43:大鎌
飛び去ったサンナを目の当たりにしても、死神の様子に変化はなかった。ペースを乱すことなく、一歩一歩着実にフィカスに近づいてくる。
背中を丸めているため分かり辛いが、身長はかなりある。
ジギタリスと同じくらいの身長かな……。
何でもいい。とにかく情報が欲しい。情報が多ければ多いほど、生き延びる可能性も比例して高まっていく。
距離が大分縮まってきた頃、死神はゆっくりとその手に持つ大鎌を振り回し始めた。
攻撃態勢に入った……!どうする……?
大鎌という、目にしたことのない武器。どういう戦い方をするか何も知らない。
避けるという選択肢がベターだろう。
来る……!
刃の角度が僅かに変わった。それを見てフィカスは後ろに下がった。が、振られた大鎌は至近距離を掠めていった。
「……くっ!」
想定したよりも近かった。独特の形状と動きのせいで軌道が読み切れない。
下手に逃げに入るのは逆効果か。
そう判断しフィカスは、足を止め攻撃に転じる。
真っ直ぐに突っ込むフリをして、直角に曲がり死神の右側に回り込む。
そして、伐採するかの如く小剣を地面と水平に振った。
「……!?」
目の前に鈍く輝く銀が現れた。飛びのくと自分の顔があった空間を大鎌の刃が切り裂いていった。
一度はフィカスを逃した大鎌だが、背中側から回り込むことで眼前へと現れたのだ。長い柄と独特の刃を持つからこそできた行動だ。
「……。」
驚きと恐怖で心臓が落ち着かないフィカスとは対照的に、死神は何も言わずに彼を見つめている。
これまでの戦闘は違った恐怖心が精神を蝕んでいく。
たった一つの選択肢・行動が己の生死を分けている。
ならば、その選択肢を可能な限り減らすべきだ。
小剣をいったんしまい、大剣を創造する。
「いくぞっ!」
敵を威嚇するため、そして自分を鼓舞するためにそう叫び、大剣を構えてフィカスは直進した。
大剣の強度と頑丈さがあれば、大鎌に競り負けることはない。
はずだった……。
「……えっ?」
大鎌が振られた。そう感じた時には、大剣は根元から持っていかれていた。何が起こったのか分からないまま、フィカスは手元に残った柄を見る。
大剣の断面は綺麗だった。まるで一流の職人が研磨したかのような断面だ。
あっけにとられたのは一瞬。すぐに我に帰り残った大剣を投げつける。
それも大鎌によって阻まれた。真っ二つに斬られ、大剣の残骸が地面に落ちる。
あの大鎌……。
「普通じゃない……。」
いくら何でも、切れ味が良すぎる。金属をあそこまで簡単に斬ることなど、できるはずがない。
何か秘密があるはず……それを確かめる!
距離を取り、巨大な壁を創造。これを生身で乗り越えるのは不可能だろう。
その壁から、銀の刃物が飛び出した。そのまま刃は縦横無尽に動き、壁をゼリーを斬るかのように切り刻んでいく。
全体を斬られ壁は崩壊した。それを見てフィカスは確信した。
やっぱり、あの大鎌……何でも斬れる……。
あの風貌もそうだが、死神と言われる所以はあの大鎌か。全てを切り裂くことのできる大鎌なぞ、この世の物とは思えない。
しかし、その大鎌の性能が分かったところで、何か進展があるわけではない。
むしろ、理解してしまったからこそ、より慎重にならざるを得ない。
「どうした……他に策はないのか……?」
死神がそう語りかけてきた。
しわがれ声。男性の声だ。
「……。」
「ないようだな……。無言は肯定と同じだ……。」
散らばった石ころを蹴飛ばし、ゆらりと死神が迫ってきた。
「ぐっ……!!」
円を描き、大鎌は生き物のように動き命を狙ってくる。武器を振るうこともできず、フィカスはただ我武者羅に逃げ回った。
「……った!」
足に痛みが走った。下を向いた大鎌が地面を切り裂き、地中からフィカスの足を斬った。
その痛みに顔を歪ませるが、足を止めるわけにはいかない。幸いにも斬られたのは足の端。我慢すれば充分に動かせる。
形状と性能。
その二つを併せ持つ大鎌に死角はない。逃げ道などない。
けれど、誰かが来るまでは。
仲間が駆けつけるまでは、何としてでも生きながらえなければいけない。