63:霊体
「チッ!」
牽制として炎をばらまくが、小柄な少女には当たらない。
六号と呼ばれる少女――ウルミはその体躯にアンバランスな長剣を引っ張るように構え、ネモフィラと距離を保ちつつも肉迫していった。
開幕で鉄杖を奪われたのが痛いな。反撃が出来ない……!
鉄杖を奪った鞭は遠くへと捨てられた。攻撃を避けつつ拾いに行くのがベターか。
魔法で反撃することも可能ではあるのだが、ここは森の中。むやみやたらに炎を使うわけにはいかない。
ましてやここは国境線の傍。ここでの騒ぎを隣国を刺激しかねない。
「……。」
幼き少女は無表情で剣を振ってきた。
「……フンッ!」
攻撃こそしてくるものの、そこに殺気は宿っていなかった。本気で殺すつもりはないらしい。
スクォーラを孤立させることが狙いか……。
敵の狙い通りなのは癪だが、ここは大人しく従った方が良い。
そう判断し、ネモフィラは己の武器を拾いに行くことを諦め、逃げに徹することにした。
「ネモフィラくん……見えなくなっちゃったな。」
木々の奥へと消えた様子を見て、リコリスはため息を吐いた。
自分の前には、モーニングスターを構えた茶髪の少年一人。
僕が勝って余所の応援に行くのが、一番勝率がいいかな?いや、少しすればラフマが帰ってくるか。
それならば、ラフマが来るまで持ちこたえる方が楽か。
何とも人任せな思考をしつつも、リコリスは武器を取り出す。
「まっテキトーに相手するから、かかって来なよ。」
なんか、変な奴だな……。
マカナの持つ、リコリスへの印象はこうであった。
でも、警戒はしとかないとな……。
リコリスは右手にナイフを持ち、左手には剣と言って差し支えない長さのナイフを握っていた。
変則的な二刀流だ。
今までに見たことのない戦闘スタイル。それを相手にするのならば、自分は使い慣れた武器の方が良い。
そう判断してモーニングスターを捨て、木製の幅の広い剣を二本取り出した。刃の部分には歯のように黒い石が並んでいる武器だ。
「まぁ……こっちも仕事なんで。行きますよ。」
先に攻撃を仕掛けたのはマカナ。叩きつけるように剣を振り下ろした。
だが、剣は何にも当たらずただ空を斬って振り下ろされた。
「……なっ!?」
リコリスの身体が半透明になっている。
何が起きた……!?
「僕は幽霊だからね……っと敵の情報は前もって調べておくことをオススメするよ。」
そのまま前進しマカナの身体をすり抜け、背後を取る。そして、霊体化を解除し実体を取り戻した剣を振るった。
「……っ。」
後ろを見ずに身体を左へと流し、すれすれのところで剣を避ける。その後、右足を外へと向け、振り向き様に剣を振るう。
「おっと!」
互いの刃がぶつかり合い、鈍い振動が腕に伝わってくる。
「……。」
マカナは膝を抜いてリコリスの左手側へと移動。右手の刃で突きを繰り出す。
それに対してリコリスは半身になって左の剣で器用に刺突を受け止め、刃を左に流すと同時に前進。間合いを一歩詰めるとともに右手の刃を繰り出した。
「……ッ!?」
そのナイフでは当たらない。そう思っていたマカナは、自身に触れた刃に驚いた。軽く斬れただけだが、己に相手の刃が届いた。その事実に動揺する。
「ナイフだと届かないはず……何を……?」
急いで距離を取り、冷静さを取り戻すためにそう問いかけた。
「僕の刃をよく見てみなよ。」
隠すどころか挑発するように右手の武器を見せてきた。
「……なるほど。」
先ほど見たナイフではない。リーチが明らかに違う。
タイミングがあるとすれば、彼が半身になった時。死角となった右手の武器を持ち変えたのか。
「見えないようにしてるんだけど、僕は長さの違うナイフをいくつも持っている。それを使い分けて戦うのが、僕のスタイルってわけさ。」
「アサシンみたいだな……。」
「似て非なる存在さ。アサシンくん。」
厄介な戦術だ。けれど……。
「俺に喋っていいのか?不利になるぞ。」
「いいや。不利にはならない。それに、こういうのは、話した方が効果的なのさ。さぁ、悩みながら戦ってくれ。」
自信たっぷりに喋るリコリス。それに……と付け加える。
「僕には霊体化もある。一つひとつは対処できるだろうけど、組み合わせると中々骨が折れるだろうからね。この戦い方でラフマが来るまで、たっぷりと粘らせてもらうよ。」
勝ち筋は一つだけではない。
このように情報を敢えて一気に与えることで、敵は逆に混乱する。
これが奴の戦闘スタイルというわけか……。
攻略するのは、中々骨が折れそうだ。