65:甘味
晴天の午後――。
フィカスたちはいつもよりも天真爛漫なアベリアに連れられ、お洒落な喫茶店にいた。
「私、こういう美味しそうなものを食べてみたかったの。」
「うん、そうなんだ……。」
メニューを眺めるが、フィカスにはそこに何て書いてあるかが分からない。日常的な単語を幾つか覚えてきたのだが、ここにあるメニューはそれでも分からない。
「俺は何でもいいや。なんか居心地悪いしな。フィカスはどうするんだ?」
周りには若いカップルばかり。それがジギタリスの肩身を狭くしていた。
どうやら彼は、こういう空間が苦手らしい。
「えっと……僕も何でもいいかな……?サンナはどうするの?」
「私はコーヒーでも……。」
「ダメよ!」とアベリアがサンナの台詞を遮った。
「せっかくこのお店に入ったんだから、美味しいものを頼まないと。私はこのアンミツっていうのにするから、サーちゃんはパフェにしたらどうかしら?」
「じゃあ、それで。」
気だるげにそう答え、水を口に含んだ。
「僕はサンナと同じのにするよ。ジギタリスは?」
「俺は……じゃあアベリアと同じので。」
「決まりね~。」
よほど食べるのを楽しみにしているのか、ニコニコと満面の笑みを浮かべたまま注文をした。
いや、違うか。それだけじゃない。
きっと、自分のことを知ってくれた存在が出来たことが嬉しかったのだろう。
これまでは姉の影響で大人しく、常に控えめで人に迷惑をかけないように笑顔をつくっていた。けれど、今の笑顔は今までとは少し違う。
過去の出来事を全てひっくるめて今の自分がある。そういう風に納得して、清算して、吹っ切れた。
だから今のアベリアは、これからの彼女は、これまでずっと抑え込んでいたありのままの自分でいられる。素顔で、素直に生きていける。
そんな開放感だとか、清々しさとか、ポジティブな感情を大いに含んだ笑顔だ。
「お待たせしました。」
「わ~美味しそうね~。」
四人の前にそれぞれ注文した甘味が置かれる。
「思ったよりも大きいですね。」
「うん……。」
食べきれるかな?
そう不安に思ってしまうほど、パフェは大きかった。
「そういえばだけどよ、金は大丈夫なのか?結構高いぜこれ。」
「ああ、それでしたら大丈夫です。食費と宿泊費はエレジーナのおかげで節約出来ますので。これくらいの贅沢、たまにはいいでしょう。」
「おう!それなら安心だな。じゃあ食おうぜ!」
「うん。いただきます!」
スプーンで一口、恐る恐る食べてみると――。
「美味しい!凄い美味しいね、パフェって。」
フルーツと生クリーム、他にもチョコレートやアイスクリームが乗っている食べ物。
初めて目にし、口にしたがこれほど美味しいとは。その感動を分かち合おうと、フィカスが正面に座るサンナを見ると……。
「そうですね。」
と、そっけない返事。けれど目はキラキラと輝いており、美味しいと顔に書いてあった。
「ん~!」
アベリアは一口食べるたびに頬に手を当て、上品に味わっていた。
ジギタリスは何も喋らず、一心不乱にあんみつを口へと運んでいた。がつがつと音がしそうな食べ方だ。
何ともまぁ、対照的な食べ方の二人だ。
「アベリアは子供の頃、こういうものを食べなかったんですか?」
「おいおい、アベリアにだけ訊いて、俺たちに訊かないのは何でだ?」
「いや、二人はどうせ食べたことないんでしょう?聞くまでもありません。」
「おっそうだな!」
ガハハ!とジギタリスは豪快に笑った。
「私はこういうお菓子を食べたことがなかったの。記憶にないだけで、小さい頃に食べたことがあるのかもしれないけど……。」
「そうですか。では、夢が一つ叶ったってところですかね。」
「……うん!」
楽しい時間、美味しい食べ物というものは、いつもあっという間になくなってしまう。全員、甘味をすぐに食べ終えてしまい、サービスで出されたお茶を啜った。
「またいつか、頑張ったご褒美としてここに来ようね。」
「うん。そうだね。」
席を立って会計に向かい金額を聞いた瞬間、サンナが呻いた。
想像していたよりも高かったらしい。
「ありがとうございました。」
支払いを済ませ、店の外に出るとこう言った。
「ジギタリスの言った通り私たちの稼ぎには高い店なので、あまり来ないようにしましょうか。この店。」