56:庭園
姫様からの直々のお願い。断る理由などあるはずがない。
「はい。もちろん、協力します。」
パーティーの代表として、フィカスがそう答えるとノウェムは顔を輝かせた。
「本当!?ありがとう、とても嬉しいわ!」
ソファから立ち上がり、そのままフィカスの手を握ってブンブンと振る。
「実を言うとね、私の発言権とかって城内でそんなに強くないの。だから、怪盗への警戒を強化するっていう意見も、ろくに聞き入れてくれないのよ。」
「あの……姫様……?」
「ああ。失礼。」
掴んでいた両手を離した。
「怪盗シャドウを放っておいたら、いつかきっと混乱を招く。勇者にも声をかけようと思っていたのだけれど、上手いこと時間が取れなくてね。」
そうか。スクォーラさんたちもレグヌムに来ているんだった。今はどこにいるんだろう?
「あの、それで、具体的には何をするおつもりなんですか?」
「まだ何も決めていないわ!」
堂々とそう断言した。当然、何も考えていないことに威張ってはいけない。
「……。」
さっきまでの勢いと空気は消え失せ、気まずさのような冷たい空気が部屋に流れた。
「……コホンッ。お昼に会食の予定があるの。悪いけどこれで失礼するわ。しばらくレグヌムにいるのよね?時間が取れたらまた呼ぶから、その時に色々話し合いましょう。」
そう言ってノウェムは慌ただしく部屋を出ていった。多分、忙しさの他にも恥ずかしさとかもあったのだろう。
「皆様、外までお送りいたします。」
執事に連れられ、フィカスたち五人は城下町へ。
「じゃあ私は仕事があるんで、いったんお別れでーす。エレジーナ・ハウスは好きに出入りしていいからねーっと鍵を渡しておかないと。はい、サンナちゃん。」
「どうも。」
「じゃーねー。」
手を大きく振ってエレジーナはその場を去っていった。
「それで、どうしよっか?」
見知らぬ町での、久々の何にもない日。いつもならクエストを受けているところだが、今日は冒険者としての予定は何もない。
この町にあるギルドを探してクエストを受けるのもアリだが……。
「フロス庭園に行こうぜ!エレジーナが気になること言ってたしな!」
ジギタリスから、そう提案された。
「それは構いませんが……ジギタリスがそう言うと、違和感が凄いですね。」
「なっ!?おいおいサンナ、俺ほど花が似合う冒険者は他にいないぜ。花の悪魔とは何を隠そう、この俺様のことだ!」
サンナの冷ややかな目線がジギタリスに向けられる。
「花ならフィカスの方が似合うでしょうが。そもそも、何ですか花の悪魔って?」
「ガハハ!さっき思いついたんだ!カッコイイだろ?」
二人が盛り上がっているところに、アベリアが控えめに手を挙げた。
「あの~私は庭園はいいから、ゆっくりしてたいな~って思うんだけど……。」
「アベリア?」
行きたくない。彼女の目がそう告げていた。
「どうしてですか?あなた、前に花の本を読んでましたよね?好きなんじゃないんですか?」
「お花は好きだけど……あそこには行きたくなくて……。」
「そうか……でも待ってったって暇だろ?行くだけ行ってみようぜ。すぐに帰ったっていいんだしよ。」
ジギタリスの強引さに折れたのか、アベリアはこっくりと頷いた。
「まぁ……それなら……。」
あのおっとりしたアベリアがここまで嫌がるなんて、どうしたんだろうか。
「すぐに帰ったら入園料の大損ですけどね。」
サンナ、今はそういうことは言ってほしくなかったな。
フロス庭園の場所はすぐに分かった。
広い町だけれど、案内板があちこちになるし、通行人に尋ねたらすぐに聞くことができた。
レグヌム城とは逆方向に進んでいき、大通りを曲がった先――町の西側にあった。
入り口のそぐ傍にレストランがあり、綺麗なバラが咲いた低木によって庭園は構成されていた。
「綺麗なところだね。」
入園料を入り口で支払い(思っていたよりも安かった)、中に入るとバラを中心に多くの花々で彩られている。
「ええ。流石、国一番の庭園ですね。」
「あら。ありがとうございます。」
曲がり角の先から女性の声がした。それを聞くなり、アベリアはフィカスの後ろに隠れた。
「ようこそ、お客様。我がフロス庭園へ。」
赤みがかかった黒髪の、息を呑むほどの美人だ。ゆっくりとお辞儀をすると、ショートヘアがサラサラと流れた。
「私はこの庭園のオーナーのアモローザ・ルブルム・グランディフローラといいます。どうぞゆっくりしていってください。」
黒色の薄いドレス姿で、左手に如雨露を持っている。水やりに歩いていたのだろう。
「それでは、私はこのへんで……あら?そこにいるのはもしかして、アベリア?」
その言葉に、アベリアの肩がビクンと動いた。