42:赤
フィカスの質問を受けたノウェムはしばし沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……知らないわ。」
「なんで一回、黙ったんですか?」
サンナがジト目でノウェムを見る。ノウェムの顔には、カッコつけたかったと書いてあった。
「死神って名前は、王国では聞いたことないわね。少なくとも私は……それで、その話はなんなの?」
「フィカスが先ほど遭遇したエレジーナ……私の友人からの話です。彼女はアサシンをやっていますが……信用しますか?」
ノウェムは手をポンと叩いた。
「ああ。エレジーナね。彼女の名前は聞いたことあるわ。凄腕のアサシンなんですって?大きな声では言えないけれど、悪い政治家やら国の反逆者やらを捕らえるのに一役買っているのよ。」
コップの水を少し飲み、ノウェムは話を続ける。
「そんな彼女の話なら、信用して良さそうね。それで話は戻るけど……死神については何も知らないわ。もっとも、姫……あ、姫騎士であるこの私の耳に入れないようにしている可能性はあるわ。だから、一回帰って色々聞いてみる。怪盗シャドウのことも訊きたいし、落ち着いたら使いを寄越すわ。」
「はい。分かりました。では、また後日に。」
席を立ち、会計を済ませて店外へ。
「それでは私はこれで。町の入り口に馬車を待たせてあるの。今日はありがとう。」
「あ、送っていきますよ。」
夜道に女性を一人で、ましてや姫様を一人にするわけにはいかない。
フィカスの申し出にノウェムは微笑んだ。
「あら?ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら。」
フィカスを先頭に三人で歩くが、通りを行き来する人々は見向きもしない。まさか、国の姫が夜の町を歩いているとは夢にも思わないのだろう。
「もうここまででいいわ。すぐそこに馬車があるの。送ってくれてありがとう。また会いましょう。」
町外れ――草原のすぐ近くで建物がほとんどない空間で、ノウェムはそう言って町の外へと歩いていった。
「はい。お気を付けて。」
馬車に乗り、それが走って行くのを見届けてから、二人は町へと戻った。
今日は色々あったなぁ……。
フィカスは一人、溜め息を吐いた。ラフマに誘われクエストに行き、帰りに買い物をしてその後にエレジーナたちと戦い、その帰りにはノウェム姫との食事……。
これ以上の日はないだろうと思いながら、歩こうとしたその時、視界の隅に何かが映った。
町外れで建物も少ないとはいえ、誰かがいても別に不思議じゃない。
けれど、それは彼の目を引いた。
赤かったからだ。
「…………なんだ……あれ……?」
無意識にそう呟いていた。
それは、闇に似つかわしくない真っ赤なローブで全身を覆った人物だった。フードを目深にかぶり、大きな鎌を持ってゆっくりとこちらに近づいてくる。
「……死神だ。」
直感がそう告げていた。
噂話を聞いただけで、その容姿等については一切聞かされていない。だが、歩んでくるその人物が死神であると、なぜか理解できた。
そのことを頭で整理すると、フィカスは自分でも驚くほど冷静になれた。自分が何をすべきかよく分かる。
「……サンナ。僕が奴を引きつけるから、誰か……リコリスたちが住宅地にいるはずだから、呼んできてくれないかな?」
「一人で戦う気ですか?なら、私が戦う方が……。」
「いや、サンナの方が飛べるから速い。だから、サンナが助けを呼んできて。」
サンナは納得しない表情だったが、静かに頷いた。
「……分かりました。無理しないでくださいよ、リーダー。」
「……うん。」
金色の翼を生やし、サンナは空から住宅地へと向かっていった。
フィカスは小剣を引き抜き、死神を真っ直ぐに見つめる。
本音を言えば、逃げ出したいくらいの恐怖心がある。けれど、死神の思考も行動も分からないうちに逃げることは許されない。
冒険者と殺し合いをしたいだけというなら、逃げても平気だろう。人混みに入ってしまえば、見つけることは不可能に近い。
けれど、人を殺したいだけの存在だったら。もしそうなら、大通りに行くことで無関係の人々の命を危険にさらすこととなる。
前者と後者、どちらであるか判別できるまで、ここで戦う必要がある。
「大丈夫……経験を生かせば……。」
自分にそう言い聞かせて、フィカスは死神を睨みつけた。