71:攻防
忙しい回。
「……フィカス――ぶっ叩くもん創ってくれ!」
叫ぶようにそう言い、ジギタリスは正面に突進していった。
「……猪か?」
シャドウは呆れ声を発し、右手を前に向けた。
魔法を発動する構えだ。
しかしジギタリスはシャドウには目もくれず、氷壁のところ――アベリアのところへと走っていく。
「叩くもの……壊すもの……!」
目を閉じ、想像力を働かせる。
ジギタリスが求めている物は……!
「――これだ!」
フィカスが創造したのはハンマー。大工たちが使用していた金槌を大きくしたものだ。
「おう!サンキューな!」
フィカスはハンマーを投げつけ、ジギタリスはそれをキャッチするとそのまま氷壁へ叩きつけた。
ガラスが砕ける音が響き、氷壁が崩れさった。
動けると同時にアベリアは床を蹴って、シャドウへと拳を突き出す。
「……ふんっ。」
シャドウはその場から動かなかった。左足を上げ、それを勢いよく下ろしただけだ。
だがそれだけで、床から突如として岩が隆起しアベリアの拳を受けた。
「……うくっ……!」
アベリアは岩と激突した衝撃に顔をしかめた。けれど、力は弱めずそのまま岩壁を打ち砕く。
火山で岩壁を破壊した時の痛みに比べれば、こんなの……!
「……チ。」
アベリアに僅かに気を取られた隙に、フィカスがシャドウに接近していた。
それと同時にジギタリスも背後から迫っていく。
前方の小剣と後方の大剣――どうやって捌くか……いや……。
耳に入ってきていた風音が消えるのを感じた。
想定していたよりも早い。他に気を取られたせいで、風魔法への意識が疎かになっていたか。となると、最優先事項は――。
「お前からだ!」
シャドウは振り向きざまに左手を空中へと向けた。
ターゲットは桃色の髪をした黒づくめの天使。
「……ッ!ジギタリスッ!」
「おうよ!」
フィカスがシャドウの動作を見るや否や叫んだ。
それに大男が呼応し、大剣を天に向けて掲げた。同時に天使が落下するように着地した。
次の瞬間、シャドウの左手から青白い閃光が発射された。
それはシャドウの目論み通りサンナには行かず、ジギタリスの大剣に吸い寄せられた。
「あばばばばば!!」
体感したことのない痛みに、ジギタリスは戦闘中にも関わらず変な声を上げた。
その様子を見て、シャドウは内心驚いていた。
今のは……避雷針か!
前回、一度見せただけの雷魔法の対策をしていたのか。
「まったく……味な真似を……ッ!」
風魔法で空中へと逃げ、アベリアの攻撃を躱した。そして、そのまま炎魔法を発動し、巨大な火球を床へと叩きつけた。
「……って拙い……!」
カッとなって、殺す勢いの魔法を撃ってしまった。
こいつら自体は悪ではない。殺すのは本意ではない。
だが、シャドウの懸念通りにはならなかった。下方から突風が吹きわたり、火球は火花を散らしながら消え去った。
「……フゥ。」
「すげえぜアベリア!」
右腕を空中へと伸ばし、固まっているアベリアが目に映った。
「……まさか、撃ち返したのか?」
「ええ。そのまさかよ。」
余裕そうに返事をしたが、心臓はバクバク言っていた。
ふぅ……撃ち返せて良かった~!
肉体強化魔法を強く発動して身体を動かせば、その勢いで衝撃波が発生することは分かっていた。ならば、その加減を上手く調整出来れば――。
実践したことはなく、ぶっつけ本番になってしまったが、結果的に上手くいった。
「オラッ!」
ジギタリスが大剣を投げつけた。
シャドウは着地してそれを避け、斬りかかってきたサンナの刃を短刀で受け、そのまま交戦に入る。
「…………ジギタリス!」
大剣を創造し、フィカスはそれを手渡した。そして、己はサンナの加勢に入る。
フィカスはシャドウの背中側へと回り込み、その地点から小剣を振るう。
「……チッ!」
苛立たしげに舌打ちし、サンナの攻撃を薙ぐと身体を回転させ、空いている左腕でフィカスに殴りかかった。
「えっ!?」
小剣に対し素手できたシャドウにフィカスは同様する。このまま斬りかかっていいのか。その思考が彼の動きを一瞬緩めた。
「ぐぅ!?」
シャドウの左拳から氷柱が幾つも生え、それが小剣を受けフィカスの手に刺さった。
こんなことも出来るのか……!?
後退しながら、フィカスはシャドウの能力に驚嘆していた。
単純な才能だけでなく、応用力がある。それゆえに、予測が難しく、且つ高度な戦術をやってのけている。
「喰らえっ!」
振り下ろされた大剣を、風魔法を纏った短刀で横へと払い、そのまま身体を移動させサンナの攻撃を回避。火球を繰り出し四人を怯ませる。
よし。これで――。
シャドウはその隙にガラスケースを叩き割り、中のオーパーツを手に取った。
――後は撤退するだけだ。
「逃がすかっ!」
再び斬りかかってきたサンナのナイフを短刀で受け、そのまま迎撃しようとしたところで、視界の隅に銀の鈍い輝きが映った。
その正体は大鎌。
死神が持っていた大鎌を創造したフィカスが、それをシャドウの足元めがけて振ったのだ。
シャドウは風を纏いジャンプしてそれを避けた。ジギタリスが大剣を振り上げるように振るってきたが、さらに上空へと移動して刃から逃れる。
「そうくると思っていたぞ!」
金色の翼をはためかせ、サンナがシャドウの頭上を取っていた。
「ふん……不意打ちにもならない……ッ!?」
高度を落とし、サンナの空中からの攻撃をも躱したシャドウ。
その身体に、アベリアの強打が決まった。