61:不法者
レグヌム領土の端に位置する森の中――。
国境線のすぐ傍であるこの地点は、一般人が訪れることはまずない。
訪れるとすればそれは、商人や学者、冒険者、そして――。
「しっかし面倒だよねぇ。不法入国者の取り締まりなんて。」
生まれつき幽霊としての性質を併せ持つ少年・リコリスはそう言って欠伸をした。
「国からの依頼だ。真面目にやれ。」
そんな彼を叱ったのは、黒衣を纏った銀髪の魔法使い・ネモフィラだ。
「それで、何か聞こえるか?」
「……うん。奥から何か走ってくる。多分それ。」
頭部に生えた犬耳を澄まし、武闘家の少女・ラフマは静かにそう告げた。
彼女は戦闘獣人・ワーウルフと人間のハーフであり、人間の外見をしているが戦闘時には獣人としての力を発揮する。
「足音的に……三人かな?どーすんの?」
「ここで待ち受ける。」
端的にそう回答した、長身の青年。
レグヌム国王より”勇者”の称号を与えられた戦士・スクォーラだ。
この三人をまとめるパーティーリーダーでもある。
「不法入国者が、まともに話をしてくれるとは思えないよ。スクォーラくん、どうするのさ?」
「まずは会話だ。それで駄目なら、武力行使にでる。」
「あーやっぱり?あ……あれかな?」
そうこうしているうちに、暗い森の中から屈強な男性三人が走って来た。
三人とも大きな袋を背負っている。恐らく、盗みでも働いてきたのだろう。
「で、交渉役は誰がやんの?あたしは、そういうの苦手なんだけど。」
「ラフマがそういうのに向いてないのは分かってるよ。僕がやろう。」
木の陰から出ていき、リコリスは三人の前に立つ。
「そこの男性方、ちょっといいかい?」
「あ?んだテメェ?」
あー怖いなこの人たち。いかにも犯罪者って感じの見た目してるよ。
失礼なことを心の中で述べつつ、リコリスは表面上は穏やかに語りかけた。
「多分だけど、入国の手続きしてないよね?というか、ちゃんと国境通ってないよね?」
「はっ!ガキがなんだ?正義ぶってここに来たってのか?」
リコリスは頭を掻く。
「うーん……質問に答えてほしいんだけど、まぁ別にいいか。とある筋からリークされてね。君たちがここを通るのを待ってたんだ。」
「政府の犬ってわけか。点数稼ぎもいいが、命は大切にした方がいいぜ。」
下品な笑いをしながら、男たちは次々に武器を取り出した。
交渉は失敗みたいだね。当たり前か。
「犬ってところだけは、一人該当してるんだけど。とりあえず、抵抗するってわけだね。さぁ、かかって来なよ。僕が相手をして……。」
「どぅあれが犬だ!?」
ラフマが飛び出し、跳躍して上空から腕を振り下ろした。ワーウルフの力が宿った爪から白い衝撃波が発生し、地面にその爪跡を残す。
「ちょ、ラフマ。まだ僕が話してたんだけど……。」
戦闘開始。リコリスの声はその場に取り残され、誰の耳にも届かない。
ラフマに続いてネモフィラとスクォーラも飛び出し、それぞれ一対一での戦いを始めた。
「くそがっ!死にやがれ!」
剣を鉄杖で受け止め、ネモフィラは敵の刃を弾くと同時に腹に突きを入れる。
魔法を使うまでもない。
「ぐぉ!」
怯んだ男に二撃目、三撃目を叩き込み、地面に伏させる。
弱いな。明らかにただのチンピラだ。犯罪者相手であるとはいえ、俺たちでこの仕事をする必要があるのか?
「りゃあっ!」
ラフマは獣人の爪で敵の剣を叩き折った。こちらも問題ない。あと一人は……。
「ヒ、ヒィ!」
「……。」
レイピアが細かく、そして鋭く振るわれ敵の剣を叩き落とす。そしてそのまま間合いを詰め、喉元に先鋭を突きつける。
「いや~流石スクォーラくん。見事な手際だね。」
「ちょ、あたしが下手みたいじゃんそれ!」
「うん。無闇に怪我させないか見ていて不安だったよ。」
軽口を叩きながらリコリスは縄を取りだし、三人の男を拘束した。
「はい。これでOKだ。あとは国境にこの人たちを連れて行くだけだけど……。」
誰が連れて行くか。
「いやいや、あんたでしょ。一人だけ働いてないんだから。」
ラフマがジト目でリコリスを見つめる。
「僕は交渉人という大役をやったじゃないか。」
「面倒な奴らだな。ラフマ、お前が行ってこい。」
見かねたネモフィラがそう指示した。
ラフマはぶつくさ文句を言いながら、男たちの縄を引っ張る。
「仕方ないなぁ。あたしが行くけど……さっき何か聞こえたから、一応警戒しといてよ。」
「……何の音だ?」
沈黙を通していたスクォーラが口を開いた。
「そこまでは分かんないや。一瞬だったし。多分、リスとかだと思うけど。一応、言っておいたからね。あとで文句言わないでよ。」
「先に帰んないでよ!」と言ってラフマは国境の方へと歩いていった。