38:マカナ
「――つーか、ターゲットの相手がエレジーナじゃなくて俺って、なんかおかしいよな。」
茶髪の少年・マカナはアベリアを前にして、小さな声でそう言った。
「まぁ、これも仕事か。というわけで、さっさとやりますね。」
幅の広い木製の剣――刃のところには黒い石が付けられている。二刀流でそれを操り、敵を叩き切るのがマカナの戦闘スタイルだ。
手始めに右手の方の剣で斬りかかった。アベリアは左の手の甲でそれを受け止めにかかる。
が――。
「痛っ!」
手の甲に走る鈍い痛み。アベリアは慌てて手を引いた。
あの黒いの……刃物じゃなくて、石みたいね……。
防刃グローブは普通の剣なら効かない。だが、それは刃物に対する話だ。それ以外の武器に対しては、並みのグローブと同じ性能しか持ち合わせていない。
……守りに入るのは良くないわね……。
拳を固く握り、攻撃に意を強くするアベリア。
そんな彼女の瞳を見て、マカナは溜め息を吐いた。
「なんだ、やっぱり……。」
悪い奴には見えない。そもそも、この状況に陥った時点で、悪人ならば逃げ出している。
後ろには誰もいないんだ。普通なら逃げてる。でも、この人は逃げない。仲間が戦ってるからだ。
この戦いにもう意味はない。
この人は白。それで決まりだ。けど、今は勤務時間。その時だけでも、とりあえず戦っておかないと給料が出ない。
「……じゃあ、やるか。」
マカナは再び攻撃へと出た。
アベリアは攻める気持ちを大事にしながらも、その気持ちをグッとこらえて避けるのに徹する。
住宅地で無駄に力を出すわけにはいかない。民家への被害をゼロに抑えるためにも、できるだけコンパクトに、ここぞというタイミングでだけ魔法を使うべきだ。
そう判断し、アベリアはファイティングポーズを取りながらも、反撃せずに攻撃を躱し続けていた。
「……?」
一切攻めに転じず、下がり続けるアベリアにマカナは違和感を覚える。
いくら何でも消極的すぎる。フェンシングじゃあるまいし、そんなに下がり続ける必要があるか?
このままだと大通りに出てしまう。通行人を盾にするつもりか?だとしたら、黒に近く……。
そこまで思考した時、アベリアが攻撃に出た。マカナが右の剣を振り下ろし、外から左の剣を振ろうとしたタイミングだ。
鋭く迫ってくる拳を見て、マカナは左手の剣の石の刃をアベリアに向けた。このままぶつかれば、また手に強い衝撃を与えることが……。
「……んぐっ!?」
衝撃を受けたのはマカナの方だった。
肉体強化魔法を受けた拳によって剣は砕け、その衝撃で左半身が後ろに流れた。
アベリアは剣を砕き空を切る拳をそのまま地面まで伸ばすと、その勢いのまま下半身を振り蹴りを繰り出した。
眼前に迫るブーツを後ろに飛びのいて避け、マカナはアベリアから距離を取る。
なんだ?今のパワーとスピードは?
偶然躱すことができたが、もう一度やられたら躱せる自信はない。
太陽が隠れ始め、段々と薄暗くなってきた住宅地でマカナは思考する。
相性が悪い。ウルミにやらせるべきだった。今からでも相手を取り換えて……。
「ん……タンマ。」
「えっ?」
今、何時なんだろう?
それが気になってマカナは懐中時計を取り出した。
「あ……定時なんで帰ります。お疲れしたー。」
「え?」
わけが分からない、という顔をするアベリアの横を通り抜けて、武器をしまいマカナは去っていった。
「ありゃーもう五時か。マカナくん帰っちゃった。」
二人の様子を戦闘中に観察していたエレジーナはそう呟いた。
フィカスから少し離れ、空を見上げる。
「もうすぐお天道様も沈んじゃうねー。でも、もうちょいだけ時間あるから、金髪くん付き合ってね。あーそうそう。」
何かを思い出したように、エレジーナは口を動かした。
「死神の噂って知ってる?」