日差しが町を包んでいた。
「どこに行く?と言っても、土地勘がないからどこに何があるのか分からないけど……。」
「とりあえず、歩き回ればいいんじゃね?観光ってそういうもんだしよ。」
「そうね~。そうしましょ~。」
人通りが少ないから、ゆったりと道路を歩ける。
どの建物からも人の声がしないから、この辺は住宅街でお店はないのかもしれない。
「レグヌムに近いってのに、国が違うっていうだけで全然雰囲気が違うんだなぁ。」
「うん。何て言うかこう……静かだよね。」
人々の営みの物音がしてこない。
僕たち以外、誰もいないんじゃないかと思ってしまうほどに。
「あら?あそこってお店じゃないかしら?」
アベリアが曲がり角にある建物を指さした。
たしかに、小さな看板のようなものがぶら下がっている。
「入ってみよっか。」
扉を動かすと、小さく鈴の音が鳴った。
「お邪魔します……。」
薄暗い室内。所狭しと棚とテーブルが置かれている。
「ここって……人形屋?」
中くらいのドールが陳列されていた。
熊や犬をかたどったドールもあれば、精巧にできた人形もある。
可愛らしいはずなのだが、薄暗い室内のせいでどこか気味悪さを醸し出していた。
「良い出来のものばかりだな。これぞ職人技って感じだな!」
「おやおや、若いのに良い目を持っているな……お主……。」
暗がりから突然声がして、心臓が飛び上がった。
カンテラを持った、腰の曲がった老婆だ。紫色のローブがよく似合っている。
「いや~これでも商人の経験がありますからねぇ。良い物ってのは、雰囲気というか……何か見れば分かるんですよ。」
「ほぉ……大したもんじゃな。うちに置いてあるドールはどれも、爺さんが魂を宿した物じゃ。それが分かるとは……面白い。待っておれ。」
よぼよぼと歩き、老婆は店の奥に消えていった。
「ねぇ……大丈夫なの?」
何か怪しい雰囲気がここにはある。
変な物でも買わされるんじゃ……。
「俺は変なもんは買わねぇから安心しろって。きっと目玉商品を取りにいったんだろ。」
「カッカ!分かっておるなお主……これを見せたくてのぅ。」
そう言うと老婆は抱えてきたドールをジギタリスに手渡した。
大きめな、金髪の女の子のドール。
「これは……?」
「曰く付きのドールじゃ。見てみぃ。よくできているじゃろ?」
フィカスはドールを観察してみる。
たしかに凄い。
肌の部分はまるで人肌のようで、ドレスも細かい刺繍がなされている。
魂を宿した。
この言葉の意味がよくわかる一品だ。
「綺麗ですね。作るの、大変だったんじゃないですか?」
フィカスのこの台詞に老婆は首を横に振った。
「いいや。これは爺さんが作ったものではなくてな。気が付いたら……この店にあったのじゃ。」
「……え?」
それって……どういう……。
心なしか、寒くなった気がした。
「別の世界からやって来たドールじゃと、爺さんは言っておったよ。どうじゃ?いらんかね?」
「いりません。」
すっぱりとジギタリスは断った。