32:力
アベリアの超人的なパンチが繰り出された。
竜の鱗は歪み、その巨体が動かされ地面へと倒れる。
「おおー!こりゃあ凄い。」
リコリスは霊体を維持したまま、間近で感嘆の声を上げた。
猛スピードで地面を蹴り、竜の反撃を躱し蹴りを入れた。
ズンッ……!
唸り声とともに竜の体躯は地に伏した。その衝撃によって砂埃が辺りを舞う。
竜の咆哮が空間中に響き渡った。思わず耳を塞ぎたくなるような、恐ろしい咆哮だ。
身体を捻り鞭のように尻尾を振るった。その攻撃に対し、アベリアは両手を前に突き出した。
「……ん!」
ぶつかった衝撃で、幾分かアベリアの身体が後ろへ水平移動した。しかし、体勢は崩さず、巨大な尻尾をしっかりと捉える。
「そぉー……れ!」
そのまま尻尾を引っ張り、投げ飛ばしてみせた。
「凄い……!」
ただただ、敵を圧倒している。強化魔法から繰り出される怪力によって、巨大な竜との力比べに勝っている。
底知れぬアベリアのパワーに、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「――できた!」
大剣がそこにある。そのイメージが完了した。
フィカスの手の上に、ジギタリスが持っていた大剣とほぼ同じ物が創られた。
「どうぞ、使ってください!」
「ああ。」
スクォーラへと大剣は手渡され、勇者は倒れている竜へと向かって駆けだした。
「おっと、スクォーラくんが来るね。ラフマ、アベリアさん、それと……天使の君。離れるよ。」
リコリスの先導で三人はフィカスたち後衛の元へと移動。
ある程度ダメージを負い、地面に倒れている竜。起き上がろうとしているが、その体躯に似合わぬ短い手足では、それも遅い。
お膳立ては充分だ。
ジャンプし大剣を竜の首めがけて、一直線に振りおろした。
スパンッ!と音がするような、見事な一刀両断だった。
綺麗に首が斬れ、身体が斬れたことに気が付いたかのように、ワンテンポ遅れて血が噴き出した。
「……よし。これで勝利だ。この大剣は返そう。」
何事もなかったようにそう言った。
「これが、勇者の力、ですか。」
「えっ?勇者?」
「ん?ああ、そうだが。」
改めてこの場にいる者たち全員で自己紹介を行い、ダンジョンを出るべく来た道を引き返し始めた。
その道中――。
「せっかくだからさ、このメンバーで祝勝会をやろうよ。」
とリコリスが提案した。
「あら~それは素敵ね~。」
「腹減ったし、あたしもなんか上手いもん食いてぇ。」
「それで、どこでやるんだ?」
リコリスは不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ……僕の行きつけの良いお店があるんだ。そこにしよう。……それと、提案なんだけど、アベリアさん。」
くるりとアベリアの方を向いた。
「良ければ、僕たちのパーティーの協力者になってくれないかな?」
「協力者?」
聞き慣れない言葉に首を傾げた。
ネモフィラがリコリスに代わって説明をする。
「クエストの助っ人のようなものだ。パーティーメンバーによっては、クエストに不向きな場合もある。今回のような、炎が通らない場合の俺のようにな。そういう時には、他のパーティーから別の戦力に共闘してもらうことがある。」
「それが協力者だ。うちのパーティーって、女はあたし一人だからさ。アベリアに偶にでも来てもらったら嬉しいんだけど、どう?」
一時的な協力パーティー。今回のケースがまさにそうだった。
「そういうことなら。私で良ければ、いくらでも協力するわよ~。」
「それは助かるよ。というか、アベリアさんに限らず、全員に同じことを言っていいかな?ほら、僕たちって勇者のパーティーだから、皆遠慮して協力されることもすることも難しいんだよ。」
「はい。こちらとしても、いい経験を得られそうですから。」
話しているうちに、無事に外へ出ることができた。行きと違って、帰りは道が分かっているから大分楽だ。
「決まりだね。町に戻ったら宴としようか。」