60:会食
「お父様、浮かないご様子ですが、一体どうされたのですか?」
フィカスたちがフロス庭園にいる頃――。
ノウェムは実の父である国王とその臣下の者たちと共に食事をしていた。
会話はほとんどなく、広い部屋で食器がこすれる音だけがカチャカチャと響く。その空間では、ノウェムの声は部屋中に行き渡った。
「いや……隣国と些細な問題があってな。それについて、少しばかり悩んでいたところだ。」
「些細な問題……ですか?私は何も聞いておりませんが。」
「ノウェム、お前が知る必要はない話だ。大丈夫、国王として私がどうにかする。」
重苦しい雰囲気を纏い、国王は静かに、しかしはっきりとした声でそう言った。
「分かりました。お父様にお任せいたします。」
実の娘であり跡継ぎの王女に話さないのはどうかと思ったが、本人が秘密にしたのなら仕方がない。
本当はこの場でその話をする予定だったのかもしれない。けれど、娘が会食に参加しているので先送りにすることにした。
そんな思惑が何となく、直感に近いものとして感じ取れた。
だから、追及することもなく、ノウェムはただ静かに頷いた。
親子の会話はそれで途切れ、再び食器がこすれる音のみが部屋を支配する。臣下たちも国王が何か発言するのを待っているが、自分から発言を促すような大それたことは出来なかった。
そんな気まずさを含んだ空気は、不意に開かれた扉によって壊された。
「どうもー。お話を訊いたら、こちらでお食事をしているとのことでしたので。お昼に約束していたエレジーナです。」
城に似つかわしくない、黒く大きな布を纏い身体を隠した女性。その後ろには同じような格好をした男女が一人ずつ。
当然、この部屋にいる者たちは怪訝な顔をし、次いでこの突然の来訪者を摘みだせと口々に言い始めた。
「エレジーナ?どうしたの?」
そんな中、ノウェムだけが立ち上がりエレジーナに近寄った。
「今度はこんにちはですね、姫様。今回は姫様にではなく、他の方に用事がありまして――。」
周りを全く気にしない素振りできょろきょろと部屋を見渡し、とある男性に目を止めた。
国王、ノウェムと同じく全く騒がなかった若い男性だ。
「ああ、いたいた。」
その男性に近づくと、エレジーナは前傾になり耳を男性に近づける。
「国境線の近くにある森だ。そこにいる。」
他の誰にも聞こえぬ小さな声で、男性はエレジーナにそう告げた。
「どうもー……失敗する可能性が高いですが。」
「失敗しても構わない。」
「はいはーい。」
何の話をしているの……?
騒ぎが広がり、警備兵に保護されたノウェムは遠目にエレジーナたちを見つめる。
あの人は……確か……。
レグヌム城に来てまだ日の浅い新人。見習いのような扱いを受けていた気がする。
「じゃあ帰りますか。六号ちゃん、マカナくん、行くよー。」
「待て不審者め!話がある!こっちに来い!」
帰ろうとしたエレジーナたちだが、当然のことながら駆けつけてきた警備兵たちによって囲まれ、武器を突きつけられていた。
「あーいや、私たちは……。」
ホールドアップし、困ったような顔を見せる。
「待って。その方たちは私の友人よ。解放してあげて。」
ノウェムの助け船。
その言葉に警備兵たちは驚いていたが、姫様の命令とあれば仕方なし。武器をおろし道を開けた。
「姫様に免じて帰してやるが……次はないと思え。」
ギロリと睨みつけるが、エレジーナはどこ吹く風。
「お邪魔しましたー。」
手をヒラヒラと振って、三人は去っていった。
「……何で、今回の依頼を受けたんですか?」
城から離れてきたところで、マカナがエレジーナにそう尋ねた。
雇い主の仕事にとやかく言うつもりはなかったが、今回ばかりは勝手が違う。
「受けさえすれば、お金が貰えるからねー。」
「アサシンの俺が言うのもあれですけど、怪しい……というかヤバいんじゃないですか?」
エレジーナは肩をすくめる。
「さぁ?依頼人の思惑とか、事情とか、そういうのを詮索しちゃいけないからねー。」
不意に歩みを止め、先頭を行くエレジーナは振り向いた。
「私たちは正義の味方でも悪の手先でもない。ただ仕事をこなすだけのパーティーだよ。まぁ大丈夫。戦いの嗅覚は持っているつもりだからねー。勝てないと思ったら、すぐに言うから安心してよー。」
「……はぁ……そうっすね。」
アサシンとして、この人と一緒に活動するようになってそこそこ経つが、未だに分からないところ、読めないところが多い。
けれどこの人は、演技をしても嘘を言うことはない。
だから、そこそこの付き合いがあるからこそ分かる。
このエレジーナという人物は信用できる、と。