50:過去
昼下がり――。
「多分、五歳くらいだったと思う。お父さんの手伝いをした時に、僕の才能に皆が気付いたんだ。」
懐かしむような顔を見せるフィカスに、アベリアはただただ頷いた。
「僕の創造魔法に村の皆は驚いて、祝福してくれた。神様の子が生まれたってね。」
創造魔法によって、村での生活は驚くべきスピードで改善されていった。
必要な物は全てフィカスによって支給することが可能となった。
これにより村は大きくなっていき、農業はより活発になっていった。
超常的な力を拒む者は一定数存在する。これは世界の法則だ。自分たちの知らないものが突如として出現し、それを大勢の人が認めているのが気に食わないのだろう。
フィカスの創造魔法も、その例に漏れなかった。多くの村人、特に若者は彼の魔法を認めたが、上の世代は中々認めようとしなかった。
けれど、世間というものは、世の中の人というのは不思議なもので、最初どれだけ拒んだ存在であっても、時間の経過とともに徐々に浸透していくのである。
超常は時が経つにつれて日常へと変化していった。
「最初は、皆に褒められるのが嬉しくて、役に立てるのが嬉しくて魔法を使っていたんだ。けど、いつだったかな……僕の魔法に……創造に皆が慣れ始めてから……。」
神様の子供、神の力……。
そう呼ばれていた創造魔法が日常になる頃、村に馴染んできた頃から、村人たちの態度が変わっていった。
最初は些細な変化だった。
急いでいくから、これを早く用意してくれ。
みたいな相談だったと思う。
その要求を満たすと、礼も言わずにその人は去ってしまった。
まぁ、急いでいるんだし仕方がないよね。
そう思っていた。けれど、現実はそうそう良い方向に進むものではない。
この出来事を皮切りにしたかのように、村人たちの態度が――フィカスへの扱いが変わっていった。
友達だから。
大人の言うことだから。
そういう前置きをした、些細な用事が増えていった。
神の子はいつしか、便利な存在へと成り下がった。
「十歳くらいまで、うまいこと……こう、僕を言いくるめて、創造魔法を利用しているって感じだったかな。」
けれど、日常となった超常的魔法に対する扱いは、まだまだ変わっていった。
そういう扱いがすっかり日常に溶け込んでしまった頃、人々の彼への態度はさらに変貌していった。
言葉自体は変わらなかった。
友達だから。
大人の言うことだから。
人の心を読むことはできない。けれど、何となく、第六感的に受け取ることはできる。
上辺の言葉に見え隠れする人の悪意。感情。態度。
敏感な子供の心は、それらをしっかりと感じ取っていた。
皆、僕を見ていない……。
便利な存在は、便利な道具へと成り下がった。
誰もフィカスという少年を真っ直ぐに見ていなかった。いくらでも利用できる、便利な創造機として見るようになった。
「これが、えっと……十二歳くらいのことでね。あの頃から僕は、あの村にいるのが嫌だった。」
生まれ育った村。それに対する憎悪のような感情をはっきりと自覚した。そこに暮らす人々が、友人を名乗ってくる輩が嫌になった。
けれど自分は、他のことを何も知らない。村の外がどうなっているのか、どういう世界が広がっているのかを知らなかった。
そして何より、常に強気で短気な母親が怖かった。だから、彼女の言うことに逆らうという選択肢が、とうの昔に消え去っていた。
このまま、この村で便利な道具扱いのまま、明確な自分の意思も持たずに一生を過ごすのか。
そういう暗い感情を持ち、人生に絶望しかけた時に、父が言った。
辛い時、泣きたい時にいつでも相談に乗ってくれ、抱きしめてくれた父親がこう言った。
村を出るんだ。町に行って、冒険者になるといい。冒険者は自由な仕事だ。世界中どこでも行けて、信頼できる仲間と一緒に何でもできるんだ。
「それを聞いて、目の前が明るくなった気がして……すぐに暗い気持ちも出てきた。上手くやっていけるのかって。」
外の世界を知らない。常識もろくに知らない。勉強したことがない。文字も読めない。
不安要素はいくらでもあった。そもそも、村を出ることを周りの大人たちが許してくれるはずがない。そう思ったけれど、父は力強く頷いた。
大丈夫!こっそり行けばいいんだ。後で父さんが周りにはうまく言っておくから、安心していきなさい。
「そう言われて、その言葉に安心して、信頼して……あはは、よく分かんないや。」
自分を救ってくれた言葉を思い出して、なぜか涙が流れた。
「お父さんのおかげで、僕はここに来れたんだ。そしてアベリアに……皆に出会えた。うん……話してみると、案外すっきりするね。」
そう言って指で涙を拭い、フィカスは笑いかけた。