66:威嚇
「……どうしたんですか?その格好?」
夕方――。
土汚れが目立つエレジーナを見て、サンナは呆れ声でそう尋ねた。
「久々に運動してたらねー。こうなっちゃってね。」
「はぁ……とりあえず、風呂に入ってください。」
「はいはーい。」
エレジーナとウルミは貸家の風呂場へ。マカナはギルドへ行くと言って出ていった。
「フィカス、服を洗濯かごに入れておいてください。」
「うん。分かったよ……えぇ?」
女の子の服を自分に任せるのはどうなのか。そんな疑念が浮かんだ。
「アベリア、頼むよ。」
「は~い。」
衣服のことは任せて、フィカスは台所へと移動。
何か飲み物を用意しておこう。
それから十数分後――さっぱりした様子のエレジーナたちがリビングにやってきた。
二つ置かれたソファに各々座り、フィカスが用意しておいたジュースを飲む。
「それで?本当のところは何があったんですか?」
「本当のところはですねー仕事をしてたんですよー。」
アサシンの仕事……何となく想像がつく。
「まぁ失敗したんだけどねー。」
「失敗?エレジーナが?」
サンナが驚いた声を上げた。彼女の強さはフィカスたち全員が知っている。その彼女が飄々としているが、失敗と口にした。
「一体、どんな奴が相手だったんだ?」
皆の疑問を代表してジギタリスが口にした。
「それは秘密事項ってやつですよー。言えませーん。」
「六号ちゃん、どんな奴と戦ったんだ?」
「シャー!」
懐いていない野良猫のような威嚇をウルミはした。
どうやら、話す気はないらしい。
「まぁまぁ落ち着いて。それでフィーくんたちは今日、どうしたの?観光したんだろー?」
「うん。庭園に行ってそれから……あれ?」
朝、エレジーナが言っていたことを思い出す。
フロス庭園が自分たちに関係がある……と。
「アベリアのお姉さんがいること、知ってた……の……?」
質問を言いながら、あることに気付いてしまった。
エレジーナと初めて会った時の言葉だ。
確か……良い子か悪い子か……。
「まーねー。アモローザさんとは、色々と縁があってね。もう気付いたみたいだから言うけど、フィーくんたちと会うきっかけを作ったのは彼女だよ。」
やはりそうなのか……。
「あの時の私は、本気で君たちを殺す気はなかったから、その点は安心してねー。」
「そう……やっぱり姉さん、怒ってたのね。」
寂しそうな、諦めたような、そんな複雑な表情でアベリアがそう呟いたが、エレジーナはそれをすぐに否定した。
「いえいえ、そういう感情はあの人にはなかったよー。もっと単純な、何て言うかな……ただ調べてほしい、みたいな感じの依頼だったよ。」
「それもまた……姉さんらしいわ。」
「あ、えっと……エレジーナは他にどこか、いい名所知ってるかな?」
空気がしんみりとしてきた。
それをフィカスは機敏に感じ取り、別の話題を出した。
「名所ねー……六号ちゃん、何か知ってる?」
「……。」
ウルミは何も言わず、ただ首だけを横に振った。
「知らないかーそーだねー……博物館はどうかな?庭園とは反対の方にあったと思うよー名前はえっと……忘れた。」
何とも曖昧な情報なのがエレジーナらしい。
「博物館……ってどういうところなの?」
農村育ちのフィカスにとって、そういう何かを大切に展示する空間は馴染みがなかった。美術館はイメージがつくが、博物館となると想像が及ばない。
「おう!簡単に言うと、学術とかでの貴重品を集めたところだぜ!」
「学術?」
「例えば、大昔の動物の骨とか、空から降ってきたお星さまとか、かしら~?」
そういう場もあるんだ。勉強になりそうだ。
「結構面白そうだね。今日……はもう夕方だから、明日にでも行ってみたいな。」
「それなら多分、近いうちに無料で入れると思うよー。」
「何でですか?」
「怪盗が来そうな候補地だからさー。きっと姫様から行ってほしいって頼まれるよー。」
怪盗シャドウ。これまで高価な美術品を幾つも盗んでいった、国一番の大泥棒だ。
奴が貴重な物を求めて博物館に来るという線は、確かにあり得る。
「そっか、シャドウの話もあるんだよね……ちなみに、エレジーナは博物館の何が特に貴重だと思う?」
あらかじめ目星が付いていれば、姫様からの仕事もやりやすくなるだろう。
「いや、私は行ったことないんだよねー博物館。」
駄目だった。
「そ、そうなんだ……六号……ちゃんはどう?何か……。」
「シャー!」
また威嚇してきた。
こっちも駄目だったか。