57:妖艶
「……。」
アモローザに呼びかけられたアベリアは、フィカスの肩を掴んで顔を伏せたまま動こうとしなかった。
「どうしたのかしら?リア?ふふっ。こう呼ぶのも本当に久しぶりね……リア?顔を私に見せて?」
「……。」
フィカスの肩を掴む力が強くなる。
「困ったわね……リア、貴女……悪い子になったのかしら?」
悪い子。その言葉にアベリアは身体を震わせ、不安げな表情を見せおずおずとフィカスの陰から出てきた。
「……私は……悪い子ではありません……姉さん。」
姉さん?
フィカスたち三人はその言葉を聞くなり目を丸くして、アモローザとアベリアを交互に見比べた。対照的と言っていい外見の二人だが――。
どこか、似ている……。
「そうよね。私の妹が悪い子のはずがないもの。もしそうなら、ここにいるがないわけですし。それで、どうしたの?家出はもう終わったの?」
クスクスとアモローザは笑った。が、その笑みを見てフィカスは背筋が凍るようだった。
目が笑っていない。
それに加えて、高圧的な雰囲気が彼女にはあった。
「ローザ姉さん……私は冒険者になったの。だから……その……もう家には……。」
どんどん声が小さくなっていく。
「戻る気は……なくて……。」
「あら?冒険者?」
アモローザは改めてフィカスたち三人に目を向けた。
観察するような、舐め回すような視線が三人を撫でる。
「……そう。話は聞いているわ。この子たちが、貴女の言うお友達なのね?」
「……はい……そうです。」
「ふふっ。貴女に相応しいお友達ね。良かったわ。リアが良い子にしてたみたいで。ここに戻ってきたのは、何かお仕事なの?」
「いえ……今日は仕事が……ないので、皆と観光に……。」
アモローザは手を伸ばし、アベリアの頬に触れた。そのまま手を滑らせ、そっと顎をつまむ。
「そう。楽しそうね。」
アベリアは顔を上げさせられ、真っ直ぐに瞳を覗き込まれる。
「せっかく帰ってきたのだし、上がっていきなさい。皆さん、きっとお喜びになるわ。」
「……はい…………。」
妖艶な美女はふっと笑った。
「良い子ね。そこで待っていなさい。召使いを呼んでくるわ。それと――お客様、私事に巻き込んでしまって、申し訳ありません。もしよろしければ、リアと一緒に上がっていってください。」
チラリとアベリアの方を見ると、プルプルと震えていた。
一人にしない方がいい。
そう判断し頷いた。
「はい。では僕たちも……。」
「ありがとうございます。それでは、少々お待ちください。失礼しますわ。」
優雅にお辞儀を一つし、アモローザはその場を去っていった。
それと同時に、アベリアは腰が抜けたようにへなへなとその場に座りこんだ。
「なんか怖ぇ姉ちゃんだな。つーかアベリア、お前姉ちゃんがいたんだな……ってそれよりも!お前、グランディフローラ家だったのか!?」
「う……うん……。」
いつもの柔和な笑みが全くない。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「どうしたんですか?……お姉さんが怖いんですか?」
「姉さん……というより、この家が怖いの。だから……ここには来たくなくて……。」
それを聞いて、ジギタリスは頭を掻いた。
「そ、そうだったのか……わりぃな。」
「ううん。いいの。はっきり言わなかった私が悪いんだから……。」
無理やり笑顔を作って、アベリアはゆっくりと立ち上がった。
「アベリアお嬢様!よくぞお戻りになられました!」
嬉しそうな声とともに、駆け足でメイド服を着た女性がやって来た。
「お久しぶりでございます!お部屋もそのままにしてあります。さぁお屋敷に。お友達の方々もご一緒に!」
「わ、私は別に……帰ってきたわけじゃなくて……。」
半ば強引に連れられ、庭園を十分ほど歩き大きな屋敷前までやって来た。
「どうぞ、お入りください。」
赤い屋根に白い壁の大きな家。これまで見てきたどの家よりも大きく広い。
豪華な装飾の付いた門のような立派なドアを開けると、綺麗に掃除された大きなホールとなっていた。レグヌム城と雰囲気がよく似ている。
「お茶を今、お持ちいたしますね。」
「うん……部屋に行くから、そこに持ってきて……。」
「はい。かしこまりました。」
白いカーブした階段を上り、長い廊下を突き当りまで歩いた。
「えっと……ここが私の部屋……。」
「…………そうなんですか……?」
ベッドや衣装タンスが置いてある、広くて綺麗な部屋。
ぬいぐるみや人形があちこちに置いてある。
なんというか、子供っぽい部屋だ。