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マジックセンス  作者: 金屋周
第五章:家族
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58:良い子

一言で述べるなら、子供っぽい部屋だった。


絨毯やカーテン、タンスなどの色調は落ち着いていたが、くまのぬいぐるみや可愛らしい人形がこの部屋を子供部屋のように見せていた。



「この部屋はね、何年もこのままなの。」



相変わらず暗い表情だったが、そこにはどこか懐かしむような色も含まれていた。


アベリアはぬいぐるみを抱き上げ、そっとベッドの上に置く。



「ほら、入って。私に訊きたいこと……色々あるんだよね?」



「まぁ……うん……。」



部屋に放置された様子はなく、塵一つなかった。きっと、メイドがよく掃除しているのだろう。



「訊きたいことは色々ありますが……一つひとつ片づけていきますか。まずは、あなたがこの家の出身であること。どうして秘密にしていたんですか?」



アベリアはベッドに腰かけ、ぬいぐるみを愛でるように撫でる。



「秘密にしていたわけじゃないよ。ただ、自分からは言いにくくて……。でも、皆も出身については喋らなかったでしょ?」



確かにそうだ。自己紹介をした時も、動機等を話しても生い立ちについて話す者はいなかった。


事実、フィカスの生い立ちが話されたのもつい最近だ。



「うん。それについては、そうだよね。だから、別にいいと思う。それよりも、アベリアのお姉さんのことが訊きたい。話して……くれるかな?」



この言葉にアベリアは顔を伏せた。


長い沈黙が場を支配する。メイドが茶菓子を持ってきた時以外、何も室内から物音が出ない。


やはり、話しづらい内容か……。


自分フィカスの時も話すのを躊躇った。それと同じことを他人アベリアに強要するのは、酷だというものだ。


訊くのを止めて、別の話題を振ろうとした時、ポツリポツリと話しだした。



「この家はね……実力主義……みたいなところが強くてね。子供の頃から、すぐに学習して実践できる、優秀な子が求められて……いたの。」



子供の頃から、ほとんど変わらないこの部屋。忘れようとしていた記憶も、次々と思いだしてくる。



「姉さんはいつも優秀だったの。一度言われたことはすぐに出来たし、水魔法の才能もあった。礼儀と行儀とか、そういう世渡りに必要なものも、すぐに覚えたの。」



指で目元を拭う。不思議と元気が出た。



「けどね、私は姉さんと同じようには出来なかった。だから、両親も姉さんばかり気に入って、可愛がるようになった……。」



五歳離れた、天才肌の姉。


その姉に子供心に憧れ、同じようになりたくて、色々と真似をした。


言葉遣い。親しい者へのあだ名。人に好かれる笑顔。


けれど、当然ではあるが、どれだけ真似をしても、アベリアはアモローザになることは出来なかった。それどころか、真似をすることで、似ようとすることで、かえって才能の差が浮き彫りとなった。



「姉さんは大人たちに期待された良い子だったの。でも私は良い子になれなかった。だからね、上手く出来るようになった笑顔を浮かべて、誰の邪魔にもならないよう、隅っこにひっそりといるようになったの。」



アモローザの輝きと周囲の期待は群を抜いていた。


学問、スポーツ、魔法……あらゆる知識を吸収し、大人顔負けの存在となっていった。


そんな彼女の力になろうと、もといグランディフローラ家の長女である彼女に媚びを売ろうと、様々な大人たちが教育と称して、屋敷を出入りするようになっていった。


もちろん、誰もアベリアには目もくれなかった。



「姉さんは大人の人たちから色々教わって……その頃かな……姉さんが怖くなっていったのは……。」



アモローザは良いことも悪いことも学習していった。


交渉術から支配の仕方まで。上に立つ者としてのスキルを吸収していった。


憧れであった姉は、恐怖の対象へと変わっていく。


裏社会の者が求める技術スキルをも彼女は手に入れていた。それがもはや、良い子なのか分からない。否、世間一般には悪い子に区分されるのだろう。


けれど、周りから常に期待され、それに応えてきた彼女は――。


正義である。良い子である。


正義が真に正しいとは限らない。しかし、この場合においては、絶対的な信頼と期待を寄せられたアモローザが正義に認定される。大人たちは良い子であると言う。力を持つ者が正義である。


両親からも大いに期待されている、彼女こそがこの屋敷において良い子であり絶対であった。



「五年前くらいには、もう姉さんは今の姉さんになっていた。」



憧れであった姉はもう、どこにもいなかった。


独裁者のように育ったアモローザは、庭園のビジネスにも手を加えるようになり、それと同時に妹にも手を出し始めた。


自分の持つ技術スキルが、どこまで他人を変えられるのか、操れるようになるのかを試すように……。


それが恐怖だった。


良い子のアモローザに対する批判や不満なぞ、大人が本気にするはずがない。


それどころか、不届き者と自分が批判されるかもしれない。


そういう状況が既に完成していた。


だから、誰に頼ることも出来ず、密かに怯えることしか出来なくなってしまった。

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