30:竜
深くへと進んでいくうちに、意外なことに通路が広くなっていった。
「普通、狭くなっていくもんじゃないのか?」
「いや、岩に傷がついている。元々広かったわけじゃなさそうだ。」
ネモフィラが壁を指差す。そこには何かに抉られたような跡があった。
「普通に考えて、トカゲの成体ですね。」
「あのトカゲ相手に全てのパーティーが全滅するとは思えん。この奥には……。」
迷路のように複雑だったダンジョンは、いつの間にか単調な道筋になってきていた。
先頭を歩くスクォーラが立ち止まった。
「どうしました?」
「分かれ道だ。」
スクォーラは脇に退き、先を三人に見せる。
真っ直ぐ進む広い通路と、狭く細い下る脇道。
「どちらから調べる?」
「直進だ。脇道は後回しでも構わんだろう。異論はないな?」
「おう。ないぜ。」
「はい。」
「決まりだ、スクォーラ。直進するぞ。」
勇者は黙って頷き、パーティーは真っ直ぐ歩み出した。
いつしか、天井が見えないような高さまでなり、洞窟であることを忘れてしまいそうな空間になってきた。
「……火山のどこに、こんな広さが?」
「おそらく、もう火山ではないだろう。歩いた距離を考えると、森の地下空間だ。」
「……奥に何かいる。」
スクォーラは再び、立ち止まった。
地響きのような唸り声が聞こえてくる。腹に響くような、大きく低い音だ。
「どうしますか?」
「広いとはいえ、通路では限界がある。奥に主がいるとすると、広間のようになっているはずだ。そこまで進み、それから戦闘開始だ。」
勇者の指示に従い、物音を立てぬよう慎重に通路を進んだ。やがて、スクォーラの言う通り、大広間のような場所へ辿り着いた。
「準備はいいな?攻撃する。」
ネモフィラは杖を前に突きつけるように構えた。その杖の先から巨大な火球が生まれ、辺りを照らしながら真っ直ぐに火球が飛んでいった。
巨大な何かに当たった。唸り声が一層強くなる。炎によって空間に光が現れ、その巨大な何かの姿が皆の目に映る。
「……ドラゴンか!」
炎が効かないとネモフィラは舌打ちした。
彼らの前に立つのは、見上げるほど大きな竜。
ネモフィラは杖の先に炎魔法を留め、松明の代わりとする。これによって、空間の一部が明るく照らされた。そして、竜の姿も顕わになる。
赤に近い色をした鱗に全身を覆われた、蛇に近い見た目をしている。手足はついているが、体躯に対して小さい。ただ、大きく鋭い爪がある。
「あの図体なら通路も行けるだろうし、蛇みたいだから爪が壁や地面に当たる。それで傷があちこちにあったのか。」
納得したようにジギタリスはうんうんと頷いた。
「感心してないで、やりますよ!」
「おう!でも俺はヒーラーだからな!前線は頼むぜ!」
サンナとスクォーラが同時に飛び出した。
ドラゴンの爪を掻い潜り、懐へと肉迫する。
スクォーラは鞘からレイピアを引き抜き、鱗の僅かな隙間を狙って刺突する。
「……む。」
固い。反応からみても、ほとんどダメージになっていないようだ。
追撃を諦め、いったん距離をとる。サンナはそれを横目に翼を生やして飛び上がり、ドラゴンの目を狙ってナイフを振るった。
「チィ!」
瞼に阻まれた。異様に固い瞼によってナイフは弾かれ、目の前に大きく開かれた口が迫る。
宙を蹴るように急旋回。サンナがその場から離れると同時に口は閉じられ、生え揃った牙が音を立てた。
「おいネモフィラ!魔法は撃たないのか!?」
牙や爪、尻尾の攻撃によって攻めあぐねている二人を見て、ジギタリスは怒鳴るようにそう言った。
「竜に炎は効かん!ましてや火山の近くだ。むしろ炎を得意としている可能性がある。さっきは牽制として撃ったが、竜と分かった以上、余計なことはできん。」
「……この面子では、相性が悪いな。」
そう呟き、スクォーラはサンナに呼びかけて竜から距離をとった。
「俺がしばらく囮になる。君はその間にはぐれた仲間を捜してきてくれ。」
確かに、アベリアとフィカスなら、この状況を打破できるかもしれない。
サンナはすぐに頷いた。
「分かりました。それまで、持ちこたえていてください!」
金色の翼をはためかせ、サンナは仲間を捜しに飛んでいった。