74:素顔
最初、シャドウが何を言っているのかが分からなかった。
「協力……僕に……?」
何も思考出来ず、ただ聞き返すことしかフィカスにはなかった。
「そうだ。僕が協力してやれば、確実に生存できる。」
頼れると取るか、傲慢と取るか、人によって今の言葉の受け取り方は変わってくるだろう。
ただフィカスは、それを前者に受け取った。
「それは頼もしいけど……何で……?」
「だから、取引だと言っただろう?」
シャドウはフィカスを指さした。
「物質を創造出来る魔法が使えるんだろう?それを僕のために使ってもらう。」
「どういう風に?」
犯罪に手を貸せと言うのなら、断る以外に選択肢はない。
「まずはコップだ。出せ。」
「え?コップ?」
まずは、という言葉が気になったが、拍子抜けだ。もっと凄い内容を言ってくるのかとばかり思っていた。
ギルドで使っているコップをイメージすると、すぐに創造出来た。
「はい。」
「よし。」
シャドウはコップを受け取ると、魔法でそれに水を注いだ。そして、一気に飲み干した。
「……ふぅ。少しはましになった。さて、ここからが本題だ。僕の正体をお前に明かす。」
「……へ?」
一体、何を言いだして……。
国が追っている怪盗の正体が知られるというのなら、それは願ったり叶ったりだが、なぜそんなことを言いだしたのかが理解出来なかった。
「だから、取引だと言っただろうが。」
またしても、思考を読まれた気がした。
「この格好で戦ったら、絶対に噂になるからな。正体で戦った方が、怪盗シャドウとしては都合がいい。ここからが取引内容だ。」
フィカスにぐいっと近寄った。
「お前は僕の正体を言いふらさず、正体を追わない。もっとも、シャドウはもう潮時だと思っているからな、あまり関係ないことだが。その代わりにお前を生存させ、レグヌム城下町を救ってやる。どうだ?」
「どうだって……いや、潮時ってどういうこと!?」
教えてくれない。
と思いきや、あっさりとシャドウは白状した。
「怪盗シャドウの人物像が、だ。噂に尾ひれが付くのは当然だが、あまり広がるのも困ったものだ。そのせいで、シャドウとしての寿命が近い。」
どういう意味だろう……?
噂?それって……複数の魔法が使えるとか……いや、それは事実だった。なら他の……。
「シャドウとしての活動はもう終わり……でもいいか。お前のパーティーにでも入れてもらおう。それと、ここで町を救う代わりに、これまでの罪を帳消しにしてもらって……。」
「いや!ちょっと!何色々言ってるの!?」
考え事をしていたうちに、色々と決まりそうになっていた。
「うるさい。事が済んだら色々話してやる。時間がないんだろう?」
それもそうだった……って誰のせいだと……。
「さて、と……。」
シャドウはアイマスクに手をやって、躊躇いなくそれを外した。
大きめな目があらわになった。
これが……怪盗シャドウの素顔……。
あれ?
この顔……どこかで……?
「意外と反応が鈍いな。顔を見たら悲鳴でも上げると思っていたのに。」
今の言葉。やっぱり、知っている顔……ん?
紺色の髪。褐色の肌。アベリアよりも少し低い身長。
イメージが違いすぎて、気が付かなかった。
この人は――。
「――セプテムさん!?」
「――そうよ。ほんと、気が付かないのね。」
シャドウの声よりも高い声、けれど以前聞いた彼女の声よりは低いこえでそう言った。
「えっ!?何で!?どういうこと!?」
「やっぱり、そういう反応になるのね。めんどくさ。」
シャドウ改めセプテムは溜め息を吐いた。
「私の身長と演技して低めの声を出していたら、世間が勝手に十二歳くらい少年だって言い始めただけよ。」
――そうか。怪盗シャドウとしての寿命というのは、そういう意味だったのか。
少年ならば、近いうちに声変わりがくる。
しかし、女性であるセプテムにそれは再現出来ない。
「え、じゃあ髪は!?」
セプテムと会ったのは二回。
『ヴェイトス・オムニス』という喫茶店で彼女はウェイトレスをやっていた。
その時には、長い髪をおさげに結んでいたはずだ。
「あんなもん、ウィッグ……というかエクステってやつよ。」
「ウィ……エクステ?」
「ようは付け髪ってことよ。他に質問は?ないなら準備して町に行くわよ。」
何だが、理解が追いつかない。
怪盗シャドウは普段はウェイトレスとして働いていたわけで、それで……。
「あれ?じゃあ僕たちと姫様の会話も……?」
「シャドウの話題でしょ?笑いそうになったわよ。私の目の前で私の話をするんだから。」
「ええ……?じゃあ、ウェイトレスも演技だったってこと?」
明るく可愛らしい少女、という印象だったが――。
「全部演技に決まってるでしょ。あんなぶりっ子、現実にいるわけないじゃない。夢見すぎよ。」
「ああ、そうなんだ……。」
何だかもう、わけが分からなくなってきた。
「それじゃ、戦闘準備よ。まずは……右手を出して。」