45:理由
仁王立ちをし、死神を睨みつける黒髪の少年――リコリスは戦況を素早く理解する。
そして、注意を自分へと引きつけるために大声で話す。
「この僕が来たからには、もう大丈夫さ。勇者は見つからなかったが、彼が出るまでもない。なぜなら、この僕がいるからね。」
自信満々にそう宣言したが、内心リコリスは焦っていた。
スクォーラくんに会えなかったのは痛すぎる……!
パーティーメンバーを含めて自分の認めた強者たちが、揃いも揃ってやられかけているのだ。
この戦況を見て、動揺するなというのは無理な話だ。
「さぁ死神。ここからは僕が相手をしてやろう。覚悟したまえ。」
「……。」
緊張した空気がこの場を支配する。
霊体化を上手く使って、逃げ続ければ大丈夫か……?
戦う算段を立てていると、意外なことに死神はリコリスに背を向けて駆けだした。
「えっ……なに……逃げた……?」
一目散にこの場を去っていった。リコリスのはったりが効いたのか、はたまたこの人数を相手にするのは分が悪いと判断したか。
ともかくとして、冒険者たちに脅威を突きつけた死神はいなくなった。
「くっそ……逃げたか……。」
「いや、今の俺たちでは死神には勝てなかった。だから、これでいいんだ。ラフマ。」
理由は不明だが、勝利に変わりはない。くすぶる感情もあるが、それよりも今は――。
「フィカスくん!大丈夫か!?」
「フィカス!」
リコリスとサンナが倒れているフィカスに駆け寄った。次いで、ネモフィラとラフマが近寄り二人の背中越しに容態を窺う。
「……うん……大丈夫…………。」
消え入りそうな声で、フィカスはそう答えた。
身体中に切り傷があり、至るところから血が流れている。
「今すぐ治療を!」
「ギルドに行きます!ジギタリスの治療魔法があれば!」
「あいよ!」
一番力があり、速さがあるラフマがフィカスを背負い、ギルドめがけて走り出した。
「……ちょっと遺留品でもないか、見てから僕は行くよ。先に行っててくれ。」
死神のヒントは何か残っていないか。
もしあるのなら、今この場で回収しておきたい。時間が空けば、死神に回収されてしまう恐れがある。
「……分かった。無理はするなよ。」
ネモフィラはリコリスに頷いて、すでに遠くなったサンナとラフマを追いかけていった。
「さて……と。」
武器の残骸、血の痕、荒れた地面……。
おぞましい雰囲気の戦場跡地を見渡して、リコリスは考え込む。
死神はなぜ、逃げ出したのか……?
僕一人が参戦したからといって、そこまで不利になるわけではないと思う。
散らばっている小石を拾い上げると、断面が非常に滑らかだった。
「多分……。」
あの大鎌の仕業だ。この世の武器とは思えない切れ味だ。
これほどの武器を持っているなら極端な話、数十人を相手にすることも可能だろう。
一撃で切り刻めるのなら、遠距離攻撃にだけ気を付けていれば良い。
それなら、なぜ逃げたか?否、逃げる必要があったのか?
「相手にできる人数に、制限があるとか……?」
そう口にして、すぐに違うと頭を振った。
馬車の重量制限でもあるまいし、そんな奇妙な制約があるとは考え難い。
となると……。
「……時間か?」
大鎌が全てを斬る時間が定まっており、僕が来たタイミングでちょうどその時になった?
先ほどの憶測よりは、しっくりくる気がする。
もしそうだとしても、それを突いた戦術をとるのは難しそうだが。
辺りをよく観察してみるが、他には何もないようだ。
元々、他に何も遺留品はなかったみたいだ。
「んー……成果なし、か。」
色々と推測することはできたが、具体的に何か得られたわけではなかった。
一先ず、現場調査はこれでお終い。
ギルドに向かって、一番頑張った彼の様子を見に行くとしようか。