51:現在
自然に囲まれた古いテーブル席にて――。
フィカスの過去、クルトゥーラ村で起きた出来事を聞かされた二人は、しばらくの間何も言わずに考え込んでいた。
話し終えたフィカスの父親も何も言わず、ただ時間だけがゆっくりと過ぎていく。
「……色々と大変だったんですね。」
先に口を開いたのはジギタリス。色々な感情が浮かんできたが、上手く言葉にできずそれしか言えなかった。
それで、あの性格か……。
悔しさのような、苦しさのような、嫌な感情が胸の中を渦巻く。
初めて会った時から、大人しくどこか消極的な奴だと思っていた。それは優しさの裏返しのような、そういう気質なのだと思っていた。
けれど実際には違った。この村での出来事によって、本来持っていた性格を捻じ曲げられてしまっていたのだ。
臆病な面もあるが、それ以上に優しさと強さを持っている。
それがジギタリスとサンナの持つ、フィカスへの印象であり評価だった。
しかし、それは彼そのものではなかった。環境によって上書きされた、本物ではない何かだ。
「きっとフィカスは、もっと大胆で行動力のある人間だったんでしょうね。けど、私たちがそれを言っても仕方がない。私たちが知っているのは、今のフィカスだけですから。」
「……おう!こう言っちゃなんだが、この村のおかげで俺たちはフィカスと出会えたんだ。それと親父さんのおかげな。」
父親は頭を掻く。
「いや、僕は大したことはしてないよ。……ありがとう。息子のことを想ってくれて。それじゃあ外まで送ろう。」
立ち上がった男性にサンナは待ったをかける。
「いえ、まだこの村にいます。」
「どうしてだ、サンナ?」
「まだクエストが残ってますよ、ジギタリス。テキトーなことでも言って、報酬だけせしめましょう。」
「あー、ちょっといいっすか?」
遅めの昼食を摂っていたフィカスとアベリアに話しかける存在があった。
閑散としているギルドで目立つ金髪と蒼銀髪。それに近づいた茶髪の少年。
「えっと……マカナ……だよね?どうしたの?」
エレジーナの雇われアサシン・マカナだ。
気怠そうな態度でテーブルに座る。
「レグヌム城に来てほしいっていう伝達です。姫様から。町の外に馬車が停まってるんで、来てもらえますか?」
それを聞いて二人は顔を見合わせる。
「……どうしよっか?」
サンナとジギタリスはまだ戻っていない。その状態で移動するのは、あまり良い選択ではない。
「仲間がまだ戻ってきてないんだけど、二人を待ってから行くことってできるかしら?」
「あーいいっすよ。別に。じゃあ俺はギルドで暇を潰してるんで、行く時になったら声掛けてください。」
「あ……いいんだ……。」
姫様からの伝達だから、急いだ方が良いと勝手に思っていたが、どうやらそんなことはないようだ。
端の席に着いて、新聞を読みだしたマカナを見て、気が抜けるというかなんというか……。
町からクルトゥーラ村は遠い。
二人が帰ってくるのは、早くても夜になるだろう。
「どうしてるかな……二人は……。」
サンナとジギタリスは村を闊歩しながら、働く人々を観察していた。
「今まで当たり前にいた彼が突如いなくなったことで、元も生活に戻れなくなってるんですね。ここの人たちは。」
「頼り過ぎ……というか、甘えてばっかなのはよくないよな。やっぱり。サンナの言った通りだぜ。」
パーティーを結成した日のことを懐かしみ、ジギタリスは空を見上げる。
「あの時に比べたら俺たち、距離が縮まったよな?」
「まぁ……そうですね。他人行儀なところはなくなりましたね。」
「お前はずっと敬語だけどな!」
ガハハ!と笑うジギタリスをサンナは睨みつける。
「なら、こうやって普通に話した方がいいのか?」
「それはなんか怖いからやめてくれ。」
敬語じゃない時のサンナは、声のトーンが落ちていて妙な迫力があった。
「さて、冗談はこれくらいにして。」
「冗談じゃなかっただろ?今のは。」
サンナはジロリと睨む。
「は?さっさと村長の所に行って、今回のクエストを終わらせにいくぞ。」
「いつもの口調に戻ってくれ。お願いします。」
その口調で喋るのは、敵相手の時だけにしてほしいと思うジギタリスであった。