68:テンション
大工たちのレストラン建設作業を手伝い始めてから数日後。
レグヌム城下町を騒がせる知らせが一通届いた。
「ほーん……怪盗シャドウからの予告状だってよ。」
エレジーナの貸家にて。
テーブルに座りパンをかじり、新聞を読んでいたジギタリスが落ち着いた声音でそう呟いた。
「えっ、リアクション……どんな予告状なの?」
ジギタリスらしからぬテンションに驚くフィカス。
「プラエタリタ博物館に来たんだってよ。まぁここはエレジーナの予想通りだ。で、その内容なんだが――。」
新聞に描かれた挿絵を見せてきた。
「これだ。『魂を見つめる箱』を盗むんだとよ。」
「う~ん……。」
絵を見て、思わず唸ってしまった。
あまり大きくない、横に長い長方形の箱。中央に目のような大きな丸いガラスが付いている。
「……何なんだろう、これ?」
「俺も分かんねぇだこれ。だから何でこんな物を盗むのかも分かんねぇし……。」
「ああ、それ。いわゆるオーパーツですよ。」
新聞を覗き込んできたサンナがそう言った。
「オーパーツ?」
聞いたことない言葉に、首を傾げる二人。
「今にはない技術で作られた古代文明の代物……ってところですかね。私は昔の人の方が技術があるとは思っていないので、大した物とは思っていませんが。」
「まぁ……そりゃそうだよな。」
古代人よりも現代人の方が優れた技術を有している。文明の進化、道具の発展、そのような点から見ればごく当たり前である。
そのため、オーパーツの存在を本気で信じているのは考古学者とそれ関係のマニア、あとはスクープ好きの人くらいである。
「それで、シャドウがこれを盗みにくるって……。」
「そういうことよ!」
ババーン!!
と音が聞こえるような、見事な仁王立ちをしたノウェムが部屋にいつの間にかいた。
「えっ?姫様?え?」
「ふふん。混乱するのも無理はないわ。何しろ、あの怪盗シャドウが大勢にとって紛い物に思えるオーパーツを盗むと予告したのだから。」
「あ、いえ、そこじゃなくて……いつ来たんですか?」
「あ、そこ?」
得意げな顔から気が抜けた表情へと変わった。
「エレジーナに入れてもらったのよ。それで、怪盗とその他の話をしたいのだけれど……。」
「どうぞ。そこにお掛けください。」
投げやりな態度でサンナが席をノウェムに勧めた。
段々とノウェムのテンションに疲れてきたのかもしれない。
「ありがとう。失礼するわね。それでだけど……作戦会議をするわよ!」
バババーン!!!
と音が聞こえるような、得意げな表情でノウェムは語り出す。
なんか……子供っぽい。
「現在、怪盗を捕らえるために動けるのは貴方たちしかいないわ!予告の日時は三日後よ。」
「あ、その日は私、仕事が入ってるんで行けませーん。」
部屋の隅に立っていたエレジーナがそう発言した。
「あら?なら仕方ないわね……フィカスたち四人に頑張ってもらうしかなさそうね。」
「あの……この町のギルドからは、誰も来れないんですか?」
「そこなのよ……。」と不満げに呟いた。
「近隣からモンスターの姿が確認出来ないって話で持ち切りなのよ。それで、その調査でギルドは今、いっぱいいっぱい。怪盗の件に誰も手が回らない状況よ。」
「どうして、そっちで持ち切りなのですか?」
町の近くにモンスターがいないということは、はっきり言って良いことだと思える。
「モンスターが町に寄りつかないのは分かっていることなのだけれど……全くいないってことは、はっきり言って異常よ。近くに森もあるし、強いモンスターもある程度いるのが普通なの。しかし、それらが一切いない。」
「その原因を突き止めるのに、ギルド単位で動いている……と。」
ノウェムはサンナの言葉に頷いた。
「そうよ。モンスターが姿を消したって事態は過去にもなかったみたいだし、天変地異の前触れだとか言う人もいるわ。と、その話は置いといて……。」
咳払いを一つし、話題を元に戻す。
「その話が原因で、怪盗に割ける人材が残っていないの。だから、本当に貴方たちだけが頼り。報酬は私から出すわ。だから、博物館で怪盗を待ち受けてくれないかしら?」
「俺たち四人でシャドウと戦う……美術館で戦った時と同じだな。」
「けれど、今の私たちはあの頃とは違うはずよ。」
「何しろ、やって損はありません。どうです?」
パーティーメンバーの視線がフィカスに集まる。
「もちろん、やります!」
あの時とは、経験もパーティーの絆も違う。
正義感ももちろんあるのだが、自分たちがどこまで強くなったのか、それを確かめてみたいという気持ちもあった。
大丈夫……。
フィカスは自分に言い聞かせる。
生死を賭けた戦いは、何度か経験がある。だから――。
もう怯む必要はないんだ。