36:天然
「一体……何者なんですか?あなたたちは?」
仲間との距離を開けられ、女性と向き合う形となったフィカスは、自然体のその女性に問いかけた。
「私ー?私はねーエレジーナっていうんですよ。アベリアさんと向き合っているのは、雇われのマカナくん。で、そっちのガタイがいい人と対峙しているのが、私のパートナーの六号ちゃん。」
エレジーナという名前の女性は、あっさりパーティーのことを話してくれた。
やっぱり、天然な人っぽい。けど、戦う理由がまだ納得できない。
「こっちもお仕事なんで、とりあえず戦ってくださーい。世の中には不条理なことや理不尽なことで溢れているんで。そうそう、理不尽といえば、一号ちゃんから五号ちゃんまで、皆辞める理由が私にとっては理不尽だったんだよねー。」
無造作にエレジーナはフィカスに歩み寄ってくる。
「一度遅刻した罪悪感から、一号ちゃんは来なくなったんだよねー。二号ちゃんは、夜に働くのが辛いって言って、辞めちゃったんだよ。それってどう思う?」
「えっ……ッ!」
唐突にナイフが振られた。エレジーナの手にいつの間にかナイフが握られており、フィカスはそれを紙一重で躱した。
「おー凄い。よく避けたね。大抵は私の話に夢中になって、戦うことを忘れちゃうのに。」
ナイフをしまうと、エレジーナはパチパチと拍手をした。
「ほらほらー。かかってきなさい。あんま時間ないんだしさー。」
「……分かりました。」
ここは戦うしかない。フィカスはそう判断した。
幸い、向こうが提示した時間制限がある。それまで持ちこたえれば戦いは終わる。
小刀を引き抜き、緊張した面持ちで構える。
相手は人。殺してはいけない。けれど、中途半端な攻撃ではかえって危険だ。殺さずに、されど殺す気で戦わなくてはならない。
「……いくぞ!」
フィカスは大きく踏み込み、腕を狙って突きを繰り出した。
エレジーナはボーっとした表情で身体を僅かに捻ると、ギリギリのところで刃を避けた。
「えっ?」
今のモーションに見覚えがあった。だとすると、次に来るのは――。
雑な動きになるが、突き出した腕を無理やり引いた。直後、フィカスの腕があったところにエレジーナの手がきた。腕を掴もうとした動きだ。
「おや?」
無表情な彼女は意外そうな顔を見せた。
フィカスは体勢を崩すが、右足を一歩分外に踏み込んで、その場で停止する。そして、一度腕を引いて左に向かって刃を振るった。
切っ先は肌には触れず、布一枚を裂いた。エレジーナの後退の方が刃より速かったのだ。
「あーやるねぇ。こりゃあ、ちゃんとやった方がいいかも。ちょっと待っててー。」
「へっ?」
エレジーナは着ていたドレスのようなゆったりとした服をナイフで切り出した。スカートを丸ごと切って、布を脇に放り投げた。
「あ、ズボンは穿いてるので、心配しなくていいよー。」
「いや、そうじゃなくて……。」
恥じらいももちろんだけど、高そうな服だったのに、勿体なくないのかな?
「ちょっと武器が見えちゃうけど、大丈夫だよねー。」
ドレスを脱ぎ捨てると、ポケットやポーチが沢山付いた黒づくめの格好になった。
「あースッキリー。この上に着ると、やっぱり暑いからさ。脱げて良かったよー。はい再開。」
勢いよく飛び出してきた。左手を顔めがけて無造作に突き出してくる。
フィカスはその動きに不信感を覚え、バックステップで距離をとると、空振りした腕の袖から刃が飛び出ているのが見えた。
「くっ……!」
エレジーナは腰からナイフを引き抜き、左に持つとそのまま追撃を仕掛けてきた。コンパクトなモーションでナイフは振られ、避けるために大きな動きを取らされる。
「やるねー。」
唐突にナイフが宙に投げ捨てられた。そのナイフをエレジーナは目で追い、フィカスもその視線につられてしまった。
「ぐふっ!!」
気が付いた時には、フィカスの腹に左拳が埋まっていた。
口から液体を吐き出し、フィカスはよろよろとエレジーナから離れる。
「こういう攻撃には慣れてないー?」
地に落ちたナイフを悠々と拾い上げ、エレジーナは腰にナイフをしまった。
この人、やばい……。