53:貸家
馬車に揺られ、時折聞こえる動物たちの音を聴く。幌の隙間からはよく澄んだ星空が見える。
こうして自然を感じるのは、凄い久しぶりな気がする。
「そろそろ着きますよ。」
マカナの言葉に身を乗り出して先を見ると、自然とはまた違う光の集まりが前方に見えた。
今までいた町とは規模の異なる、幻想的だが大きく強い町灯りだ。
馬車は減速しつつも堂々と町中へと入っていき、街路をゆっくりと走っていく。
「どこに行くの~?」
「レグヌム城はもう閉まってるんで、エレジーナの貸家に向かいます。」
警備の問題もあり、城は日が暮れると城門を完全に閉め、一切の出入りができないようにしている。日中は門こそ開いているものの、厳しい警備体制があり一般人は入城できなくなっている。
馬車は整備された道を進み、何度か角を曲がった後に減速し停止した。
「ここです。俺は馬車を停めたらそのまま帰ります。お疲れしたー。」
「ああ、うん。お疲れ。」
フィカスたちが降りると馬車は動き出し、停留所に向かっていった。
「さて、入りますか。」
二階建ての中々大きな家だ。これを借りているのだから、いい稼ぎをしていることが分かる。
「エレジーナ、いますか?」
ノックをすると、パタパタという足音が微かにしドアがゆっくりと開いた。
「……。」
僅かに開いたドアの隙間から、赤銅色の髪をした少女が顔を見せた。
「おう!六号ちゃん!今日、泊めてほしくて……。」
バタンッ!!!
ジギタリスの台詞を遮るようにドアが閉じられた。
「……どうしてくれるんですか?」
「なんか……ごめん……。」
どうしようか。急きょ会議を始めて、ドアを壊す方向になぜか話が進みだした時、再びドアが開かれた。
「どうもー可愛いことに定評のあるエレジーナでーす。」
寝間着を着て頭にタオル被った女性が出てきた。
「やぁやぁサンナちゃん。それと皆さん。もう九時ですよ。一体全体どうしたの?」
「ノウェム姫様に呼ばれたので。それで、今晩泊めてほしいんですけど。」
「あーなるほどね。了解。いやーパジャマ姿でごめんね。さー上がって。」
ランプが壁に複数掛けられ、室内は明るい。エレジーナを先頭に一行は貸家内を歩く。
「空いてる部屋がいくつかあるから、好きに使っていーよ。マカナくんがここに住んでないからさ、部屋が余っちゃったんだよねー。ご飯はもう食べた?」
「はい。食べてきました。」
「そっかそっかー。はい、この部屋使って。お風呂は一階にあるから、好きに入ってね。」
案内されたのは二階にある大きな部屋。ベッドが四つ置かれている。来客用の部屋かな。
「じゃあ寛いでねー……あーそうだ。サンナちゃん?」
「はい?」
「ちょっとお話しようよー。」
「……分かりました。皆、行ってきますね。」
二人は部屋から出ていった。
「そういやあの二人、友達なんだっけ?」
ジギタリスが部屋に置かれていたマッチを使い、部屋に灯りを点けた。
「うん。そう言ってた……ね。」
サンナの言い分を思い出す限り、そんなに仲が良いように思えない気がする。
そう考えてしまい、フィカスは頷きつつも語尾が濁ってしまった。
「それで、話ってなんですか?」
一階のエレジーナの部屋で椅子に腰を下ろすと、サンナは早速そう訊いた。
「まぁ色々と。サンナちゃんがアサシンとして、どういうことをやってきたのか、知りたくてね。ちょっと待ってて。」
一旦エレジーナは部屋から出ていき、戻ってきた時には両手にマグカップを持っていた。
「はい、ジュース。」
「どうも。」
マグカップを受け取ると、それを口に含んだ。オレンジの酸味が口の中に広がる。
「で、具体的には何を訊きたいんですか?」
「そうだねー……活動内容自体にも興味はあるけど……サンナちゃんの戦闘スタイルに一番興味があるかなー。私に似てると思うんだよねー。」
「……どうして、そう思うんですか?」
内心、少しばかりドキリとしながら、サンナはエレジーナに質問した。
「そっちのパーティーの……フィーくんがね、私の動きを読んでる節があったからね。ピンときたよ。知ってるから、予測できているって。」
そう言って手をヒラヒラさせた。
なるほど。フィカスが要因か。
確かに彼は観察と学習に優れている。スタイルが似ていることから、稽古した時の経験を生かすことができたのだろう。
「まぁ……そうですね。アサシンの戦い方として……私とあなたで似ている部分はありますからね。フィカスなら、それが分かっても不思議じゃないです。」
本当のところは、姉のような存在でありアサシンとして師匠のような存在である貴女に憧れ、それを模倣することから始めたのだから、似通っていて当然であるのだけれど。
それをもし言ったら、色々とからかわれそうだから、絶対に言いたくない。