37:六号
「始まっちまったみたいだな……。」
ジギタリスはフィカスとエレジーナが戦い始めたのを見てから、己の前に立つ小さな少女を見る。
「できればやりたくねぇんだが……そうはいかないのか?」
エレジーナに六号と呼ばれていた少女は、黙ってこくりと頷いた。
「じゃあ……やってやるぜ。」
ジギタリスは背中の大剣を引き抜き、六号の様子を窺う。一見、どこにでもいるような、赤銅色の髪をミディアムヘアにした小柄な少女。武器を携帯しているようには見えない。
「……。」
六号は自分の腹部に手を伸ばした。
「……なんだ?」
何か細長い物を引っ張りだした。腰に巻き付けてきた、ムチのようなものだ。二本取り、両手にそれぞれ一本ずつ持つ。
腕を小さく振るうと、それは蛇のようにジギタリスに向かってきた。
大剣を横向きに構え、その攻撃を受けると金属がぶつかり合う音が鳴り響いた。
「なんだっこれ……!?」
ムチではない。金属だ。けれど、ムチほどではないにしても、普通の武器では考えられないほどしなる。
ただ、リーチはそれほど長いわけではない。おそらく、槍と同じくらいの範囲だ。
「……。」
六号は顔色一つ変えずに、両手を動かして猛攻を仕掛けてきた。ジギタリスは大剣を細かく振って対抗するが、よくしなるその武器は時たま大剣の脇を抜けて腕を斬っていく。
「くっそ……!」
戦い辛い。どうする?
アベリアとは離れている。合流するとしたらフィカスの方だ。フィカスなら、この少女と上手く戦えるかもしれない。
いや……それはダメだ。
ジギタリスはフィカスと連携を取った経験がない。一方、向こうのパーティーは連携もできるだろう。下手に合流しては、かえって状況を悪化させてしまう恐れがあった。
つまり、それぞれが一対一で戦い、誰かが勝った後に別の誰かに加勢する他、優位に立つ方法はない。
ならば……!
「攻撃に出るしかねぇよな!」
いったん刃の届かぬ範囲まで下がり、ジギタリスは突進を仕掛けた。
一対一で自分に回復魔法を使う暇はない。ならば、回復が必要になる前に勝つのが一番だ。攻撃こそ最大の防御。そういう戦況だ。
パワーは完全にジギタリスが勝っている。ダメージ覚悟で攻撃をしていくと、段々と六号の表情が変わっていった。
傷を負いながらも攻めていき、民家の壁に追い詰めた。
「……や。」
そこで、初めて六号が口を開いた。
「や?」
「……やばい。」
ボソッとそれだけ口にして、六号はジャンプして民家の屋根に上った。その際、髪が揺れて普通よりも長い耳がチラッと見えた。
屋根の上からジギタリスを見下ろすと、ポケットに手を入れて何かを取りだした。
小さな球体だ。それをジギタリスの足元に叩きつけるように投げた。地面に当たると破裂し、ベチャっと音がした。
「うおっ!なんだこれ!?」
粘液のようなものが足と地面を繋いだ。動こうとしてみるも、くっついたように動かない。
「……勝ったな。」
そう独白して、六号は屋根から下りてきた。そして、しなる刃で再び猛攻を仕掛ける。
ジギタリスは足を固定され、その場で凌ぐことを余儀なくされている。一歩も動けないのでは、どうしても防げない攻撃が出てきてしまい、少しずつ確実に傷を負っていく。
大剣はそのサイズから防御できる範囲も広いが、どうしても動きが大きくなってしまい、どこかで隙が生まれてしまう。
動きが制限されているこの状況では、そのデメリットが大きく響いていた。
こりゃあ負けだな……。
ジギタリスは攻撃を防ぎながら、心の中でそう呟いた。
この俺は。
自分一人では、もうこの戦況を覆せない。けれど、パーティー単位で負けたわけではない。
フィカスかアベリアが勝って応援に来れば、逆転することができる。
ならば――!
「ガハハ!それまで耐えるしかねぇよな!来いよ六号ちゃん!悪魔舐めるなよ!」