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僅かな月明かりのみが頼りとなる丑三つ時――。
暗い廊下を歩く一人の男性がいた。
黒いマントで身体を隠し、美しいプラチナブロンドの髪を持った男。
その男は廊下の突き当りまで進むと、そこにある大きな扉を開けた。
「お帰りなさいませ!軍師様!」
軍師と呼ばれた男は微かに笑い、部屋に置いている椅子に腰かけた。
「さて、私は今回の出来事を見届けていないわけだが……どのような結果となった?」
「はい!偵察兵の報告によると、騒動は沈静したとのことです。」
部下の報告に軍師は眉をひそめた。
「何……?魔物たちが全滅したというのか?」
「はい!そのようでございます!」
こめかみに手を当て思考する。
冒険者は全て外に追いやっていたはず……何が起きた?
「……フム。この私が直々に潜入した作戦が失敗した、か……。」
どこで誤った?
くだらない臣下の真似事までしたというのに……。
「いや、これも一つの結果だ。潔く認めねばならない。私の作戦は失敗した、とな。」
町にまだ冒険者が残っていた、ということになる。城に仕える兵士の実力では、魔物を倒すことは不可能だ。
隠された戦力があったか……しかし……。
「町への被害はどうだ?」
「はい!被害は甚大とのことです!」
「そうか……ならば、問題あるまい。」
思惑通りにはならずとも、爪跡を残すことは出来た。
今、レグヌムは疲弊している。
こちらに仕掛ける力は残っていないはずだ。
「……次の策だ……我が軍に出撃の準備をさせておけ。」
「はい!かしこまりました!二日ほどで準備可能であります!」
「そうか……。では、三日後に出撃する。伝えておけ。」
「はい!」
軍師の思惑は、闇のみぞ知る――。
明朝――。
フィカスは不意に目覚めた。
いつも寝てるベッドよりもずっと高級なはずだが、かえってそれが眠りを妨げたのかもしれない。
「……おはよ。」
「おはよう、セプテム。早いね。」
「まぁ……いつもこんなもんよ。つーか、あんたたちも似たようなもんじゃない。」
セプテムの言葉通り、サンナとアベリアも既に起床していた。
「これで、そいつも起きてたら優秀なパーティーって褒めていたところね。」
豪快にいびきをかいているジギタリスを指さした。
「まぁ……昨日は大変だったから……。」
寝かせといてあげよう、と言う前に――。
「起きろ。」
セプテムがジギタリスに触れた。
「うぎゃおっ!?なんだぁっ!?」
奇妙な叫び声とともにジギタリスは飛び起きた。
きっと、雷でも流されたんだろう。
「っだぁー!殺す気か!?」
「大分加減してやったんだから、死ぬわけないでしょ。」
「おう!それもそうか……ってそういう意味じゃねー!!」
朝から元気だなぁ……でも、険悪であるよりはずっといい。
「おはよう!起きたかしら!?」
バーン!!!
とドアが開かれた。
「徹夜で準備をしたわ。支度が済み次第出発してちょうだい!」
ノウェム登場。
目の下には隈があり、仕事を頑張っていたことが窺える。
「はぁ……朝食はどちらで?」
「こっちよ!ついて来て。」
澄んだ空気を深呼吸し、頭をすっきりさせてからノウェムの後に続いて部屋を出る。
窓から見える外の景色は荒廃としており、夜中にあった魔物襲撃の事件が現実であったことを改めて実感する。
「ここよ。食料を町に配ることになったから、いつもよりも質素だけれど許してね。」
テーブルには豪華な食事が置かれていた。
質素……?
「……なんか格差を感じるわね、この朝食。」
「……ええ。本当に。」
――美味しい。
サンナとセプテムは文句を言いながらも、味わって食べているのが分かった。
「それで、インペリウム帝国に向かう話ですけど……。」
アベリアがノウェムに話しかけ、ノウェムはリスのように頬張っていた料理を急いで飲み込んだ。
「……観光客という設定で潜入してもらうわ。レグヌム方面から来ただけで、昨日はレグヌムにいなかった。今朝来てみたら観光どころではなかったので、先に帝国に来ることになった。という設定よ。」
「どれくらい調査していれば?」
「そうね……三日ほどかしら。帝国はルールとかに厳しいの。深く踏み込み過ぎるのは、観光客といえど危険よ。だから、三日経ったら、成果に関わらず帰ってくるように。」
「――はい。」
朝食後――。
衣服や武器を全て新調していただき、姫様から大量のお金が入った袋を受け取った。
「私がしてあげられるのはここまで。頼んだわよ。」
「はい。ここまでしていただいて恐縮です。」
これで準備は万全だ。
大きく息を吐いて、リラックスするよう自分に語りかける。
これから、完全に未知なる場所に行く。国が違えば、常識が変わる。
これまでの経験とは、また違った困難があることだろう。
「――よし。行こう!」