41:姫
「えっと……どちら様ですか?」
おずおずとフィカスは女性にそう尋ねた。
「失礼。名乗っていなかったわね。私はノウェム・レクス・ベルラトール。怪盗シャドウと戦った者を捜しているのだけれど……あなたがその人物よね?」
「あ、はい……。」
苗字がある。上流階級の人だ。
教育機関や住民登録といった、個を識別するシステムが存在しないこの世界で、苗字を持たざる者は決して少なくない。それがなくとも、不自由しない世の中だからだ。
そのため、苗字の文化を持つのは金や権力を持った者たちだけである。
「失礼ですが……ベルラトールの名を持つということは、レグヌムの者。という認識でよろしいでしょうか?」
サンナの質問に女性は頷いた。
「ええ。隣町にあるレグヌム城から来たわ。」
「ということはあなたは……ノウェム姫……ですよね?」
姫?
フィカスの頭に疑問符が浮かんだが、女性は肯定の意を示した。
そして、腰に手を当て胸を張る。
「いかにも!私がレグヌム城十一代目王女になる予定のノウェムよ!しかし、ピンクの髪のお嬢さん。一つ訂正があるわ。私はただの姫ではない!私は姫騎士よ!」
「……はぁ…………?」
気まずい沈黙が流れる。
ノウェムは赤面し、話を再開した。
「……コホン。怪盗シャドウには王国も手を焼いていてね。奴に関する情報が欲しいのよ。だから、私がここに来たのよ。それで、コールに話を聞いたら、あなたのパーティーが怪盗と戦ったって聞いたの。」
「つまり、私たちから情報を聞きたいと?」
「ええ。ノーとは言わせないわよ。さて、良い時間だし、食事でもしながら話としましょうか。勇者御用達のレストランがあるって聞いたわ。そこに行きましょう!」
うーん……この人。強引というかなんというか……パワフルな姫様だなぁ。
半ば強引にフィカスとサンナはノウェムに連れていかれ、ヴェイトス・オムニスまでやって来た。
「中々良い雰囲気のお店ね。あ、お金は私が全部出すから、その点は心配しないで。」
「はい。どうも。」
「サンナ……。」
その気であっても、少しは遠慮した方がいいんじゃ……。直球なのがサンナらしいけど。
着席するとフィカスたちは知っていること――つまり、アース美術館でシャドウと戦った時のことを話した。
「……なるほど。複数の自然魔法を使うことができる、か。にわかには信じがたいけれど、あなたたちが嘘を言っていないことくらい分かるわ。あ、お水ください。」
口元についたソースを拭い、通りかかったウェイトレスのセプテムに注文する。
「はーい。あの、お客様?怪盗シャドウと戦ったことがあると……すみません。聞こえてしまって。よろしければ、怪盗シャドウについて、知っていることを教えていただけませんか?」
三人のグラスに水を汲み、セプテムはフィカスの横に立った。
「はい。あ、でも、僕たちは戦った経験くらいしか話せることがなくて……ねぇサンナ、何か気付いたことって何かあるかな?」
せっかくだから、セプテムさんにも聞いてもらった方が良い。
フィカスはそう考えていた。
第三者の視点から、何か気付くことがあるかもしれない。
「そうですね……アベリアよりも少し小さいくらいでしたし、やはり噂通り、十二歳くらいの少年かと。声変わりもしてませんでしたし。他に推理できる点は……。」
顎を摘み、サンナは考え込む。
「あ、金持ちの犬……とかなんとか言ってなかったかな?そういうのも、何かヒントになったりしない?」
「えっと……お金持ちの方が嫌い。みたいな感じでしょうか?」
セプテムは首を傾げた。
同じく、ノウェムも唸る。
「美術品を持っているのは、普通お金持ちよ。それが理由だとしても……ヒントにはならなそうね。」
「そうですか……すみません。あっ!そろそろ仕事に戻らないと!それではお客様、引き続きお食事をお楽しみください。失礼します!」
「分かってはいたけど……やっぱり難しい話よね。」
駆け足で去っていくセプテムの背中を見て、ノウェムは溜め息を吐いた。
「あの……ノウェム姫様?」
「あ、敬称はいらないわ。ここでは私も一国民よ。」
「はい。では……ノウェムさん。聞きたいことが……。」
怪盗とは別に、フィカスには気になっていることがあった。
「死神について、何か知っていますか?」