69:博物館
「ここがプラエタリタ博物館か……広いな。」
ノウェムの話を聞いた翌日、実際に博物館に下見に来たわけだが――。
「例の箱は……こっちです。」
とにかく広い。三階建てで複数の階段、通路から博物館はなっている。複雑さに加え、改修工事によって通れない箇所が幾つかある。
パンフレットを四人で覗き込むが、どうにも理解出来ない。
『魂を見つめる箱』は一階の最奥部。照明が絞られたオーパーツコーナーに飾られていた。
「何というか……普通に置いてあるんだね……これ。」
シャドウに狙われる代物なのだから、さぞかし立派なガラスケースに入れられているのかと思いきや、他の展示品と同じく普通に設置されていた。
箱をじっと観察してみるが、特に目立つ装飾も煌びやかな細工も何もない。
木と鉄を組み合わせて作られた、本当に普通の箱のように見受けられる。
「他に展示してある物も、あまり目立ちませんね。」
近くに置かれているオーパーツも見てみるが、どれも価値が分からない物だ。
「『魂に語りかける箱』……ですって。何が違うのかしら~?」
アベリアが見つめるのは、これまた長方形の箱。一つの面の左右にきめ細かい金網が取り付けられている。
「これは……『万物を覗かせる箱』……何なんですかねこれ?」
大きなほぼ正方形の箱。一面だけガラス板で構成されている。
「変なもんばっか置いてあんなここ。下見は済んだし早く出ようぜ。退屈だ。」
大きく伸びをし、欠伸をするジギタリス。
「気持ちは分かりますけど……作戦を立てないと。」
「作戦?」
「ええ。ここで戦うわけにはいきませんから。」
それもそうだ、とフィカスはサンナの言葉に頷いた。
これだけ物が置かれた部屋で戦闘を行えば、被害は甚大だ。
それに戦いにくい環境でもある。動き回れるだけのスペースが必要だ。
「確かにサーちゃんの言う通りね~。でも、どうするの?」
「館長さんに頼んで、他の展示物をどけてもらう?」
「それが一番ですが……一介の冒険者の言うことを素直に聞き入れてもらえるとは……。」
「それは大丈夫だ!」
ジギタリスがグッドポーズをした。そして、自信たっぷりにこう言った。
「サンナが ”しっかり” 頼めばな!」
「……?」
ノウェム姫様からの言伝があると言い、スタッフルームに通してもらった。
……実際は姫様からじゃないんだけど、いいのかな……?
「はじめまして。私がこのプラエタリタ博物館の管理を任されている者です。」
小太りの初老の男性だ。
「早速ですが、ご用件を。」
「はい。怪盗シャドウを待ち受けるためのスペースが必要です。」
サンナが代表して話し始めた。
「ふむ……それで?」
こちらを下に見ている……。
直感的に、アベリアはそう思った。
きっと、こちらが穏やかに、下手にでたとしても、取り合ってくれないだろう。
「今回、狙われた代物以外の展示物を別の場所に一時的にでいいので、移動してほしいのです。」
「それは困るよ、君。怪盗の件も確かに問題だ。けれど、展示物をむやみに動かしては、お客様に迷惑をかけることになる。その責任を取ってくれるというのであれば……話は別だがね。」
やっぱり取り合ってくれない。
今ここで頷いてしまえば、大金を取られる話になってしまうことだろう。
その意図は、こういう駆け引きに詳しくないフィカスにも感じ取れた。
姫様からの伝言であるからと言って(それは嘘なのだが)、子供からの意見では聞き入れてくれない。ここで食い下がっても、話が良い方向に進みはしない。
別の作戦を考えた方がきっといいよね……それにしても……。
どうしてジギタリスは、あんなに自信があったんだろうか?
商人としての生活経験もある彼なら、こういう事態も経験があり、想定出来ていたはず。
サンナなら、こういう事態に対応出来ると思ったから?
いや、彼女が特別、交渉術に長けているわけではない。むしろ、サンナはこういう時……。
そこまで思考して、ジギタリスの思惑に気が付いてしまった。
それと同時に、静かにしていたサンナが口を開いた。
「……は?」
そして、ただその一音だけ発した。
部屋が凍りついた気がした。
暫し沈黙がこの場を支配した。殺気とも言えるサンナの威圧感が館長に襲いかかり、そのプレッシャーに耐えられなくなったのか、館長はハンカチを取りだし額の汗を拭った。
「……わ、分かった。姫様からの言伝でもあるわけだし、君たちの言う通りにしよう。」
「どうも。では明後日、予告日にまた来ますね。」
「あ、ああ……頑張ってくれたまえ…………。」
……うん。やっぱり、こうなるよね。